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共創性

各社の得意を生かしたファクトリーブランド「IKIJI」、13年の軌跡

2024.02.27
墨田区発のファッションブランド「IKIJI」は、「和のモダン化」をコンセプトに最良の素材、細部まで行き届いたデザイン、卓越した職人技により生み出した高品質なアイテムに定評がある。墨田区内外の事業者の連携によって誕生したブランドは、主に海外での取引で売り上げを伸ばしている。すみだモダン2022のブランド認証を受けた「『IKIJI』の活動」をリポートする。

店名にロゴ――そこかしこに詰め込んだ「IKIJI」の粋

「IKIJI」は江戸時代の町人文化と武士の精神が融合したまち・墨田で誕生したファッションブランドだ。カットソー、シャツ、ニット、革小物、それぞれの分野で高い専門性を誇る4社のファクトリーが協働し、2011年にブランドを立ち上げた。以来13年目を迎える現在も、江戸の‟粋“と‟心意気”を受け継ぐ現代の職人たちが、卓越した技術でものづくりにいそしんでいる。

「IKIJIストア」は墨田区の静かな住宅街にある。壁に「くすり」と笑う赤い梅が目印の粋な店構え。店の中央には木枠とガラスでできたスタイリッシュなショーケースが置かれ、今季おすすめのアイテムが端正に並べられている。その奥は畳張りの小上がりになっていて、和と洋がミックスされた空間は穏やかな心地よさに満ちている。正面の壁を飾るのは、さきほど入り口で見かけたあの赤い梅のマークだ。近づいてよく見ると、マークを形作っていたのは紅と白の糸巻きだった。糸巻きという洋服づくりに欠かせない道具を使ってロゴを表現する演出にも、「IKIJI」の粋な遊び心が感じられる。

実はこの梅には元ネタがあるそうだ。江戸時代の粋人・山東京伝が考案した「面の皮梅」の意匠で、「江戸で流行りの光琳梅を四弁にして目鼻をつければお多福面。甘酒飲ませれば、紅梅色」といううたい文句とともに江戸の人々に受け入れられ、人気を博した。この梅をモチーフにしたロゴには、『IKIJI』のロゴを身に着けるだけで幸運になる」という意味が込められている。

ユニークな事業形態をもつ「IKIJI」。その誕生の物語

時は2008年にさかのぼる。当時墨田区は、東京スカイツリーの開業という契機を生かして、墨田区の知名度向上とブランド力構築をはかろうと「すみだ地域ブランド戦略推進検討委員会(以下・委員会)」を発足。その取り組み方について定期的に話し合いが行われていた。この委員会にはデザイン業界の重鎮のほか、墨田区から4事業者が委員として参加。そのなかのひとりが、のちに「IKIJI」の発起人となる精巧株式会社の代表取締役社長、近江 誠さん(以下、誠さん)だった。

精巧株式会社は、今年で創業74年を迎える老舗のカットソーメーカー。たゆまぬ研究と技術の向上を重ね、高品質なカットソーを生産してきた。誠さんは仕事柄ヨーロッパへの出張も多く、「ルイ・ヴィトン」や「エルメス」「グッチ」「フェラガモ」といった一流ブランドの多くが、もとはファクトリーから始まっていることに感銘を受けていた。そして長い間、「いつかは自分たちもファクトリーブランドを持ちたい」という夢を温めていた。

誠さんは、委員会での活動の中で、すみだの強みを生かしたファクトリーブランドを作りたいという想いをさらに強くしていった。そして、まず誠さんが考えたのは、メーカーとの協働だ。ブランドを確立するには、コートやニット、バッグなど、トータルでコーディネートができるようなアイテムが必要となる。しかし、精巧はカットソーの製造ではどこにも負けない自信があるが、シャツの専門家ではない。作ることはできても、その道の専業メーカーには品質において到底敵わないと分かっていた。

その為1社ではなく、それぞれに高い技術をもった専業メーカーが協働して1つのブランドを作ることで、総合的に高品質なアイテムを揃えることができる。そうすれば、どこにも負けない品質を誇る魅力的なブランドができるのではないかと考えたのだ。

そこで老舗のシャツ専業メーカーであるウィンスロップと、老舗のニットメーカー、革製品の二宮五郎商店に声をかけ、2011年ついに「IKIJI」ブランドが誕生した。

「和のモダン化」を徹底的に追究し、商品に落とし込む

「『IKIJI』のコンセプトは『和のモダン化』です」と教えてくれたのは、精巧の取締役で「IKIJI」のプロジェクトマネージャーの近江祥子さん(以下、祥子さん)だ。

「例えば、墨田区ゆかりの北斎の絵柄をそのまま使って製品を作ってもただのお土産にしかなりません。ブランド化するためには、欧米のライフスタイルに合わせた和のモダン化が必要で、欧米の人の生活の中に合う商品を作らなければ、飽きられてしまいます」

精巧の取締役で「IKIJI」のプロジェクトマネージャーの近江祥子さん。

誠さんが参考にしたのは和のエッセンスをベースにしつつ、現代の生活にマッチした商品を提供するブランドだった。

「例えば、このコートも、ボタンでなくてベルトで留めるとか、着物の合わせのようなテイストをもっていますが、基本は完全に普通のコートです。要素は取り入れつつも、海外の方がご自分の持っている洋服とコーディネートしたときに違和感がないようにと考えています」

当初から見据えていた海外市場への展開のために

「IKIJI」はどのように海外展開していったのだろうか。祥子さんによれば、「IKIJI」は立ち上げ時から海外展開をしたかったのだという。

「海外展開したい理由は3つありました」と祥子さん。

「第1に、『IKIJI』に参画している日本のメーカーは皆、創業以来長い歴史がある会社ですが、洋服作り発祥の欧米に比べれば、歴史的にも技術的にも私たちはまだまだ新参者です。そんななかで自分たちが培ってきた日本の技術というものが、海外でどのくらい通用するか、それを試してみたいという強い想いがありました」

「第2に、日本人は『日本のもの』をなかなか評価しないという文化がありますよね。日本で知名度を高めるよりも、まずは海外で評価を得ることで、それが回り巡って、日本に帰ってくると考えました」

「第3は、日本のファッション産業のマーケットの大きさです。島国である日本の人口は年々減少していて、高齢化が進みファッションの担い手である若い人も減少傾向にあります。ただ、世界に目を向けると、これから発展していく国はたくさんあります。ファッション産業は、日本では縮小産業となってしまっていますが、海外では成長産業なんです」

「IKIJI」が海外展開の足掛かりとして最重要と考えていたのは、毎年イタリア・フィレンツェで開催される世界最大のメンズプレタポルテ展示会「ピッティ・イマージネ・ウオモ(Pitti Immagine Uomo)」(以下、ピッティ)への出展だった。

出展への道のりは、簡単なものではなかったが、縁あって、「ピッティ」のアンバサダーと知り合えたことをきっかけに、出展への道が開けた。

ブランドとして認知されるには、厳しくても出展し続けること

「『ピッティ』での出展当初はご祝儀のような形で買ってくれるところもあったのですが、それは1回きりのことで続かないものです。最初は本当に全然売れませんでした。今、一番大きな卸先の1つにニューヨークのセレクトショップがあるのですが、『ピッティ』で『IKIJI』を見つけてくれました」

「バイヤーはすぐにはバイイングをしません。2、3シーズンは展示会で様子を見て、そして『大丈夫だろう』と判断してようやくオーダーしてくれるのです。すごく厳しい世界ですよね。でもどれほど厳しくても、バイヤーに信頼できるブランドとして認知してもらうためには、とにかく出展し続けることが大切だと学びました」

出展料はブースの大きさや什器設営の有無などで変わってくるが、スタッフの旅費滞在費、展示会で発表するための新商品の開発費、「ピッティ」の後に行われるパリのショールーム代などと合わせると、決して小さくはない金額を投資することになった。

「それでも数社で1つのブランドを運営する最大のメリットは、それらの費用を会社ごとに分散できることです。中小企業はお金がないのでこのシステムはありがたいです」と祥子さん。

ピッティに出展し続けることで得られたものとは

祥子さんがまず感じたのは、欧米の人のフラットなものの見方だった。

「いいものはすごく評価して、たとえそれが無名であっても、取り入れてくれます。そしてダメなものはダメとはっきり言ってくれるんです。それは、私たちにとってすごく勉強になることでした。『ピッティ』に来るバイヤーは目が肥えていますから、こうしたほうがいいんじゃないかというアドバイスや、ここのブランドがこんなふうによかったからちょっと見てきたら、といっぱい教えてくれるのです。そのアドバイスを参考に毎回アップデートをし続けることによって、私たちのブランドの価値も上がっていくし、彼らの信頼も上がってくる。それゆえの10年なのかなと思っています」

「IKIJI」は「ピッティ」に出展するにあたり、経産省から「ジャパンブランド」としての補助金を受けることができた。出展後の調査で、祥子さんが聞いたのは、海外進出に挑戦している事業者は、10年ぐらい出続けてからでないと結果が出ないという話だった。

「これは統計データとして出ているそうです。10年ぐらいはやらないと、ひとつの事業としては成り立たないのではないかと感じています。それだけに、現在海外で認められている日本のファッション業界の先駆者は、相当苦労されていたのではないかと思います。『IKIJI』はまだ10年目に差し掛かってないので、まだまだ途上ですけれど。それでも5年目くらいからでしょうか、少しずつ結果が出てきました」

例えば、どのような部分でアップデートをしたのだろうか。

「もともと、欧米の人とはサイズも体形もまったく違うので、丈が短いのであと5センチ長くして納品してほしいと言われたとします。それならば、欧米からの受注がメインなので、次からは商品全部をプラス5センチにしよう、といったことでしょうか。私たちはメーカーなので、すごく小さいサイズや、逆にすごく大きいサイズも作れます。基本4サイズ展開にしていても、他サイズにも対応しますということにしたのです。現在は 3Lや4Lまで作って卸しているような店舗もあります。ミニマムオーダーを 1品番2枚以上としているのですが、別に 白のLと紺のLを1枚ずつでもいいですし、白のLと紺のMでもOKです、という柔軟な受け方にすることで、評価されたこともあります。そうした積み重ねが信頼になっていくのを感じますね」

しっかりしたブランドコンセプトづくりの大切さ

「IKIJI」が初めて「ピッティ」に出展したとき、海外の識者から「ブランドコンセプトがしっかりしていてる」「それがきちんと商品に落とし込まれている」「さらに品質がよい」という評価をいただいた。

「これはもう最大の評価ですよね。この言葉が忘れられず、今でもことあるごとに噛み締めています」と祥子さん。

「ブランドとして出るからには、やはりそうした根本的なコンセプトがしっかりしていないといけないのではないかと思っています。ある人が『産業は文化からしか生まれない』と言っていましたが、そのとおりだと思います。この土地に合っていたから、今でもこの場所にこの産業が残っているわけです。欧米の人は歴史が好きで、とても大事にしています。そして自分のルーツやアイデンティティもすごく大切です。そんなことのすべてがつながっているように思います」

ちなみに「IKIJI」が一番取引している国はどこなのか尋ねたところ、祥子さんは「その質問は、結構いろいろなところで聞かれるのですが、ないんですよ」と祥子さん。ブランドによっては偏りが出るところも多いと聞くが、「IKIJI」はアメリカ、カナダ、スイス、フランス、イギリス、ドイツ、中国、台湾、 香港、オーストラリアと、まんべんなく卸しているという。

祥子さんは「ここに来るまで10年以上地道にやってきて、少しずつ成長してきたと感じています」と振り返った。

検討委員会の委員になったことから動き出した「IKIJI」の物語は、さまざまな縁とチャンスを着実につかみながら、前進してきた。この先、どのような粋を見せてくれるのか、その一手に期待が集まる。

Store Data
IKIJI STORE
ADDRESS:東京都墨田区緑1-5-7
TEL:03-6659-6364
HP:https://store.ikiji.jp/
Company Data
精巧株式会社SEIKO CORPORATION
ADDRESS:東京都墨田区緑1-13-14
TEL:03-3634-6431
HP:http://seiko-co.co.jp/
Text: Masami Watanabe
Photo: Sohei Kabe, SEIKO CORPORATION
Edit: Chiaki Kasuga / Hearst Fujingaho
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