「すみだモダン」と「台湾デザイン」の出会い
話は2013年にさかのぼる。当時、台湾政府の外郭団体であった財団法人台湾デザインセンター(Taiwan Design Center/以下TDC)<現「台湾デザイン研究院>が、日本のものづくりやプロダクトデザインの調査をしていたときのことだ。
「検索していたら、『すみだモダン』が出てきたんですね。興味を惹かれて調べてみたら、とても良かった。すみだのものづくりのクオリティの高さに魅せられました」と、TDRIのシニアマネージャー崔 慈芳(トレイシー・ツェイ)さん。早速、墨田区に共創プロジェクトの打診を行なったのだ。
墨田区としてもアジア経済圏へのゲートウェイである台湾に魅力を感じ、翌2014年には早速、台湾で行われたデザイン関連の3つの展示会への出展を決めた。結果は上々。「すみだモダン」は台湾でもデザイン感度の高い人々に好意的に受け入れられ、コロナ前の2019年までは毎年、コンスタントに展示会への出展を続けていくことになった。
2015年には、「台湾設計×日本精造」計画についての協力覚書(MOU)に調印がなされ、日台の共創プロジェクトがスタート。本プロジェクトには台湾のもつ世界有数の製品デザイン技術と、墨田区のものづくり技術を融合させ優れたプロダクトを開発するというもの。これには、両国の強みを世界に向けて発信し、国際市場を共同で開拓していくという目的があった。
完成した新商品群は、時の総統 蔡 英文(ツァイ・インウェン)氏も訪れた「台北国際設計大展 2016」で発表され、高い評価を得た。
そして、2023年10月秋にはTDRIが有する“世界有数の製品デザイン技術”、そして千葉大学が有する“サービスデザイン・視覚伝達デザイン等のあらゆる領域のデザインに関する知見”を融合し、すみだのものづくり産業のさらなる発展を目指し、TDRIおよび千葉大学との三者協定を締結した。
ハイクオリティなプロダクトが集まる台湾最大規模の博覧会
一時はコロナで中断していた展示会出展だが、2024年に出展を再開し、翌2025年には台湾の文化クリエイティブのトレードショー「台湾文博会」への出展が決定した。
「台湾文博会(以下文博会)」は2010年からクリエイティブプロダクトやIP(Intellectual Property=知的財産)ライセンスにおける見本市とアーティストによる文化展を同時開催する、台湾でも最大規模の博覧会で台湾政府の文化部が主催している。
2025年の文博会は8月2日に台北市信義区に位置する松山文創園区のアートギャラリーでの展示で幕を開け、見本市は8月5日から11日まで台湾南港展覧館で開催された。
公式発表によれば、世界10の国と地域から426社、650以上のブランドとコンテンツが大集結し、合計932のブースが並ぶという過去最大の規模の見本市であり、各国から多様なジャンルのバイヤー60名以上が来場し活発な商談が行われたという。
文博会の出展者選定から運営まで、実務的な部分を担当したのがTDRIだ。
同院は、台湾政府の経済部(経産省の様な役割を持つ組織)に所属する組織。2020年、台湾政府はデザインを国家戦略の一部と位置づけた。そして製造業の国際競争力を高めるため、デザインの面から製品やブランドクオリティ強化に貢献していたTDC(前述)を、製品だけではなく社会全体の課題解決のために活躍させようと経済部が監督・推進して設立された組織(TDRI)へと昇格させた。
以降TDRIは、“デザインは社会を変える”をモットーに、政府の政策決定をデザイン振興とイノベーション推進の面からサポート。これにより行政機関の意思決定のあり方も変化し、現在では広く台湾国民にもデザインの重要性が広く受け入れられていった。
取材した8月8日の朝9時、開場まであと1時間あるというのに、南港展覧館1館の廊下は来場者の待機の列で埋め尽くされていた。この列は1階では収まりきらず、4階まである建物の中に順番に待機してもらっていたそうだ。
台湾の見本市の特徴は、一般来場者への物販だ。物販は消費者の反応を直に見ることで、価格妥当性や商品の出来をチェックできる貴重な機会とみなされている。文博会でも3日目からは一般の来場が可能となり、品物の販売が行われた。多くの来場者のお目当ては、IPを活用したキャラクター商品。
会場でお目当てのキャラクターブースを探し出し、いち早くお気に入りをゲットしたいという消費者たちが、長蛇の列をつくっていたというわけだ。前出の崔さんによれば、8月7日の1日だけでも来場者は6万人を超えていたという。
出展者の審査に携わったTDRIの副院長、林 鑫保(オリバー・リン)氏は、選択の基準をこう語った。
「出展は、お金があればできるというわけではありません。今回の出展者を選ぶにあたって、実は選定枠の約3倍もの応募がありました。選択の基準となったのがプロダクトもしくはIPのクオリティや社会的認知度、そして私たちが一番重要視している海外の展開の可能性でした。海外から多くのバイヤーを誘致していることもあり、台湾ブランドだけではなく、参加されたすべてのブランドに海外とのつながりをつくる機会を提供したいと考えているからです。また、今回のこの会場はプロダクトとIPの2つのエリアに分かれていますが、双方に100ずつ、クリエイティビティに優れた新人デザイナーのための特別なブースも用意しました。これは若くてそこまで体力がないという新人の方であっても、優秀で非常にポテンシャルが高ければ応援していこうという理由からです」
「すみだモダン」は、こうした厳しい選択基準をクリアしたことになる。
「日本のIPコンテンツやプロダクトは、台湾では非常に人気があります。 特に工芸品はその丁寧なつくりが評価されており、非常に人気が高いのです。来年さらに規模を拡大する展示会で、ぜひ墨田区の皆さんにもまた出展していただき、台湾や世界の人々と交流ができるようご検討いただけたらと思います」
すみだモダンのピックアップ商品と新たなコラボ作品を紹介
「すみだモダン」のブースは出口近くの広い通路に面した好立地。白とシルバーが光を放つ未来的な空間だ。テーブルの脚は風船になっており、スッキリとしたなかにも柔らかさが感じられる優しい空気が漂っている。
「『暮らし』というのは形がないものですが、自分が選んだ一つひとつのアイテムを通してその形が見えてきます。物のあり方が生活を形づくるのです。今回のブースでは、形のない状態をバルーンで象徴し、その上にさまざまなアイテムが置いてある状態にすることで、ライフスタイルを表現しました」と話すのは、デザイナーのSkidさん。
今回「すみだモダン」は、ライフスタイルブランドのan everythingとの共同出展という形での参加となった。an everythingは、台湾人デザイナーのSkidさんが立ち上げたクリエイティブユニットだ。“デザインを通じて生活にストーリーと美しさを届ける”というコンセプトでさまざまなプロダクトを開発しているほか、すみだモダン認証事業者の商品を台湾国内に展開するサポートも行っている。
このブースにも、an everythingオリジナル商品のほか、彼らが面白いと感じ、惚れ込んだ「すみだモダン」の商品が集められていた。
「すみだモダン」と2人をつないだのが、TDRIの崔さんだ。
「an everythingのお二人は面白いものをつくることが大好きで、常にいろいろなことにチャレンジしています。『すみだモダン』にも非常に興味を持ってくれたので、2024年の台南でのデザイン展に合わせてコラボレーションを持ちかけたのです」
最初に2人が興味を持ったのが、100年以上の歴史を誇る革小物製品専門企業の東屋(あずまや)だった。
「東屋さんのがま口と、そこに施された『まるあ柄』がとても可愛らしかったんです。模様に込められた『気持ちをまあるく笑顔に』というコンセプトも素敵でした」と、Fumiさん。2人はその後来日し、東屋を視察。ものづくりの現場や東屋の小さな博物館『袋物博物館』でその歴史を理解したうえで、コラボレーションがスタートした。つくるのは、持ち歩きに便利な本革の小物用収納ケースだ。そうして完成させたのが、「ジャーニーフレグランス」シリーズの「沈香之島」という商品。an everythingが立ち上げた香りのブランド、N sensesがプロデュースした台南の香りの空間スプレーは、白檀(ビャクダン)や塩田の香りを感じる安らぎのフレグランス。そのスプレーを優しく包み込むレザーポーチが東屋製だ。
東屋創業100周年を記念し誕生した、きらきらした光・雨のしずく・朝もやなど、 『すみだ』の川面に映り行く美しい表情をイメージした「まるあ柄」がプリントされたポーチの本体は、なめらかでしっかりした肌ざわり。それを留めるベルトは、巻きつけやすいようにとても柔らかくなめしてある。縫い目の始末も革の断面も、とても丁寧に仕上げてあるので美しく、使うたびに豊かな気持ちになれそうだ。
Skidさんは、このように細かいところまで配慮された日本のものづくりを非常にリスペクトしているという。
「同じ島国ではありますが、おおらかな台湾ときめ細やかな日本、という違いが面白いですよね。さらにすみだの職人の方々は、オーダーどおりに仕上げるだけではく、その意図を汲んで、それならばもっとこういう方法がある、こうしたらさらに良くなるのでは、と積極的に提案までしてくれるのです。お互いアイデアを出し合いブラッシュアップしていけるのがとても良かった。根底にある価値観が通じ合っていたおかげで、言葉の問題はありましたが、それをハードルに感じることはありませんでした」
「プロジェクトで築いた信頼関係はいまでは仕事の枠を超え、お互いに助け合える友人関係にまで発展している」と、2人はうれしそうに微笑んだ。
この年のコラボレーションはふたつあり、もうひとつは同じく100年企業である廣田硝子の「大正浪漫硝子」を使ったディフューザーだった。一度消え掛かった技法を再現させて現れた、乳白色の模様がとても気に入っているとのこと。
そして今年度のコラボレーション商品は、玻璃匠(はりしょう)山田硝子(以下山田硝子)とつくった風鈴だ。美しく着色された吹きガラスに、江戸切子と花切子の高度な技術模様を施したユニークなもの。これは7月1日から8月31日まで、アート&カルチャーの発信基地である松山文創園区のデザインショップ「Design Pin(設計點)」で開催されていた「納涼祭」というポップアップイベントに合わせてのプロダクト開発だった。
「山田硝子×an everything | DesignPin Ver.風鈴」と名付けられた風鈴は2種類。青い風鈴は風との対話がコンセプトで、風の流れる様子が外側の硝子部分(外見〈そとみ〉と呼ばれる部分)に刻まれている。紫の風鈴に施されたのは、納涼祭の会場がある松山文創園区で人気者のアヒルをイメージした羽根模様だ。製作を担当した山田硝子の3代目山田真照(まさあき)さんによれば、発注はイラストをもらって、自らが持っている技法が使えるかを確かめながら試作を重ね、それをテレビ電話で見せて製作していったとのこと。
「風鈴では珍しく、硝子の中にもちょっとしたアイテムを入れていますよね。そうした発想は日本ではなかなかないので」と、山田さんは完成した風鈴に新鮮さを感じたという。
実演に興味津々の来場者
実演を食い入るように見つめていた来場者が、テーブルに展示されている山田硝子のぐい呑みに気づくと、そのまばゆいほどの光に魅せられるように近づいていった。そして、Fumiさんが語る商品説明を熱心に聞き入っている。そんな状況の中でひとつ、またひとつと、山田硝子の作品が買い求められていった。なかには、箱書きとしてサインを求める人もおり、台湾の人々が繊細な職人技に敬意を表し、とても大切に考えているのが伝わってきた。
現在、日々の注文を仕上げていくことで手一杯だという山田さんだが、いつかまた新しいデザインで作品を生み出したいと考えている。
「以前も台湾のデザイナーさんとのコラボレーションで、イヤリングやピアスなどの小物系をつくったことがありました。いつもと違った形状を手がけるのは新鮮で楽しい経験ですし、今後もレパートリーを増やしていけたらと思っています」
崔さんは双方にメリットをもたらすこのプロジェクトで、ますますたくさんのことを手掛けていきたいという想いを語る。
「墨田区には小さな工房がたくさんありますよね。台湾にも中小企業が多いのですが、だからこそお互いにできること、できないことが分かり合えていると思います。皆さん他のお仕事もしながらのプロジェクトですから、そこまで体力はかけずに、けれど積極的にアイデアを出して取り組んでいます。楽しんでやっているからこそ、双方に良い作用をしているのです。そしてSkidさんは、大手企業の案件をたくさん受注してつながりももっているので、そうした関係を活かしてノベルティや、VIP向けのプロダクトを墨田区の皆さんと一緒に考えていく機会があったらよいですよね。今後もますます発展していけたらと思っています!」
TEL:+886-2-2745-8199 #279
HP::https://www.designpin.com.tw/
Photo: Sohei Kabe
Edit: Kazushige Ogawa / Hearst Fujingaho