120余年にわたり守り続けてきた「東屋」のものづくり
「東屋」の創業は1905(明治38)年。当初は、両国の地で江戸時代から親しまれてきた、財布やたばこ入れといった「袋物」の製造・卸(おろし)を営んでいたという。1914(大正3)年になると、隅田川と交わる竪川の畔(ほとり)へと移転し、袋物の製造を開始。以来、震災や戦争など激動の時代を経て今に至るまで、この地で誠実にものづくりを続けている。
戦後の復興期になると、墨田区の地場産業のひとつであった豚のヌメ革を使った革小物も手がけるようになり、当時は葉巻入れなど手の込んだ製品をアメリカへ輸出していたという記録も残されている。高度経済成長期には数多のブランドと提携しOEM事業を開始。OEMは現在でも事業の柱であるという。
そんな東屋がオリジナルブランドの「made in RYOGOKU」を立ち上げたのは、2013(平成25)年のこと。当時は別の企業の会社員をしながら、二足の草鞋(わらじ)で家業を手伝ってきた6代目社長・木戸麻貴さんは、ブランド設立時の想いをこう振り返った。
「『made in RYOGOKU』は、 “多くの人に、よりよい革小物を楽しんで使ってもらいたい”という願いと、“長年にわたり事業を支え高齢となった職人さんたちに、熟練の技が生かしきれるようなものづくりで元気になってほしい”という想いを形にしたものです。使う人もつくる人も笑顔になれるようなブランドをめざして立ち上げ、オンラインストアとショップ・サロンをオープンさせました」
主力商品のがま口やマルチケース、長財布は、すっきりとしたフォルムもさることながら、ひとりひとりの職人がすべての工程を受け持つことで、細部にまでこだわった技の数々が詰め込まれている。
見えないところまで手間をかけ、丁寧に仕上げてあるため、量産品では味わえない温かみと使い心地の良さが感じられ、長く使えるという安心感もある。
2016(平成28)年には、創業100年を記念して誕生した「made in Ryogoku“まるあ柄”」が、「すみだモダン」のブランド認証を受けた。
キラキラした光や雨のしずく、朝靄など、隅田川の水面に移りゆく美しい表情をモチーフにしたカラフルでポップな水玉模様。そこに一カ所、ひらがなの「あ」の文字が小さくあしらわれている。
「この『あ』の文字は、東屋の『あ』であり、日本独自の文字であるひらがなの始まりでもあります。日本の粋を込めたこの柄をご覧になった方が『“あ”って何ですか?』と訊いてくださることで、何気ない会話のきっかけになってくれたら」と木戸さん。
そんな「まるあ柄」が物語の始まりとなり、東屋の革小物は海を渡ることになる。
日本と台湾、互いを高め合うコラボレーションの始まり
2015年、当時の台湾デザインセンター(現・台湾デザイン研究院[TDRI])と墨田区は、「台湾設計×日本精造」計画に関する協力覚書(MOU)を締結した。これは、台湾のもつ世界有数の製品デザイン力と墨田区のものづくり技術という両国の強みを融合させることで優れたプロダクトを開発し、ともに国際市場を開拓していくという共創プロジェクトだ。
「日本には金属加工の産地や、革製品、木工製品などたくさんの産地がありますが、墨田区には、ひとつの地域にさまざまなものづくり産業があるというのが大きな魅力です。規模としてはそこまで大きくないものの、いろいろなものづくりの事業者さんが共存している点は非常に特徴的で面白いと感じました。 まさに台湾のようです(笑)。 そして、それぞれの職人さんたちがつくり出す製品のクオリティの高さにますます興味を惹かれ、プロジェクトを打診したのです」と、TDRIシニアマネージャーの崔 慈芳さん。
完成した第一弾プロダクトは「台北国際設計大展2016」に出展され、来場した当時の第7代中華民国総統・蔡 英文氏より高い評価を受け、華々しいデビューを飾った。
以来、すみだの職人技術を新鮮な解釈でデザインに昇華させた逸品は着々とその数を増やしている。これらのプロダクトは、TDRIが主体となって開催するデザイン関連のイベントやハイセンスなショップなどの展示会で定期的に紹介することで、台湾に住むデザイン感度の高い人々への認知度を高めている。
「東屋」と「an everything」――出会いのきっかけ
木戸さんによれば、今回参加した共創プロジェクト以前にも、東屋として幾度かTDRI主催の台湾での展示会に参加したことがあったという。
「私は台湾に友人がおり、遊びに行く機会が多くありました。そのような身近な国で展示会があると知り、行ってみることにしたんです。そのとき、初めて崔さんにもお会いしました。商品を販売していただける上、友人にも会える——ということで、コロナの前に3回くらい参加しています」と木戸さん。
すみだのものづくり事業者同様、台湾のクリエイターたちにも精通している崔さんは、共創プロジェクトでデザイナーと職人のマッチングも担当している。
「2024年の台湾デザインエキスポの開催に向けて、参加していたクリエイティブユニット『an everything』に共創プロジェクトの話をし、コラボレーションを提案しました。an everythingのSkidさんとFumiさんは、ブランドを単なる商品や製造元としてではなく、それぞれが生活に対する考え方や態度を表し、歴史や文化、生活の中から生まれた価値観まで込められたものであると考え、さまざまなものをプロデュースしている人たちだからです」
Fumiさんがこのプロジェクトに参加した理由を教えてくれた。
「私たちは良い製品や文化というものは、本来生まれた場所だけにとどまるのではなく、デザインを通じたコミュニケーションによって、さらに多くの人に理解されることで、使われる可能性もさらに広がっていくのだと考えています。私たちの役割はデザインや文化を翻訳し、広めていくことなので、この共創プロジェクトの話を聞いたとき、文化的背景が異なるブランドや職人とのコラボレーションによって新しい可能性が広がるのではないかと考えました」
そうして崔さんがいくつかの事業者を紹介するなかで、an everythingが強い関心を示したのが東屋だった。
「an everything」から見た「東屋」の魅力
「初めて東屋の“まるあ柄”製品を見たとき、まず感じたのは色彩の豊かさ。そして、ディテールが非常に精密というのも印象的でした」とFumiさん。2024年の春、an everythingの2人が来日して東屋を訪れたときのことを、木戸さんはよく覚えているという。
「崔さんから、『東屋の商品を気に入り、“まるあ柄”が可愛いと言ってくれているデザイナーさんがいるので今度連れて行きます』というお話がありました。皆さんが最初にお越しくださったときは、カフェで記念写真を撮りましたね。ショップのほか、当社が運営している『袋物博物館』もご覧になったと思います」。
Fumiさんが東屋の製品から感じたのは、100年にわたって積み重ねられてきた職人の経験と技術、そして受け継がれてきた工芸の精神だという。
「東屋の製品は見た目にはとてもシンプルですが、実際に手に取ってみると、そこには多くのこだわりや繊細さがあることに気づきます。たとえば、革小物の留め具の部分は指で押すと簡単に開けることができる構造になっていますが、厚みの調整やパーツの配置にも細やかな工夫を感じるんです。一見とても小さな部分が、実は製品全体の手触りや使い心地に大きく影響しています。これは、一時的な流行のためにつくられたものではありません。長年の経験の積み重ねによって生まれた、繊細で人に寄り添った結果のディテールです」とSkidさん。さらにこう続ける。
「それこそが、感動を呼ぶところです。世代から世代へと受け継がれてゆく工芸の技術を、現代の人やモノ、市場と結びつけるという貴重な機会を、私たちはこのタイミングで得ることができたというわけです。私たちの視点を通してその価値を翻訳し、市場に合った形へと展開していくことはとても重要です。そうした架け橋のような役割が担えることを、大変光栄に思っています。製品の背後にあるストーリーや価値は、単に今私たちが手にしているモノそのものよりも、遥かに壮大なものだと感じています。こうした価値あるものを通して、私たちの生活のなかにあるさまざまな可能性が見えてくるのです」
言葉の壁を越えたフレンドリーな商品開発
このコラボレーションでのゴールは、「共創によって生まれたプロダクトを、人々の生活に寄り添う形で市場に届けること」と考えたSkidさん。まず東屋の革小物が生活のなかでどのように生かされているかを木戸さんの協力も得ながら調べ、自分たちの考える市場のテーマ性とどのように結びつけられるかを探ったという。
「その結果、東屋の特徴を生かしながら私たちが得意とする“ストーリーを伝える方法”と組み合わせて、生活のなかに落とし込む形を見つけることができました。ちょうどその年に台南で台湾デザインエキスポが開催されていたこともあり、台南の香りと東屋の革小物を“持ち歩く”というコンセプトを組み合わせることで、実際の生活に使っていただく製品をつくることにしました」とFumiさん。
さらに、「“まるあ柄”のもつ幸運のイメージも取り入れました。台南は『神々の都』とも言われる場所なので、“幸運”という雰囲気がとても合うと思ったのです」と言う。
市場に受け入れられるためには、東屋がもつ文化的背景を、プロダクトを通じていかに翻訳するかが重要だと、SkidさんとFumiさんは考えた。その後、製品の色やサイズから細かなディテールまで、さまざまな要素を検討したという。
「お二人から送られてきたデザインは革の質感を残しながら、いかに工程をシンプルにし、見栄えも良くするか?ということが考え抜かれたものだと感じました」と、木戸さんは振り返る。
プロジェクトのミーティングは主にZoomで行い、進捗確認にはLINEを使用。良いものをつくりたいという思いが共通していたため、言葉の壁はほとんど感じなかったという。
「デザインがシンプルだったからこそ、紐の付け方や巻き心地には気を配り、何度も試作を重ねました。せっかくいただいたご縁はとても有り難かったので、できる限りのことをしたかったのです」
持ち歩ける香り、「ジャーニーフレグランス」
完成したプロダクト「ジャーニーフレグランス」は2種類。
台南の香りをイメージした「沈香之島」はウッディで落ち着きのある空間スプレーと、それを包み込むレザーカバーのセット。もうひとつは、台南の「白河」と清澄「白河」の2つのイメージを融合した香り「日安白河」で、爽やかなハーブとホワイトティーが香る空間スプレーと可愛らしい雪だるまのチャームのセットだ。雪だるまのチャームは、そこに香りをスプレーして車のミラーなどにかけて使用するとのこと。
どちらも生活に寄り添ったものであり、見た目の可愛らしさはもちろん、使うほどにつくりの丁寧さが伝わってくる商品だ。これらはan everythingのECサイトで販売している。しかし、彼らが重視しているのは、単に商品を売ることではなく、「日台によるクロスカルチャーの協業事例として、東屋のストーリーを丁寧に伝えていくこと」だという。
「そのため販売チャネルの選定も、例えば台湾の台北にある松山文創園区の『設計點(Design Pin)』や台南市の『林百貨』といった文化・デザインの背景を持つスポットや、デザイン性の高いものを紹介する展示会、期間限定イベントなどで展開するようにしています。そうした場で実際に香りを試していただき、同時にストーリーも紹介することで、来場者にその製品の価値や背景をより理解してもらうことができると考えているからです」とFumiさんは語り、さらに「“まるあ柄”の図案がとても親しみやすく、カラーリングもかなり好評です」と付け加えた。
「香りを通して、繊細で文化的な感覚ともつながっていくようにも感じています。幸運をテーマにしたプロダクトなので、『コレクションしたくなる』と感じてくださる方も多いですね」とFumiさん。
an everythingの2人は本プロジェクトを通じて、「墨田区は深い職人文化を持つ、とてもスぺシャルな場所」と改めて感じたそうだ。加えて、各事業者や職人たちは新しい協業に対して意欲的で、さらに活気に満ちていることを体感したという。
「今後もさまざまな企画を通して、台湾のより多くの人に墨田区を知ってもらいたいです。また同時に、日本の人たちにも台湾を知ってもらう機会が増えればと願っています。こうした取り組みが、日台関係をより豊かで深いものにしていくはずです」
崔さんによる共創プロジェクトの今後の展望
最後に、「共創プロジェクト」のキーパーソンである崔さんに今後の展望を尋ねてみた。
「今後も職人の方々のアピール力を伸ばせるようなコラボレーションを引き続きやりたいと思っています。課題として感じているのは、江戸切子や漆塗りのように素材を他地域に依存しているケースです。コストや形状の制限を、デザインの力でどう超えていくかを考えていきたいですね」
こうした点をふまえて、参考となる動きの一例として挙げられるのが、江戸切子に関する取り組みである。
台湾では、全面に模様を彫るより余白のあるデザインにストーリー性を感じる傾向がある。そこで単色のガラスを台湾で手配して花切子を施すイベントを行ってみると、非常に反応がよかったという。このように、従来の表現方法にとらわれず、現地の嗜好や文脈を踏まえたアプローチの可能性が示唆されている。
「素材が限られているものについても、他のアイテムに置き換えてつくることができないかと、今まさに職人さんとチャレンジしているところです」
現状の懸念点を克服し、さらなる発展を望む崔さんの視線はすでに共創プロジェクトの次なる一手を見据えている。
Photo: Sohei Kabe
Edit: Kazushige Ogawa / Hearst Fujingaho