originality
独自性

鎧兜は究極の技が詰まった美術品。その美しさをもっと身近に――甲人

2024.07.29
明治30(1897)年の創業以来127年にわたり、子どもたちの健やかな成長や繁栄を願う「端午の節句」の鎧兜を制作してきた「甲人(こうじん)」。造形の美しさと精緻な作りに定評があり、気品のある鎧兜は、時を経ても色あせずに輝きを放つ。そんな甲冑づくりの技法で製作したバッグや名刺入れを通じて、伝統文化を身近に感じてもらうという同社の活動は、2023年度の「すみだモダン」に認証された。
甲人が手がける「鎧手許(バッグ)」は、「すみだモダン」認証商品となった。

国宝指定を受けた平安鎌倉期の美しい鎧兜を忠実に再現

奈良時代からあったという端午の節句に、鎧兜(甲冑)を飾り、成長する男子の無病息災や安泰、繁栄を祈念するようになったのは江戸時代のことだ。

「甲人」は、明治30(1897)年の創業以来、この風習に欠かせない鎧兜を制作しつづけ、その歴史を積み重ねてきた。同社が制作するのは、最も美しい鎧兜として世界的にも評価の高い平安・鎌倉期の鎧兜=大鎧(おおよろい)を細部に至るまで倣い、忠実に再現したもの。

大鎧は美しいフォルムや鮮やかな色彩に加え、金工や漆工、鹿韋(しかがわ)の染色など、多岐にわたる工芸を組み合わせて作られており、威風堂々とした構えのなかに、華麗で高貴な美しさを併せ持っているのが特徴だ。高度な技術がいくつも用いられている大鎧は、当時は国力を測るバロメーターでもあったため、それを構成するさまざまなパーツには、その地域きっての技術をもった職人が携わった。時代が下るにつれ、弓矢から鉄砲へと戦の道具が変わってくると、甲冑から華美な装飾は消え、動きやすくて頑丈な素材へとその形状は変化していった。平安・鎌倉期の大鎧が、美術的価値において高く評価されている理由はそこにある。

「甲人」では国宝に指定されている18領の大鎧をつぶさに研究し、多くの資料から当時の材料や技法を究明。小さなパーツに至るまで、すべてを独自に製作し、精緻な技を伝承しながら名作の大鎧を造形美豊かに再現してきた。

鎧兜づくりが大好きだった少女が甲冑職人へ

「甲人」の5代目であり、国内唯一の女性甲冑職人として活躍する後藤甲世(かつよ)さんは、幼い頃から工房に出入りし、甲冑と共に育った。

「学校が終わると、家にランドセルを置いたらすぐ両親や職人さんのいる仕事場に顔を出していました。おやつも楽しみで(笑)。『ちょっと鋲(びょう)を数えて』なんて頼まれたら、喜んでお手伝いしていましたね。とにかく甲冑づくりを見るのが楽しかった。きっと小さい頃からこの仕事が好きだったんだと思います」

「甲人」の5代目、女性甲冑職人の後藤甲世さん。

成長した甲世さんは、やがて運命に導かれるようにこの世界に入った。

「父や母、そしてほかの職人さんたちがやっていることを自然と観察していたので、私がここに入ったとき、まさしく『門前の小僧習わぬ経を読む』という感じで、誰に何を習ったわけでもなく、作業をすることができたんです」

父であり師である力石鎧秀(ちからいしがいしゅう)さんは、甲冑へのあくなき探求心と美術的センス、確かな腕による忠実な再現性で高い評価を受ける職人であり、信頼の厚さから、重要文化財の修復を任されるほどだった。

「父は本当に甲冑が大好きでしたね。鎧兜の歴史から時代考証、当時の高度な技術まで、話しだすと止まりません(笑)」と、甲世さんは目を細める。

「甲人」ならではの、真摯なものづくり

続いて甲世さんは、兜の前面にスッと上に伸びる「鍬形(くわがた)」を見せてくれた。輝く鍬形に抜かれたハートのような形を指さしながら、「この形は、猪の目がモチーフとなっている猪目(いのめ)という意匠です。厄除けの意味があり、日本では古くから神社仏閣で用いられてきました。この切り出しも父が自ら真鍮(しんちゅう)の版に小さな穴を開け、そこから糸鋸(いとのこ)を使って少しずつ切り出して作ったものなんですよ。こんなふうに、ひとつひとつが本当に手づくりなんです」と教えてくれた。

貴重な伝承技法を踏襲しながら、丁寧に甲冑を作り上げていく「甲人」ならではのものづくりの真摯な姿勢がうかがえるエピソードだ。

「父からはよく、『本物の鎧兜を見に行きなさい』と言われていたんです。いつも目の前の作業に追われていた私はなかなか実行することができなかったのですが、ある時ついに念願が叶いました。国宝の大鎧をこの目でじかに見たときは、しばらくそこから動けないほどの感動がありました。 どんなに小さなパーツでも実に凝っていて、なんて素晴らしいのだろうと思って。特に心を動かされたのは彫刻の美しさと全体のフォルムですね。随所に施された菊の透かし彫りひとつをとって見ても、1200年前の人は、こんなにすごい仕事をしていたのかと惚れぼれしましたね」

甲世さんの父であり、師である力石鎧秀(ちからいしがいしゅう)さん。1970年頃、武蔵御嶽神社の国宝「赤糸威鎧」の研究を行っている様子。

それほどに甲冑に魅せられている甲世さんに、制作中はどの工程が一番楽しいかと尋ねると、「どの工程も楽しく作っているので甲乙つけがたいのです。ただ作業の始めは緊張しますね」という答えが返ってきた。

良いものを作ろうとすれば自然と背筋も伸びる。いっそうの緻密さをもって丁寧に仕上げるにはいい意味での緊張は欠かせないのだ。甲世さんはそうした緊張も楽しむすべを心得ている。

そうして日々研鑽を積んでいった甲世さんは、平成30(2018)年、ついに甲冑作家・力石甲人(ちからいしこうじん)を襲名した。それは、国内唯一の女性甲冑職人が誕生した瞬間でもあった。

500以上もの細かな工程で出来上がる美術工芸品

「甲冑づくりはひとつひとつを素材から作っていくので、組紐で編んだり鋲打ちをしたりなどの細かい作業までを合わせると、その工程はざっと500以上はありますね。完成までには半年くらいかかります」と甲世さん。

例えば威毛(おどしげ=組紐の並びが鳥の羽毛に似ていることからその名がついた技法)に使う組紐は、糸の段階から「甲人」オリジナルの色に染めてもらったものを編んでいく。胴まわりに使う鹿韋(しかがわ)も、同社は文様違いで4種類扱っているが、その文様もオリジナルだ。そしてそのひとつひとつに大切な意味がある。例えば「獅子と牡丹」の取り合わせは、「仏典に登場した獅子身中の虫(獰猛な獅子の唯一の弱点)には、牡丹の夜露(朝霧という説もある)が有効だ」という伝承から、獅子と牡丹を取り合わせることで不死身の強さが得られるという騒(げん)担ぎに使われ、とても人気のある図案だったとのこと。そのほか小札(こざね=鎧を構成する短冊状の板)などのパーツも、その鎧に最適な型を選んで合金板から一枚一枚切り出している。こうした型は本物を忠実に再現するためにも、欠かすことのできない大切な財産だ。

兜の鉢に施された唐草模様の覆輪。

「型は戦後から少しずつ増やしはじめて、今では2000以上あるのではないでしょうか」と甲世さん。

実際に兜を手に取ってみると、心地よい重厚感があり、ひんやりとした金属の感触が伝わってきた。上部の鋲はひとつひとつが規則正しく打ち込まれており、覆輪(ふくりん)という金の装飾もしっかり金属を咬(か)ませて仕上げてあるので、精緻な美しさがある。

裏(兜の内側)には本物同様に縮緬(ちりめん)が二重に張られてあり、そこには刺し子が施してある。首を守る錣(しころ)をつなぐ威毛(おどしげ)も、どこが縫い始めで、どこが縫い終わりかわからないほど丁寧に始末してある。どれひとつとして手を抜いたところがなく、「細部にまでこだわって作っている」という甲世さんの言葉どおり、その仕上がりはどこまでも美しい。

鎧兜の伝統技法の美しさを女性にも知ってもらいたい

「鎧兜が出来上がったときにはいつも、自画自賛ですが『綺麗』と思うのです。同時に、この美しさをもっと知っていただきたいと常々思っていました」と甲世さん。

以前、「鎧って戦のイメージだわ」という言葉を耳にすることがあったという甲世さん。そのイメージを払拭して、鎧は「本当に美しいものだ」ということを、女性の方にも知っていただくきっかけはないだろうかと常に考えていた。

「鹿韋と威毛の技術を使ったバッグに仕立てたら素敵なのではないかとひらめいて、作ってみることにしたのです」

伝統的な甲冑職人である父・鎧秀さんは、この画期的な試みをどう感じていたのだろうか。そのことを甲世さんに伺うと、「父は自身が情熱を注ぐ鎧兜が、形を変えて生きることにすぐ賛成してくれました」との答えが返ってきた。そうして2015年、ついに日常的に使うバッグにデザインした「鎧手許(よろいてもと)」が完成した。メインの素材は甲冑にも使用されている威毛と鹿韋だ。

「1000年もつといわれている丈夫でしなやかな手触りが特徴の鹿韋をベースに、威毛の手法でデザインを施したバッグです。デザインにはそれぞれ意味があり、例えばその昔、『勝ち草』と呼ばれていた生命力の強い水草を模様にした『沢瀉(おもだか)』は、平安時代からよく大鎧に用いられていたものです。また、夜明け前の空の色をグラデーションで表した『曙(あけぼの)』は、物事の始まりを意味します。バッグにも、このように縁起の良い威毛模様を用いています」

「すみだモダン」認証とブルーパートナーの活動の気づき

「『すみだモダン』は応募したいと思っていた時期がちょうどコロナ禍で、実現しませんでした。そんな中、昨年『東京手仕事』で鎧兜の威毛の技法を使った置時計『時甲(ときよろい)』が認定商品に選定されたのです。その授賞式に墨田区産業振興課の田中さんがいらしていて、『すみだモダン』の近況を伺いました。『すみだモダン』の認証がモノだけでなく、活動に対象を広げていることを知り、弊社としても、生まれ育った墨田区との仕事を進めていきたい、と応募させていただきました」

「すみだモダン」の活動認証とともに、認証商品となった甲人の「鎧手許(バッグ)」。
「すみだモダン」の認証商品「鎧手許(名刺入れ)」。

かくして、「鎧兜の伝承製法とデザインを生かし、日本の伝統文化を身近に感じる製品を製造する活動」と「鎧手許(バッグ・名刺入れ)」は、2023年度「すみだモダン」の認証を受けた。「先代からの独自の制作技術を継承し、鎧兜業界で一定のブランドを確立させている本事業者は、国内唯一の女性甲冑職人であり、東京都優秀技能者(東京マイスター)にも選出されている」という点が評価されてのことだった。

「認証されたときは感無量の思いでした。 新作の時計のパンフレットには、今までいただいた賞に加えて『すみだモダン』も掲載させていただきました。今後も弊社を紹介する際には『すみだモダン認証』と書かせていただきます」

2023年に「東京手仕事」の認定商品に選定された置時計「時甲(ときよろい)」。

甲世さんはさらに、「すみだモダン」の認証を受けてブルーパートナーとなったことで、今まであまり接点のなかった区内のほかの事業者との交流が生まれたことも大きな収穫だったと語る。

「先日、業平のコトモノミチで2023年度の『すみだモダン』認証活動についてプレゼンをさせていただき、そのときご一緒したのが『ライオン靴クリーム』の谷口化学工業所さんと『デジタル友禅Tシャツ』のキップスさんでした。どちらも長い歴史をもつ企業さんで、更なる躍進のために活動し、SDGsにどのように取り組んでいるのかなどのお話を伺い、ものづくりの共通する価値観も感じることが出来ました」

「すみだモダン」認証を、商品の魅力を伝えるひとつの要素として取り入れたり、同じような歴史ある事業者との交流を通じてビジネスや理念の面での視野を広げたりということはすべて、自社のブランド力を高めることにつながっている。真摯なものづくりに確かなブランド発信力が加われば、「いつか墨田区のお役にも立ちたい」という甲世さんの願いどおり、お互いが良い影響を与え合うような良好な関係が成立する日もそう遠くはないだろう。

company profile
株式会社甲人 Koujin
ADDRESS:東京都墨田区向島5-48-14
TEL:03-3611-2317
HP:https://www.yoroi-koujin.com/
Text: Masami Watanabe
Photo: Sohei Kabe
Edit: Katsuhiko Nishimaki / Hearst Fujingaho
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