originality
独自性

キップス――名刺代わりとなるオリジナルブランドで100年企業をその先へ

2024.09.20
2023年度のすみだモダンで「東京手描き友禅の技法と現代技術を活用し、サステナブルな製法でTシャツを製造する活動」が認証されたキップス株式会社。同社は100年以上の歴史をもつ老舗でありながら、新たな可能性を求めてユニークな取組を次々と行っている。それらはすべて、主軸の事業を守るためと語る、専務取締役の田中康雄さんにお話を伺った。

優れた技術力をもつアパレルOEM企業の未来を考える

「キップス株式会社(以下、キップス)」は、アパレルブランドをクライアントにもつ、ニット素材のカットソーを専門としたアパレルOEM企業だ。その歴史は大正5(1916)年、ここ墨田区に二人の兄弟が設立した、「田中メリヤス編み立て所」と「田中メリヤス縫製所」から始まる。両社は昭和5(1930)年に合併し、現在の母体となる会社が誕生した。戦後になると洋服着用の文化が定着するようになり、それとともに肌着の需要も増したため、事業は順調に成長していった。

その後、子ども服やベビー服のオーダーが増えると、縫製業へとシフトチェンジ。昭和63(1988)年に社名をキップスに変更した。やがて、子ども服やベビー服の生産現場が工賃の安い中国や東南アジアに移ってしまうと、キップスはハイエンドのレディース服やメンズ服の縫製をメインに手掛けるようになる。

同社の強みは、生地の仕入れ、パターン作成、裁断、縫製、仕上げ、検品、出荷まで一貫して対応可能な体制があること。福島県の自社工場には高精度の裁断機や特殊ミシンをそろえ、経験豊富な職人たちの確かな技術力により、難易度の高いデリケートな素材や細やかなデザインにもフレキシブルに対応、質の高い製品を生み出してくれると業界からの信頼も厚い。

「とはいえ、アパレル業界を取り巻く環境は正直なかなか厳しいものがあります」と話すのはキップスの専務取締役、田中康雄さんだ。

「アパレル業界の発展には人口との相対的な部分もあるし、お金の使い方も関係してくるし、娯楽や趣味趣向の部分でも、アパレルって結構厳しいなって感じています。服がなくなることはないと思うのですが、今後ビジネスとしてのフィールドが広がっていくことは難しいかなと。ですが、うちには工場があります。生産体制を持っているという強みがありますから、それを動かすことはおそらくあまりできない。そういう意味でもOEM生産は主軸のまま、会社を存続させるためにどういった可能性があるかを常に考えています」

同社が異業種との商品開発やオリジナル自社ブランドの開発といったユニークな事業を展開する背景には、康雄さんのこうした考えがもとになっている。

会社を助けるため、全くの異業種からアパレル業に転身

キップス株式会社の専務取締役の田中康雄さん。

康雄さんは当初、キップスに入ろうとは全く思っていなかったという。子供の頃は祖父である田中正右氏が代表取締役として采配をふるっていた。正右氏は男二人と女一人の三人の子宝に恵まれたが、孫は女子が多く、男子は康雄さん一人だった。

「祖父は本名の田中正右ではなく、商売の運がよいとされる字画の田中康雄という名前を使って仕事をしていました。そして僕が生まれるとその名前を僕につけたのです。結構かわいがってもらったし、そうした理由もあったので、『今後はお前が継ぐんだぞ』という祖父の気持ちが子供心になんとなく伝わってきた感じはありました。とはいえ、僕は次男の息子ですし、その後は正右の長男である田中正裕が3代目を継いで、そこには二人の優秀な娘がいたので、従妹たちが何かしら事業を継承していくんだろうなと思っていたのです」

康雄さんは大学を卒業後、医療機器メーカーに就職する。ところが3代目の社長が倒れ、専務を務めていた父の田中康裕氏が急遽4代目を継ぐことになった。

「その頃はちょうど転職活動を始めていた頃で、父からちょっと手伝ってくれないかと声がかかったのです。それが過ちの始まりってところでしょうか(笑)」とおどけて見せる康雄さん。

「事業承継のやりとりをそばで見ていて、なんかすごく大変な状況だなと感じていました。そんなところで自分に声がかかったので、助けるというとちょっと変ですが、ハードルを感じることなく入社を決めました」

本社は、その上階が祖父の家だったため幼い頃から遊びに行っていた馴染みのある場所だった。当時から働いていたスタッフもまだ数人残っていたため、空間的には入りやすかったという。しかし、もともと家業を継ぐつもりがなかった康雄さんは、アパレル業界の経験もなく、専門学校で洋服の知識を身につけたわけでもなかった。そのため入社直後は業界的な慣習に戸惑いを感じたという。

「なぜこのように効率の悪いことをしているんだろう、と矛盾や無駄に気づくところも多々ありました。今は入社して9年働いているので、そうしたことに気づきにくくなっている自分がいて、少しジレンマを感じることもありますが、なるべく一歩引いた状態を保って客観的に判断できるようにしたいというのはあります。そのほうがしがらみなどとは関係なく、自分の個性と立ち位置を生かして新しいことにチャレンジできますから」

新たな取組へとつながった「フロンティアすみだ塾」

キップスに田中さんの息子さんが入った、というニュースはたちまち業界の組合で話題となり、組合の青年部から勧誘があった。最初は消極的だった康雄さんだが、1年経った頃には「いよいよ断りきれなくなり、とりあえず参加してみることにしたんです」と笑う康雄さん。

「そうしたら、これが結構面白いところだったんです。仲間意識も強いので可愛がってもらいながら、同業の先輩であるおじさんたち、といったら失礼ですけれども、社長さんや役員をやっている方々とお話しして、多くのことを教えてもらいました」

組合の青年部に在籍していた先輩から「フロンティアすみだ塾」をすすめられたのはそのときだったという。

「入社3年目で『フロンティアすみだ塾』の14期に入塾しました。同業者はおらず、さまざまな業界の方が参加していました。それまで異業種の方としゃべる機会はほとんどなかったため、いろいろ話をするなかで、知らなかった情報や新しい視点、ヒントなどをたくさん得ることができました。同期とはいまだにお付き合いが続いていますし、参加してよかったと本当に思いますね」

「フロンティアすみだ塾」への参加は、新しいコミュニティの誕生にもつながった。同期のなかで、特に仲良くなったメンバーと立ち上げた、「継創(ツギヅクリ)」だ。このコミュニティの目的は、墨田区で家業をもって挑戦する人が、トークショーやフェスを通してクローズアップしたいプロダクトを地域や区内の人に知ってもらう機会を増やすということにあり、現在も定期的に活動中だという。

2024年5月、継創のメンバーで行った「イタリアミラノサローネ報告会」。
2023年10月21日、22日に「隅田公園そよ風ひろば」にて"家業"をテーマにしたマルシェ「継創フェス」を開催。山本亨墨田区長(前列・左から2番目)と継創のメンバーで一緒に記念の一枚。

「KIPS WORKS」シリーズの誕生秘話

「フロンティアすみだ塾」が縁でスタートしたもうひとつの大切な事業が、「KIPS WORKS」シリーズだ。きっかけは同期だった「ツバメ研磨工業所」の伊藤勇輝さんから、社名の入ったロゴ入りのTシャツを作りたいという依頼を受けたことだった。

「簡単に作れるので請け負ったのですが、打ち合わせも必要なので何回かツバメ研磨さんに通ったんです。現場では職人さんたちがどのように仕事をしてるかを見せてもらいました。研磨の際に飛び散る粉塵が舞うなか、大きな機械が回るすぐそばを通ったり、とても暑かったりと、過酷な現場です。それから働いている人の服を見ると、みなさん同じようなところに穴が開いていたりします」

「聞けば、ある決まった作業をする際に、どうしても穴が開いてしまうということがわかりました。Tシャツは毎年作っていたので、毎回過酷な現場を観察させていただく度、もっと耐久性の高い生地を使ったり、吸水速乾に優れた素材を使ってみてはどうだろうというアイデアが浮かんだため、オリジナルのワークウェアを提案してみることにしたのです。当社にはデザイナーはいませんが、優秀なパタンナーはいます。クライアントとコミュニケーションを重ねながら、要望を吸い上げ、寄り添いながら丁寧にコンサルティングしていきます。そうして試作を重ねながら、この現場に一番合う形のワークウェアを完成させました」。そのとき康雄さんは、これはいけそうだという手ごたえを感じたという。

「ワークウェアはいろいろな会社が手掛けていますが、あくまでもどの現場にも合うように作られています。つまり汎用性は高いけれど、必ずしもベストとは言えない商品です。大手さんはそれでいいと思いますが、中小企業が小ロットで作る以上、オーダーメイドに近い形にカスタマイズして、一社特化型のオリジナルを作るというほうが、他社とのすみ分けにもなるし、逆に、うちでしか作れないものなのかなと思ったのです。結局、服を作っていますが、『アパレルとは異なる畑に売り先を変える』、そのようなチャレンジも必要だと考えていました」

ユーザーから直接依頼を受けるオーダーメイド型ワークウェアの評判は、主に口コミでひろがり、「東向島珈琲店」のギャルソン風エプロンや「SPiCE Cafe」のスリランカテイストの前掛け、クリニックの医療用オリジナルスクラブの開発へとつながっていった。

「とはいえ、まだまだ課題はいっぱいあります。納品枚数がすごく少ないので、正直、これだけでビジネスにはなりません。これを本業とするには厳しいものがあるのですが、うちにはOEM生産という本業があるので、これはあくまで広告と割り切ってしまおうと。だんだんと紹介も増えて、現在では、『作業着だったらキップスさん』と言ってくださるところもあり、区内では少しずつ認知度が上がってきています」

墨田区、東向島の「東向島珈琲店」のためにつくったオリジナルエプロン。仕事場での作業用途に合わせた素材選びや機能性を追求、フランスのカフェなどで見られるギャルソンエプロンをモチーフにした。
墨田区のスパイス料理の人気店「SPiCE Cafe」2号店のエプロンを製作。新店の洗練された内装に合わせ、シンプル&モダン、そして「スリランカ」というキーワードから着想を広げて製作した。
ドクター用のスクラブを開発。動きやすさを重視し、縦横にストレッチの利いた素材を使用。衛生的にも吸水速乾の機能がある生地を提案。

「すみだモダン」へ応募したきっかけと認証されて良かったこと

康雄さんが「すみだモダン」を知ったのは、「フロンティアすみだ塾」を受講していたときだったというが、今回「東京手描き友禅の技法と現代技術を活用し、サステナブルな製法でTシャツを製造する活動」で応募したきっかけは何だったのだろうか。

「このTシャツプロジェクトへの参画は、わが社のホームページに興味をもってくださった『東京都中小企業振興公社』さんからのご紹介で始まりました。『東京友禅』の職人集団である『そめもよう』が描く手描き友禅を高精度でプリントした『デジタル友禅®︎』の技術を活用し、伝統工芸の柄をTシャツというカジュアルウェアに落とし込んだ商品です。当時は自社ブランドもあまりなく、しかし海外への販路は今後目指さなくてはと考えていた頃でしたから、伝統工芸であれば海外からの反応もいいだろうし、面白そうだと思い、お引き受けすることにしたのです。生地には目の詰まった肌触りの良いものを仕入れました。『そめもよう』の方から『本業では着物に一点一点描いているので、着物の裁断に似せた四角いTシャツはどうか』と提案を受けました。この四角いTシャツを無駄なく配置すれば、余計な顔料を使うことがなくなり、余計な裁ち屑を減らすこともできるので、サステナブルと言っていいのかなと思い、その案を採用することにしました」

「すみだモダン」に応募したきっかけは、ブルーパートナーになると、展示会やポップアップ等で優先的な取り扱いを受けることができるという点に魅力を感じたからだという。

「『そめもよう』の作家さんたちも実売につなげたいという強い希望があったので、それならば『すみだモダン』に応募してみようということになりました」

この取組は「東京手描き友禅を現代のプリント技術を活用し、Tシャツというカジュアルな領域に落とし込んでいる点は独創的で、100年企業でありながら柔軟な発想を兼ね備えている」という評価を受け、2023年度の「すみだモダン」として認証された。

「『some-pri』というブランドは『そめもよう』との共同商標として登録した自社ブランドになります。『すみだモダン』の認証を受け、販売活路が開けたことで、OEMという形態では伝えられなかった自社ブランドや取組事例を社外へ発信できるようになったのは良かったと感じています」

すべての取組は本業を守り、その先へと進むための布石

今後はライフスタイルやインテリアといったアパレル以外の分野にも活路を見出したいと語る康雄さん。

2023年にはサウナや銭湯を切り口とした「OFF-LOW-BUFF-COMPANYS(オフロバカンパニー)」というブランドを立ち上げ、パーカーやサウナマットを開発した。ニット製品を主軸にしつつ、ニット以外の製品も取り扱う、その経験値を得る為にライフスタイルブランドとして立ち上げた。

2024年の4月には捨てられがちなワインボトルにニットをかぶせて一輪挿しのフラワーベースとして新しく生まれ変わらせる「ReVessel」というサステナブルなインテリアプロダクトをミラノサローネに出展した。

「ミラノサローネへの出展は、『NEW NORMAL NEW STANDARD』というデザイナーチームとのマッチングプロジェクトです。『フロンティアすみだ塾』で同期だった片岡屏風店の片岡孝斗さんが墨田区にアイデアをもちかけて実現したもの。区内から5事業者が参加して、それぞれがデザイナーさんと組んでプロダクトを作りました。当社はデザイナーの伊澤真紀さんとタッグを組み、スモッキング刺繍の素材で作られた柔軟性と耐久性にすぐれたニットカバーを開発し、どんな形状のボトルでも簡単にフラワーベースに昇華させることのできるアイテムを完成させたのです」

こうしてみるとキップスはさまざまな取組をしているが、それらはすべて本業にリンクしているという。

「今後も主軸を生かすために会社の名刺代わりとなるオリジナルブランドの開発は必要だと思いますし、デジタル友禅は海外の販路を開きました。布を扱う仕事と親和性が高く、僕個人としても興味があったインテリア分野からの発注にも、今後つながればと。名刺の数が増えれば、アパレル業界だけではなく、いろいろな業界からの入り口が増えてくるというイメージです。やらないことも選びつつ、それぞれが本業に対してリンク・シナジーを生むように、現在は、点を打っている感覚です。主軸はあくまでアパレル業界のOEMですが、入り口を増やすことがうちの工場を回すということにつながればよいのかなと思っています」

さまざまな取り組みを未来への糧とするために、100年企業、キップスのチャレンジは続く。

Company Data
キップス株式会社KIPS
ADDRESS:東京都墨田区立川1-7-5
TEL:03-6284-1331
HP:https://kips-web.com/
Text: Masami Watanabe
Photo: Sohei Kabe
Edit: Katsuhiko Nishimaki / Hearst Fujingaho
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