すみだ発、老舗メリヤス屋の挑戦
手に取ると、想像を超えた柔らかな触感に驚く。足を入れると、まるで雲の上を歩いているかのような履き心地。その商品の名は〈merippa-メリッパ〉という。
「メリヤス屋さんがつくるスリッパだから、メリッパです」。そう教えてくれたのは、中橋莫大小(なかはしめりやす)の四代目社長、中橋智範(なかはしとものり)さんだ。
明治時代に近代産業の先駆けとして始まったメリヤス製造は、今なお墨田区の地場産業として息づいている。中橋莫大小の創業は1951年。当初は肌着の製造から始まり、現在ではカットソー製品全般について生地の提案から裁断・縫製までを行っている。世界で名の知られる国内コレクションブランドのOEMも担当し、高品質なものづくりには定評がある。
社員のひらめきから生まれた「メリッパ」
その中橋莫大小が初めての自社ブランドとして立ち上げたのが〈merippa〉だ。きっかけは2012年の東京ニットファッション工業組合の展示会だったが、智範さんは以前より自社ブランドへの想いを温めていた。
「当時、すでに繊維業界の多くが生産拠点を中国やベトナムなどに移してしまい、国内生産率は3%程度にまで落ち込んでいました。自分たちにはものづくりの技術があるのにもったいない。それに、このままでは日本の繊維産業の技術が海外に移ってしまう……。自社の技術を生かして何かを始めてみたいという想いがありました」
「普通なら、自社の技術を生かして洋服をつくると思うんですけど」と、社長である智範さん自らが言うように、カットソーを製造するメリヤス屋が自社の技術とノウハウを真っ直ぐ生かすなら、洋服ブランドが正攻法だったのかもしれない。しかし中橋莫大小は有名ファッションブランドをクライアントに持つからこそ「洋服なんて、とんでもない」と思った。
「あの人たちは毎日洋服のことを考えてつくっているんですから、同じ舞台になんて立てませんよ」
そこで考えたのがメリヤス屋ならではの「雑貨」。社内で公募すると、カバンや帽子など様々なアイデアが集まった。そんななかで、ある女性社員が持ってきたのが、〈merippa〉だった。
試作品を見てすぐ、「これを売ろう」と思ったという智範さん。即決した理由を尋ねると「やっぱり、かわいかったですよね」と、ひと言。中綿の入ったふわふわの触り心地にも惹かれた。のちの〈merippa〉の成長を考えると、その直感は正しかった。当時社長だった父に話を持ちかけた際も反対されることはなかったという。「『分かった。あらかじめ決めた予算内ならつくっていい』と――『ちゃんと計算して、どんなに失敗したとしてもその金額内でやめておけよ』という意味だったと思います。分かりやすい数字を提示してもらえたのがよかった」と振り返る。
リバーシブル仕様に込めた職人技
社員が提案した〈merippa〉はすでに現在の完成形に近いものだったが、より「メリヤス屋らしい」商品にするための工夫を加えた。リブニット生地を使うかかと部分を靴下のように立てることで脱げにくい構造に改良し、手だからこそ実現できるリバーシブル仕様を追加した。「うちではスリッパはつくれないけど、スリッパ屋さんにも〈merippa〉はつくれない」。カットソー製造で培った同社の裁断・縫製技術がここに生かされている。
〈merippa〉を何らかのカテゴリーに分けるとしたら「ルームシューズ」になるのかもしれないが、一般的なそれとは似て非なるものだ。ふっくらとした履き心地も、ぬいぐるみのような愛でたくなるかわいらしさも、汚れたら靴下のように気軽に洗濯機へ放り込める利便性も〈merippa〉にしかない。
洋服の生地を使った多彩なデザイン展開は、当初20型程度からスタートした。現在では年間100型ほどつくるが、「毎シーズン、売り切れごめんなさい」だ。「店頭にずっと同じデザインしかないのがつまらないなと思っていて。何より僕自身が飽きちゃう」と智範さん。だから、あえて定番はつくらない。
直営店の「merippa house」を訪れると、店内には色や柄が違う〈merippa〉がずらり。その多彩なラインアップに圧倒される。内装は白壁にモルタルの床、什器は木製とスチールで統一されており、それらがシンプルな分、〈merippa〉の鮮やかで、ポップな魅力が際立つ。自分用はもちろん、プレゼントする相手を想像しながら、イメージに合った一足を見つけ出すのもまた楽しい。贈り物としての需要が多いというのも納得だ。
伊勢丹から世界へ広がる販路
柄のセレクトのほとんどは智範さん自らが行うというが、ブランドとしてのセレクト基準を尋ねると「とくにないです。生地屋さんに行って、『かわいいな』って思ったものを」と、飄々(ひょうひょう)とした答え。コンセプトなども「とくにないかな」と即答だ。一般的な商品づくりのセオリーでは、〈merippa〉のカラフルな魅力を語れない。
自社ブランドを立ち上げた会社の多くが頭を悩ませるのは販路の開拓だろう。〈merippa〉は立ち上げ当初からオンラインショップでの販売をスタートし、見本市やrooms、ギフトショーなどの合同展示会に出展することで徐々にファンを獲得してきた。
「ほかに方法が思いつかなかったというか、小売業界に知り合いもいないですし。でもとりあえず出てみたら、百貨店の方が声をかけてくれて」
そんななか、出会った福岡の百貨店バイヤーから声を受け、「定番コレクション」という催事に出店。その縁がつながって、新宿伊勢丹のバイヤーを紹介してもらう機会が訪れる。
「〈merippa〉をスタートしたとき、最初は伊勢丹新宿店の1階婦人雑貨売り場で売りたいな、から始まったんです。そこが日本で一番の売り場だと思っていましたから。そう思って始めたんですけど、運よくその目標を早い段階で達成できました」
伊勢丹新宿店での取り扱いが始まったのは、ブランドのスタートからわずか1年半後のことだった。「今後もその場所で〈merippa〉を発信し続けていきたいと願っています」
販売開始からわずか2年後の2015年春のこと。目標だった伊勢丹をはじめ、数々の百貨店やセレクトショップで販売を始めた〈merippa〉。その後、国内外での評価を高めながらヨーロッパを中心とした海外市場へと着実に展開を広げ続けていく。
墨田から世界へ、技術をつなぐものづくり
現在では、ヨーロッパ各地の展示会へ継続的に出展し続けているほか、アメリカの展示会にも参加し、海外のバイヤーや生活者との接点を着実に築いている。2020年冬には外務省の対外発信拠点「ジャパン・ハウス ロンドン」にもセレクトされ、現地で好評を博した。
そうしてヨーロッパでのECサイトの立ち上げや、パリ【ル・ボン・マルシェ】での販売を実現してもなお、その挑戦は止まらない。2023年にはフランス・パリに直営店merippa parisを構え、現在はヨーロッパにおける重要な発信拠点として、現地の顧客に直接〈merippa〉の魅力を届けている。
だが、どれだけ〈merippa〉が国内外に枝葉を伸ばしたとしても、その根をいまも墨田区に下ろし続けることに変わりはない。
「それはやっぱり、うちがメリヤス屋だからです。日本の墨田区にはメリヤス産業がある。〈merippa〉を世界に持っていくことで、そのことを少しでも知ってもらえるきっかけになればいいなと思いますね」
商品名:「merippa」
世界中どこに行っても人気なのが、白いボアの〈merippa〉。ふわふわと柔らかく、愛でたくなるかわいらしさ。メリヤス編みのかかとに黄色を利かせた色使いも絶妙。国内外でその土地やライフスタイルに合わせた多彩な素材・配色のバリエーションが展開されている。
本社 TEL: 03-3625-4505
店舗 ADDRESS(merippa house): 東京都墨田区亀沢2-18-10
店舗 TEL: 03-6456-1752
HP: https://merippa.com/
Photo: Kasane Nogawa
Edit: Kazushige Ogawa / Hearst Fujingaho