履き心地×和紙効果を追求した和紙足袋靴下「WASI WASI」
近年、環境負荷が小さく、生物分解性の和紙糸が注目され、和紙の持つ調湿や防臭をうたった衣料品が市場に並んでいるが、それらのほとんどは和紙糸に他の素材をブレンドし、伸縮性を持たせた混合糸製だ。
しかし、和紙足袋靴下「WASI WASI」は触った瞬間からひと味違うとわかる。シャリっとした少し固めの感触が示すのは、その和紙糸の配合率の高さ。
極細に刻んだ和紙を撚(よ)ってつくられる和紙糸には、切れやすいという弱点がある。そのため、靴下のようにフィット感が求められるものをつくる場合は、和紙の混合糸を使用して量産する。だが、そうすると当然、和紙の持つ優れた効果は弱まってしまう。
その点、「WASI WASI」は和紙糸の混用率が78%もある。和紙の比率が高いため、和紙が本来持つ抗菌性・防臭性・調湿性といった特性を十分に発揮させることができる。
なぜなら、「有限会社フルカワ」の代表取締役社長・古川昌宏さんが、和紙100%の糸を機械で編み立てられるギリギリの混用率、つまり78%という配合比を達成することに成功したからだ。こうした素材の希少性に加え、その履き心地も「WASI WASI」に熱烈なファンがいる大きなポイントとなっている。
「WASI WASI」は通常の靴下のような伸縮性が少ない分、こだわりの詰まった立体構造にすることで、素足のような自然な快適性を実現した。
まず、足袋型であることが特徴だ。この形状は、足の指の付け根にある刺激点への接触がもたらされ、足の動きをより自然にサポートする設計となっている。
そして、履き口はゆるやかで、締め付けによるストレスがほとんどない一方で、ずり落ちない仕立てだ。
さらに、指や踵(かかと)にふくらみを持たせた立体構造が足の自然な形状に沿い、土踏まず部分に配置された適度なストレッチが足のアーチを心地よくホールドする。
指の付け根と踵下には凹凸のついた編み方を施すことで、靴の中での滑り止めの役割を果たしている。
…と、いろいろ書いてはみたものの「百聞は一見にしかず」「百見は一触にしかず」だ。一度履いていただければ、この非常に細やかで、至れり尽くせりの配慮を存分に感じてもらうことができると思う。
墨田区に創業して70年近い歴史を持つ老舗ニットメーカー
「有限会社フルカワ」は2025年、「高度な独自技術により土に還る和紙糸を78%配合した足にフィットする『和紙足袋靴下』をつくる活動」で「すみだモダン」に認証された。
同社は、両国に程近い墨田区石原に本社を構え、同区本所には工場を持つ老舗ニットメーカーだ。創業は、戦後の復興期である1952年(昭和27年)。先代の故・古川友三(ともぞう)氏がメリヤス工場や縫製工場が集中するこの地で、工業用ミシンのディーラーを開始したことにさかのぼる。 数年後には肌着の足口に取り付けるリブ編みなど、横編み付属品の製造販売も並行して行うようになり、1958年(昭和33年)に会社を設立した。
やがて、白物の肌着製造が大手メーカーの集まる関西に移っていくと、この地では色物のTシャツやカットソー製造が主流となった。80年代にはポロシャツブームに乗ってその製造が盛んに。同社はポロシャツの付属品である襟の部分を生産していたが、引く手あまたの注文が殺到した。
「大学卒業後、関西のミシンメーカーで営業として3年間の修行を終えた私が、東京に戻ってフルカワに入社したのもこの頃です」と古川さんは語る。当時は大手スーパーが食品だけではなく、衣料品の品揃えも充実させ始めた時代だった。
「当時はポロシャツ需要が高く、私も月に10万~20万枚のオーダーを受けていましたから、すごかったですね(笑)」
一方のミシンは、その頃メリヤス工場を地方に新設するところも多かったため、それなりに売れていたという。
しかし、大阪での修行時代にもミシンの98%が輸出であったことや、非常に多くの若い労働者を抱えて勢いのある海外の工場を見てきた古川さんにとっては、日本国内でのミシン販売は、徐々に限界を感じる事業となっていた。
「そこでミシン販売の事業を譲渡し、ニット製造に注力することにしたんです。当時は珍しかった、インクジェットプリンターを導入したのもこの頃ですね。 父は特に反対することもなく、『好きなことをやりなさい』というスタンスでした。零細企業ですから、その日に儲かることをやらないとご飯も食べていけませんしね」
やがて韓国や中国などの、海外の競合他社が市場を席巻するようになっても、常に新しいことに挑戦していたフルカワは時代の波に淘汰されることなく、独自の強みを活かしながらOEM事業を継続してきた。
マスクから靴下へ——コロナ禍に出会った和紙糸で次の一手を
そんなとき、コロナ禍がやってきた。古川さんは早速、高級綿素材を用いたマスク製造に着手した。
「これが結構売れたんですよ。どこで知ってくださったのか分かりませんが、置いておくだけでも皆さん買いに来てくれて。ところが、何度か洗ううちに毛羽立ってきてしまうんですね。『痒くなるからダメ、痒くならないものをつくって』と言われ、いろいろな素材を吟味していた中で出合ったのが和紙糸でした。これなら何度洗っても毛羽立たないと好評だったのですが、政府による不織布マスクの推奨でダメになってしまって」
ところが、ここで挫けないのが古川さんの特徴だ。持ち前の行動力で、次の可能性を模索し始める。
「和紙マスクを使ってくれた女性のお客様からの、『これ、調湿効果があるからお肌に良かったわよ』という感想を耳にしていたので、皮膚に接触するもので何かつくれないかと考えて、『靴下だ!』と」
古川さんはせっかくつくるなら、和紙感がしっかり感じられるものにしたいと考えた。和紙率の高い試作品を何度も製造し、自分で実際に履いてみた。
「これがすごく良くて。わざと一週間洗わないで履いてみたんですが、本当に臭くないんですよ。ゴルフにも履いて行ったのですが、いつもだったらお昼にはもう足が蒸れてしまうからと靴を脱いで昼ごはんを食べるところを、『あれ? これ脱がなくてもいいわ』と感じたくらいです」
その良さを自ら確認した古川さんは、ご近所に試作品を配ってモニタリングを依頼する。 すると、「これいいよ」「これつくったら面白いかもしれない」と、反応は上々。本格的な製造へと進むことを決めた。
ところが、いきなり重大な問題に直面してしまう。
同社の機械は単なる筒状ではなく、立体的に編み上げることができる複雑なものである。そのため、和紙糸の使用量を増やすと、わずかなテンション変化でも糸が切れてしまう構造になっていたのだ。
「最初は全然できませんでしたが、少しずつ和紙糸の量を調整するしかありません。何度か試しながら、ここなら切れないという分岐点を探しました。それをニッセンケン品質評価センターで検査してもらったところ、和紙糸の比率が78%というデータが得られたのです」
和紙糸を78%まで高めると、編み作業は極めて難しくなる。編み機のスピードを落としたり、テンションを細かく調整したりなど、繊細な技術が要求される。1台の編み機が1日につくれる数は、わずか数十足程度だ。しかし、それこそが他企業には真似できない強みなのだと古川さんは強調する。
「大手メーカーは、生産効率の悪いものに手を出さないからです」
強みは自社一貫製造ならではの柔軟な対応力
「WASI WASI」の開発で最も大変だったのは何かと尋ねたところ、履き心地に直結する立体構造の部分だったという答えが返ってきた。
足にフィットする快適性を実現するため、立体構造の各部位の角度を調整し、土踏まずをサポートするにはどのような編み方や編み組織が適切かを、日々研究し続けたのだという。この「WASI WASI」の命とも言える立体構造を形にしたのは、編み機の操作を一手に担う奥さまの美希さんだった。
複雑な立体編みができる最新の機械とはいえ、糸が切れやすい和紙糸での微調整は困難を極める。古川さんの「もっとこうしたい」という理想の設計図を、スタッフとともに編み機のプログラムへと落とし込み、何度も何度も編み立てを試すのは美希さんの役割だ。通常業務を終えたあとも夫婦二人で夜遅くまで工房に残り、試行錯誤を繰り返す日々が4、5カ月も続いたという。
「こうしてみよう、ああしてみようと試作を繰り返すのですが、失敗の連続でしたから、もうやめようかなと思ったときも何度もありました。ですが、やっぱり自分のところで何か一つくらいは他所に真似できないものをつくらなきゃ、というのがずっとあったので」
何度も折れそうになった古川さんの心を支え、そのこだわりを「技術」で形にし続けた美希さん。そんな奥さまの並々ならぬ努力と、互いへの信頼があってこそ究極の靴下は産声を上げた。
また、こうした試行錯誤の過程で、古川さんが大切にしていたのが、ご近所の方々からの率直な意見だった。
「形になったものを、『ちょっと試してよ』ってお願いするんです。そうすると、自分の付き合いのあるヨガ教室の知り合いを連れてきてくれたりして、良いところも悪いところも忌憚(きたん)なく話してくれます。近所の中華屋のおばちゃんにモニターを頼んだときは、餃子が1個多くついてきたりして。そのあたりが墨田区らしいですよね(笑)」
こうして完成した初代「WASI WASI」は、指のツボを刺激できるような5本指タイプだった。しかし、5本指は意外と履くのに時間がかかる。より履きやすい設計が必要だと気づいた古川さんは、5本指から足袋タイプへと迅速に変更した。
「これなら、ツボへの刺激がありながら踏ん張ることもできますので」
古川さんは、どれほど苦労して完成にこぎつけた製品であっても、決して現状に満足しない。より良いものがあれば迷いなく次へ進み、年配の顧客から「履き口が硬い」という指摘があれば、すぐに仕様を変更する。
履き口をシングル仕立てのゴムへ変更することにより、ゆるやかで履きやすく、かつずり落ちないよう編み方を工夫するなど、常に改良を重ねて進化させている。 この柔軟な対応力は、自社で一貫して製造できるからこそ実現できる、ものづくりの大きな強みと言えるだろう。
「WASI WASI」ファンから届いた喜びの声がやりがいに
そして「WASI WASI」のもう一つの特徴が、多彩な柄だ。数え切れないほどのカラフルでポップなデザインは、同社が保有するインクジェットプリンターで染め上げたものだ。 美しい発色と優れた耐久性が特徴の染料が施された和紙の靴下という掛け合わせは、ほぼ唯一無二の製品と言えるだろう。
「これは狙ったわけではなくて、うちにある機械を生かしたら、たまたまそうなったということなんですけれど」と古川さんは笑う。
自社商品を販売するようになり、古川さんはOEM事業では決して味わうことができなかったやりがいを知った。 何よりうれしいのは、顧客の喜ぶ顔を直接見られるときだそうだ。
「『WASI WASI』のお披露目は催事だったのですが、肌がデリケートなお客様がいらして、『私は靴下選びにいつも悩んでいて。ちょっと高いけれど一回買ってみる』と試してくださったんです。そうしたら次の日にすぐ戻ってこられて、3足追加で買ってくださいました。また、船橋東武の催事では、最初に1~2足買ってくださった方が『いろいろな洋服に合わせたいから』と、会期中に3回も足を運んでくださり、合計で20足もまとめて購入してくださるなど、うれしい驚きの連続でした」
「WASI WASI」の愛用者からはほかにも、「ガサガサしがちだった足元の感触が改善された」「靴を履いたときの足あたりが優しく感じられる」など、日常の着用シーンにおける満足の声が数多く寄せられている。
「足袋の形状というのは、やはり踏ん張りが効くそうですよ。日本舞踊や、お能をされている方も、練習のときはうちのこれを履いてくださる方もいらしたりして。練習に足袋で行こうというときも、これでしたらさっと草履を履けますし」
今後も他所では真似できないものづくりを続けていきたい
「『すみだモダン』の認証をいただけたことは、とてもうれしく思っています。早速、東京ミズマチにある『コネクトすみだ[まち処]』に置いていただいたり、『コトモノミチ』でのイベントが実現したりしました。 やっぱりネームバリューがありますから、信頼度も高まりますよね」
古川さんは、「すみだモダン認証」がもたらす効果に期待を寄せつつ、明確な将来ビジョンを語ってくれた。
「いつオーダーが入るのか待っているOEM一本体制から、自分で計画を立てられる自社ブランドの製造という選択肢を増やせたことは、精神衛生上も大きな意味を持っています。今も主軸はOEMですが、少しずつでも『WASI WASI』のパーセンテージを上げていくのが今後の目標です」
古川さんは、ここで少し前のめりになり、言葉に力が入る。
「今期は全体売上の15%ぐらいまで達成できそうなので、来期はさらに上昇させたいと考えています。そのために、アイテムのラインアップを少しずつ広げていくつもりです。例えば冬場用の靴下。和紙糸は天然素材で繊維内に空洞がある構造のため、そこに空気を蓄えることで保温性を発揮する特性を持っています」
話の流れで、古川さんはポケットから手帳を取り出し、メモを確認するような仕草をする。
「池袋の催事で、冬場はいつも靴下を2枚履いているというお客さんが、『これを履いたら1枚でも大丈夫だったから』と、会期終了後にわざわざ当社まで買いにきてくださった方がいるくらいです。ですから、和紙糸にウール素材をわずかに混ぜて、より温かみのある靴下をつくるという選択肢もあるかな…と。そんなふうに、今後も唯一無二のものをつくっていきたいですね。他所では真似できないものをつくらないと、零細企業はすぐに倒されちゃいますんで」
古川さんのこの言葉は、どこか決意に満ちていた。
時代の変化に柔軟に対応し、諦めない姿勢で挑戦を続ける「有限会社フルカワ」。 その行動力と想像力が、「WASI WASI」ブランドにこれからどのようなラインアップをもたらすのか? 今後の展開が大いに期待される。
(フルカワ本所ファクトリー) 東京都墨田区本所2-14-8 1F
HP: https://www.ijp-furukawa.com/
SHOP: https://furukawa.fashionstore.jp/
Photo: Sohei Kabe
Edit: Kazushige Ogawa / Hearst Fujingaho