co-creation
共創性

目指すべき方向から遡る、岩澤硝子の「フラッグシップ商品」作り

2022.12.20
岩澤硝子は、「すみだモダンフラッグシップ商品開発」プロジェクトの第1期生。社長の岩澤宏太さんはなぜ、プロジェクトへの参加を決めたのか。また、プロジェクト開始から1年を経た今、商品開発はどこまで進んでいるのだろう。同社企画担当の鷲田顕宣さんと、企画をサポートするデザイナーの大友 学さんに進捗状況を伺いながら目指すべきゴールについて語っていただいた。

「すみだモダンフラッグシップ商品開発」に参加した経緯

100年余の歴史を誇る硝子メーカー

岩澤硝子は大正6年に創業したガラス工場だ。戦時中一時中断したものの、昭和26年に墨田区にて再創業。以来、70年以上にわたりガラス製造を続けている。そんなガラスづくりのプロが、第1期「すみだモダンフラッグシップ商品開発」プロジェエクトに応募した。

岩澤硝子と「すみだモダン」の関わりは、2010年に行われた第1回ブランド認証で、同社の「江戸前すり口醤油注ぎ」が選ばれたことに始まる。60年以上にわたり作られてきた岩澤硝子の主力商品だが、もともとネジ口式だった醤油注ぎを、液だれしない「すり口」タイプに改良したことが評価されての認証だった。

2010年の「すみだモダン」ブランド認証商品に選ばれた岩澤硝子の「江戸前すり口醤油注ぎ」。液だれしない特徴をもち、ヒット商品に。

ブランド認証がひとつの転機に

良いものを作っても宣伝の仕方がわからなかったため、2、3年ほど全く売れなかった。しかしこの認証を受けたことで、テレビや雑誌といったさまざまなメディアで紹介されるようになり、数十万本のヒット商品となったのだ。

「もしそれがなかったら、今の状態はおそらくないと思うんですよね」と語る社長の岩澤宏太さん。今後に向けて、そろそろ新たな自社商品を開発していきたいと考えていたとき、この「すみだモダンフラッグシップ商品開発」の参加企業の募集を知ったという。

「前回『すみだモダン』のブランド認証をしていただいてよかったこともあって、企画担当の鷲田にやってみないか?と聞いたところ、ぜひやってみたいと言ってくれたので応募することにしました」

墨田区で70年以上ガラス製品を作り続ける岩澤硝子

ものづくりの矜持

工場の中心には大きな坩堝(るつぼ)があり、その中ではガラスの素が赤々と溶けている。それを囲むように配された持ち場で、それぞれの作業を熱心に行う職人たち。すぐ後ろでは、出来上がったばかりでまだ熱をもっているガラス製品を、冷却ゾーンへと運ぶ人が慎重に通り過ぎていく。約40名が忙しく働く、岩澤硝子の活気に満ちた日常風景だ。世界情勢による原料高騰で厳しい状況が続くなか、仕入れのコスト高などのリスクを背負って懸命に働いている。

創業当初、岩澤硝子は車やバイクのヘッドライトや醤油注ぎなどの型物を量産していた。時代の移り変わりとともに主力の製品は灰皿や花瓶へと変わり、現在はレストランや居酒屋などで使われる業務用の食器類がメインの量産品となっている。そのほかにペーパーウェイトやトロフィーなどの記念品、そして観光地で販売されているガラスの土産物や雑貨など、多岐にわたる製品を製作している。

岩澤硝子が手ける製品。多様な製法でガラスを製造できるのも他社にない強み。

岩澤硝子ならではの個性

同社にはあらゆる硝子製造にまつわるさまざまなノウハウがある。ソーダガラスや無鉛クリスタル、耐熱ガラス、リサイクルガラスなど素材の違うものを、用途によってプレス成形、圧迫成形、スピンドル成形、引き伸ばし、流し込みといった多様な製法で製造できる技術。そして色ガラスや泡ガラス、不透明ガラスや、チップ、墨流しといった模様入りまで、表現の方法もバリエーション豊かに有しているのだ。

どんなガラス製品でも作れてしまう器用さは一方で、この先を担う商品にどんなものを作ったらよいかを迷わせる。主力商品を何にすべきか決めることを難しくしてしまっていた。そんなとき、「すみだモダンフラッグシップ商品開発」プロジェクトがスタートしたのだった。

相思相愛のマッチングでプロジェクトがスタート

デザイナーの大友 学さん(左)と岩澤硝子の企画担当、鷲田顕宣さん(右)。

デザイナーの大友 学さんとの出会い

初回は「すみだモダンフラッグシップ商品開発」の内容説明と自己紹介、自社の強みと弱みを洗い出すグループワークと盛りだくさんの内容でスタート。続いて知的財産権やマーケティングなどのセミナーが開催され、その後デザイナーによる参加企業の工場見学があった。「そこで初めて岩澤硝子さんの工場にお邪魔させていただいたんです」とデザイナーの大友 学さん。

工場見学を終えたらいよいよ参加企業とデザイナーのマッチングとなる。企業は希望するデザイナーを、デザイナーは希望する参加企業をそれぞれ提出し、相思相愛の組み合わせでプロジェクトを遂行していく、というユニークな流れだ。

岩澤硝子の社長、岩澤宏太さん。

デザイナーに何を求めるか

「最初から大友さんと一緒に仕事がしたいと思っていました」とは鷲田さんの弁。「自己紹介のとき、大友さんはグラフィックや写真撮影、WEBまでご自分でやられていて、当社もトータルでやる必要性は高いだろうなと。ひとつ商品を作るということよりも、トータルで見ていただける方にお願いしたいと」

岩澤さんが続ける。「大友さんとお話ししたのは工場見学にいらしていただいたときが初めてでした。ただ、漠然とプロジェクトにコラボレーターとして参加してくださっているデザイナーさんはどなたも魅力的だな、と思っていたところ、鷲田がどうしても大友さんがいいと。彼が一緒にやりたいと思っている方に手伝っていただくのが一番いいのかなと、お願いすることになったのです」

プロジェクトの未来性

実は大友さんのほうでも、工場見学する前から岩澤硝子さんと一緒にできたらと思っていたという。

「というのも、岩澤硝子さんは業務用の食器の取引でBtoBの分野では色々と経験してこられたんですが、BtoCではまだやりきれていないところがあったので。まっさらで可能性しかない。まだ本格的にはやり始めていない本当の更地なので、初動からしっかりと一歩ずつ、デザイン的な組み立てをもってきちんと道筋を立ててやっていったら絶対いいだろうなと」と大友さんは語ってくれた。

まずは岩澤硝子の強みと独自性、内部環境を認識

岩澤硝子の6つの特性

プロジェクトのスタートにあたり、まずは岩澤硝子の良い点、課題のある点について洗い出しにかかった。「岩澤硝子さんに足りないところや、こうなっていったらすごくいいのにと感じていた点が、鷲田さんとは最初にお伺いしたときから非常に共通していたと思うんです。それに関して、マッチングが成功して互いにハッピーだったと思っています」と大友さん。

その後もさまざまな資料を作っては持ち込んで、意見をすり合わせていった。その結果、洗い出された岩澤硝子の強みと独自性は次の6点だ。自社内で製造ができる、設備・技術を持っている、若い職人がいる、量産による現実的な価格設定が可能、多様な製法と表現ができる、他社ができない製法ができるということ。

課題にも目を向ける

そして課題としては、現在の岩澤硝子の売り上げの主体は、BtoBやOEM(※メーカーが他社ブランドの製品を製造すること)であること。そのため、自社商品が少数・単発で、企画力や宣伝力が育ちにくい、デザインがあか抜けない、認知度が低く、今後さらに、BtoBの売り上げ一極化へと進む懸念があるといった項目が浮かび上がった。

「フラッグシップって何かひとつすごいものを出すイメージがありますけど、単品の商品開発では今まで以上の変化が望みにくいことがわかったのです。それだけではあまり効果的じゃないなと。岩澤硝子さんに必要なのは新しい商品を群として魅力的に見せて、かつ一般のお客さまに長く広く売っていくことだと思うんです」と大友さん。

大友さんはさらに続ける。「それと同時に、岩澤硝子さんの認知度を高めていければ。『岩澤硝子さんて、こういうキャラだよね』とすぐに浮かぶくらいまで、ものづくりについて一般のお客さまをきちんと意識して、対話しながらやっていけるようになったらいいねとお話ししています」

目指すべき方向性

大友さんは、変化が緩やかでも継続して取り組むことで、対外的な認知向上と内部的な成長を図っていくことが目標だと語る。

「それは一般向けオリジナル製品群の開発とブランドコミュニケーションの再生で実現できると思っています。岩澤硝子さんに限らず、全国津々浦々でいろんなメーカーさんがいいものを作っていますが、なかなか見てもらえないというのは、やはり表現の仕方に問題があると思うんです。表現の仕方っていうところは、しっかりとテコ入れしたうえで製品開発とブランドコミュニケーションの再生の両輪二軸でやっていけたら」

お互いに目指すべき方向が一緒だったという奇跡

岩澤硝子と大友さんが練り上げた商品コンセプト案の一部。

商品に込めるコンセプトをさらに探る

岩澤硝子の持っている製法や表現の多様性を組み合わせると、さまざまなガラス製品が製造できることは伝えたい――大友さんはそのために有効なコンセプトについて考えていた。

「例えばひとつの形に対して、違う製法、違う表面、質感、柄や色など、さまざまなバリエーションの商品が展開できれば、同じ型で複数の商品が作れます。段階的にラインナップを増やして新商品の拡充にもなり、同一形状を長く売れば買い足しもしてもらえる。ラインナップのなかからセット販売もできるようになります。対外的には岩澤硝子はこういうことができますよ、というアピールにもなると最初に考えていたんですが、鷲田さんも同じことを考えていらっしゃったんです」

デザイナーの大友さんに説明するために、岩澤硝子の鷲田さんが用意した硝子の製法の組み合わせの特徴を記載した資料。成型方法、仕上がりの違い、留意点など、分かりやすく、細かに分類して示されている。

岩澤硝子の特徴を最大限に引き出す

鷲田さんの資料には、岩澤硝子で可能なガラス製法の種類や、多様な表現方法、何がどのようにしてできるのか、作りやすいのか、といった専門的な情報がわかりやすく紹介されていた。

「強みを生かして、その先の作用をいかに最大化できるかということを、鷲田さんも考えていらっしゃって。何をしなくてはいけないか、どういうふうに発展していかなくてはいけないかということが全て集約されたコンセプトでした。もうこれで完結というか。見た途端いいねいいね!と盛り上がってしまって」と大友さんはうれしそうだ。

「こういったプロジェクトでは、基本コンセプトがなかなか決まらずに、何が正解なのかっていうのをみんな探し続けることが多いのです。落としどころをどこにしようか、どこか一番いいところかというフィーリングを一致させるのはすごく大事なことなのですが、それをすり合わせせずに最初から目指す方向が同じだったというのはあまりないんですよ」

デザインコンセプトとトーンを定めて、いよいよ商品開発へ!

市場リサーチから、どのようなものが現在もとめられているか、イメージを固めていく。

市場リサーチと求められるデザイン

具体的な製品企画は、大友さん鷲田さんの意見が一致した“目指すべき方向”から遡って考えていくことになった。

まず、ラインナップについては蕎麦猪口を基本形態とすることに決定。それを縦や横にサイズ展開したり、同じようなデザインテイストでコップやボウルにしたりといった違うアイテムへと変えていく。通常は製品ごとに最適な製法の組み合わせが存在しているが、同じデザインコンセプトで形づくられたものであれば、複数の製法やさまざまな技法を取り入れても雑多な印象にはならないからだ。

世の中にはどんな蕎麦猪口があり、どんな雰囲気のお店ではどんな風合いのものが売られているのか、それはいくらで売られているかといった市場調査をしたこともあった。

いよいよ商品化へと加速していく

その結果導き出されたキーワードコンセプトについて、大友さんは次のように話してくれた。「どんなテイスト、トーンで作っていくのかを考えていくなかで『気取らない普段使いの硝子』『日常の気分になじむ風情』『丈夫で長持ち 健康な形』というキーワードが決まりました。リラックスして日常を楽しめるような、そういう雰囲気のほうが、現代の生活のシーンでは裾野が広そうな感じがしているので」

キーワードが決まればそれが使われる情景やシーンが浮かぶ。それを参考に製品のイメージを共有し、固めていった。今後は表現手法の検討に入り、デザインを調整する。そしていよいよ一次金型を製作、試作へと進むのだ。同時にブランドカラーやロゴマークといったコミュニケーションツールの検討も行いつつ、事業化へ向けての準備が始まっていく。

「一致した予測が正解かどうかはやってみて成功するまでわかりませんが、このトライアルがどんな未来を見せてくれるのか楽しみです」と大友さん。

鷲田さんも展望を語る。「できたら売り上げを利益にしっかりとつなげていける商品に、なってほしいと思って取り組んでいます。良い結果を出すことで会社全体が少しずつ、より良い方向、より良い形に向かって変化していけることを期待しています」

果たして岩澤硝子の「すみだモダンフラッグシップ商品開発」は、どのような完成品を誕生させるのだろうか。今後の展開から目が離せない。

Company Data
岩澤硝子Iwasawa-Glass Co. Ltd.
ADDRESS: 東京都墨田区立花4-14-20
TEL: 03-3616-0401
HP: http://www.iwasawa-glass.co.jp/
Profile
大友 学Gaku Otomo
1978年生まれ。デザイン&ブランドディレクター、デザイナー。インテリアデザイン・家具デザイン・グラフィックス/プロデュース会社に勤務ののち独立。株式会社stagio代表として、「デザインの作用するその先」を見据えたプランニングで企業の製品開発から販促ツールまでトータルでデザインコンサルティングを行う。プロダクトデザインでグッドデザイン賞等を受賞し、2020年からはグッドデザイン賞審査員に就任。JAPAN INDUSTRIAL DESIGN ASSOCIATION (JIDA) 正会員。独立行政法人工業所有権情報 デザイン・ブランド派遣専門家。
Text: Masami Watanabe
Photo: Sohei Kabe
Edit: Katsuhiko Nishimaki / Hearst Fujingaho
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この記事へのコメント

  1. 廣田 尚子

    ヒロタデザインスタジオ

    プロダクトデザイナー

    区内でガラス工場を有している稀有な存在の岩澤硝子さん。ものづくりの町すみだを象徴する企業のひとつとして、未来へ続く骨太な柱づくりにこの機会を活かしていただきたいと思っています。この取り組みでは、ものづくりの前の段階を大切にして企業の本質的な価値を炙り出して、それを新しい価値へ転換することを目指しています。
    大友さんと鷲田さんが丁寧に取り組んでこられたこれまでのプロセスは、将来に向けてしっかり根を張り、様々な芽を出す力強さを感じて、これからの展開がとても楽しみです!

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