co-creation
共創性

都市の森から生まれたベンチを「すみだの森」へ還したい――間中木工所

2023.02.20
公園や道路沿いに植えられた樹木は、時に気持ちの良い木陰を作り、その景観から私たちの心に潤いを与えてくれる大切な存在だ。なんらかの事情で伐採が決まったそれらの木々を、うまく活用することはできないか。その木をベンチにすることで、もと居た場所で再び輝かせてみたい−−この循環型事業への挑戦が、間中木工所とカイチデザインによる「すみだモダンフラッグシップ商品開発」の「すみだの森」プロジェクトだ。

「すみだの森」の第1号、ナンキンハゼが伐採される

ヴィーンヴィーンと唸り声をあげるチェーンソーの音と共に、無数の木屑が空に舞い、土の上に雪のように白く降り積もっていく。冷たい空気にメリッという音が響くと、高さ約4mの幹が静かに倒れていった。

2022年12月、墨田区の「緑と花の学習園」に開園当初からあったとされる、樹齢約40年のナンキンハゼが伐採された。

樹木医による定期診断は近年では2017年と2021年に実施。周囲の樹木の成長を妨げるという理由から。2017年の段階で伐採が決まっていたという。青々と茂る葉が落ち、視界の開ける冬を待って、ようやく伐採作業が行われたのだ。

作業者はまず、枝やでっぱりのある部分から切り落としていく。枝にはロープを括り、近くの樹木を傷つけないよう、細心の注意を払って引き下ろす。大きな幹には角度をつけた切り込みを入れ、慎重に狙った方向へと倒す。

切りたての幹は、さきほどまで根が吸い上げていた水分が染み出していて、触ってみるとひんやりとして冷たい。太くて重たい大きな幹は、屈強な男性7人によってトラックに積み込まれていった。

幹はこれから製材され、乾燥を経て木材となる。

このナンキンハゼの木材を使って公園のベンチを作るのが、大正13年創業の間中木工所とカイチデザインのチームが行う「すみだモダンフラッグシップ商品開発」プロジェクトのひとつだ。

題して「すみだの森」。

都市の森=墨田区にある街路樹や公園で止むを得ず伐採の決まった樹木を、製造の森=墨田区にある工場が連携してベンチとして再生し、ふたたび都市の森に還す、循環型の事業だ。

カイチデザインの山田佳一朗さん(左)と間中木工所の間中治行さん(右)。

10年越しの想いが実り、「すみだモダン」のプロジェクトへ!

間中木工所がこのプロジェクトに応募したのには、10年越しの想いがあった。

「『すみだモダン』の取り組みは、2009年の発足当初から知っていました。ただ、我々はオーダーを受けてクライアントの望む家具を作る仕事がメイン。広く世の中に向けて求められているものを作っている事業者さんとはスタートラインが違います。果たしてうちで持っている技術や商材が、このプロジェクトに合うだろうかと様子を見ていました」

そう語るのは間中木工所の代表取締役、間中治行さんだ。

「ところがすみだモダンも10年目を迎えて、目指すところが変わってきたと聞いて。この10年間、うちだったらどんな風にしようかなと、その取り組みを意識しながら過ごして来たので、この機会にエントリーしてみようということになったのです」

「もともと、セメントプロデュースデザインの金谷さんとはお取引がありお名前はもちろん存じ上げていましたし、『すみだモダンフラッグシップ商品開発』のディレクターを務める廣田尚子さんも、ご本人と藝大仲間の私のデザイナーさんの知り合いだったりして、日頃からお名前は伺っていました。そして売れる商品を作る方々のお話を直接聞けるというのはやはり刺激になりました。我々は作ることはできても、その先にいる消費者へどう届け、どういった戦略を立てるかというのは、自分たちが一番苦手としているところなので」

間中さんは今回のワークショップなどで勉強する期間をすごく新鮮に感じたという。

一方、企業ブランディングや、洗練されたプロダクトを次々と世に送り出しているカイチデザインの山田佳一朗さんがこのプロジェクトに参加した理由は、廣田尚子さんからの一本の電話だったという。

「私は東京ビジネスデザインアワードで廣田さんにはお世話になっていて、あるときこのプロジェクトに興味ありますか?と電話で訊かれたんです。すぐにありますよとお答えしました。墨田区の取り組みについてはメディアやいろいろな展示会などで見ていて、『すみだモダン』の活動のことをも見聞きはしていました。ものづくりが盛んな地域で、デザインにも発信にも力を入れているというイメージがあったのです。基盤がしっかりしていると思いましたし、廣田さんだったら安心して参加させていただこうと」

カイチデザインの山田佳一朗さん。

間中木工所とカイチデザイン、お互いに抱いた印象は?

「間中さんとは初回のワークショップ(経営デザインの回)の時にご一緒しました。自社の強み弱みを付箋に抜書きし、最後に発表するという流れです。私は2つの事業者さんを見させていただいたので、付箋の色を変えてそれぞれの強み弱みを書き出していきました」と山田さんが振り返ると、間中さんも思い出したようにこう語った。

「改めて自社分析し、強いところを書くときは照れくさかったですし、わかってないところもあったりしたのですが、山田さんにうまく引き出していただいて、長所や問題点を洗い出しました。強みは、どんな無理難題も形にできる提案力です。そして、これは墨田区という土地柄だから実現できることなんですが、異業種とのネットワークがとりやすい。家具というものは主体が木工であっても、金属やゴム、ガラスといった部品とひとつになって完成することが多いので、常に協力しあっています。お客様の望む良いものを提案していくうちに、木の要素が全くなくなってしまったということもあるくらいです」

間中木工所の間中治行さん。

「担当していた間中さんともう一社さん、両社とも事業継承についてとても考えていらっしゃるのが印象的でした。今の困りごとではなく、先を見据えての経営的な観点ですね。
目先の売れるものより、会社の名刺代わりになるような仕組みを作っていきたいと。お話を聞いていくうちに、Co-Design色の強いプロジェクトになっていきました」と山田さんは続ける。

「皆さんが作りたいものづくりをサポートするため、まずは実際に足を運んで資料だけではわからない事業者さんの素顔を見たかったのです。ほぼ全部の工場見学に参加しました。
間中さんのところに来た時には、何かを生かしてのものづくりが得意な事業者さんであることはすぐわかりました。間中さんは『何も特徴はない』とおっしゃいましたが、裏を返せば何でも作れますよ、と言っているようなものですから(笑)」。

間中木工所の間中さん、カイチデザインの山田さんは、墨田区産業振興課の塚田玲子さんとプロジェクトを振り返る。

「どのデザイナーさんも面白そうとは思っていたのですが、山田さんの作品を見て、素材をよく知っていらして見せ方が素晴らしいと思っていました。ワークショップのときにも、ちゃんと話をきいてくださっていたので安心感もあったのです。山田さんとご一緒できてありがたいのは、新たな設備投資などのリスクをとることなく、今ある技術で何ができるかを考えてくれたことです」と間中さん。

気がかりだった都会の木々の再生事業

実際のプロジェクト開始時、山田さんはまず、いくつかの素案をもって間中さんの会社へ挨拶に行った。そして全社員の前で、「どんなことをしてみたいか」を尋ね、思いを確認するところからスタートした。2022年の4月には両社のメンバーで青山のインテリアショップや家具メーカーに視察に出向き、意見交換をするなど順調な滑り出しを見せていた。

その一方で、間中さんはこれとは全く別に以前から気になっていたことがあった。それは、伐採した街路樹などを何らかの形に加工することで再生できないかということだった。

10年ほど前、区と早稲田大学による墨堤の桜に関する事業で伐採した樹木を活用して欲しいという依頼。当時は、都会でもこんなに木が採れるのかと感心したものの、木の質自体があまり良くなかったため、メッセージ性を持たせた目安箱を作るにとどめてしまった。しかし間中さんはそのことがずっと気がかりだった。もう少し木と向き合って、その個性を生かしたものづくりをしたかったと思っていたのだ。

また、別の会社からの依頼で、工場を建てた時に植えた樹木を、工場の移転に伴い伐採するので、何か形にして社員たちにノベルティとして配りたいという依頼もあり、古材を利用して新たな形に甦らせる再生事業の面白さを感じていたところだった。

「何よりお客様も喜んでくださるんです。ただ、これは商品開発という「モノづくり」よりは、「コト」の側面が強かったので、フラッグシップ商品開発とはつながらないと思っていました。そのため自分のところだけでは難しくても、地元の工務店さんや玩具店さんなど木をたくさん使っているところと一緒にやっていければと。伐採のタイミングもあるし、購入した木材を使うよりはるかに手間はかかります。けれど一番の魅力は都市での地産地消ということなんです。都会での循環は意味があることだと思うので」と間中さん。

循環型事業を「すみだモダンフラッグシップ商品開発」のプロジェクトに!

間中さんの想いを聞いた墨田区としては、国からSDGs未来都市に選ばれたこともあり、伐採した樹木がそういった形で再生されることに大賛成だった。

3割しかない国産木材、しかも墨田区産の木材を使うのはかなり希少なことであり、東京都が間伐材の使用を奨励していることからも、SDGsのテーマと合致していた。

この話を聞いた廣田さんは、すみだモダンの理念にも沿ったテーマだと感じ、早速山田さんと相談。山田さんとしても間中さんがそれだけ強い想いを持っているならやった方がいいという考えで、プロジェクトのテーマは、墨田区の伐採樹を使ったものづくりということに決まった。

今まではトップダウンで社員に依頼をしていた間中さんだが、今回のプロジェクトは社員全員に理解してもらう必要があったため、伐採樹で何ができるか、社員全員を巻き込んで相談しながら進め、その木が元にあった場所で使えるベンチを作ることに決まった。

まずは墨田区の環境保全課の協力を得られることになり、管轄している「緑と花の学習園」で伐採予定のナンキンハゼの木を使うことになった。下見に行くとそこには高さ約7mのナンキンハゼがそびえている。生い茂る葉が落ちる冬まで待って、伐採するという。このとき前日に伐採したという杏の木をもらい受け、伐採樹からどのようなことができるか早速考えてみることになった。

「杏の木って綺麗でおもしろいんです。固くて数日でバキバキに割れてしまう。まず木と向き合って何ができるかを考えることから始めました」と間中さん。

「杏のイメージと木のイメージが一致しているので、それで何かができたら面白い」と考えた山田さんは早速、担当スタッフの山内さんとともに杏の木を使ったカトラリーやカッティングボードのデザイン画を描いた。

「通常は仕入れた木は間中さんのところで加工されると別のところへ行ってしまうわけですが、今回は元あった場所へ戻したい。基本的には採れたものをそこに戻すということが大事だと思っているので小物もそのコンセプトで考えました。例えば公園でピクニックをしたり散歩をしたりして、休んだ時にそこで使えるピクニックセット、あるいは杏の木なので杏に戻すという考えで杏ジャムに使うジャムべらやカッティングボードなどです」

「ベンチで使うと言っても必ず端材が出てしまうので、こうした小物アイテムはその木を無駄にせず使い切るという意味でも必須です。山田さんはカトラリーなども得意分野なので有難いです。ベンチと並行してやっていきたい」と間中さんも嬉しそうだ。

木とコンクリートとでできたベンチを作りたい

小物のデザインは問題なくすんなりと製品化できそうだが、ベンチはそうはいかなかった。屋外で使うものだけに風雨にさらされることや寒暖差も考慮した設計にする必要があったのだ。例えば地面への設置面が木だと時間の経過とともに腐ってしまうため、別の素材を考える必要がある。何の素材がふさわしいか、ここで間中さんの普段の仕事のスタンスが援けとなった。木材は使えるところに使えばいい、それ以外のところはいつもどおり異業種とのネットワークで協力を仰ぐ、という姿勢だ。

山田さんは当初、脚には金属を使うのがいいと考えていた。「墨田区は鋳物のイメージもあるので、わかりやすいコラボレーションにもなるのではないかと。ところがいくつか工場を見学してみると、思ったより小さいものを作っていたのです。では大きいものを作っている工場を紹介してもらおうとなったとき、間中さんが『コンクリートがいいんじゃないか』と。

私もたまたま、リサーチしていたボードにコンクリートでできるものがいくつか載っていたのを見て、面白いんじゃないかと思いました」

木とコンクリートは合いそうだと思っていた間中さん。「僕好きなんですよ、コンクリートが(笑)。それで墨田区の仲間の会社、柴田コンクリートさんを訪ねたのです」

「訪ねてみると、ほぼベンチの脚みたいなものまであったんですよね。もうコレでいいのでは?って」と山田さんが笑って言えば、間中さんも笑いながら頷いている。柴田コンクリートの工場は栃木にあり、そこへも見学に行ってみた。

実は墨田区は日本のコンクリート産業発祥の地。そういった意味でも木とコンクリートでできたベンチは「すみだモダンフラッグシップ商品開発」のプロジェクトにふさわしい材料といえそうだった。

想いと工夫の結晶が詰まった只者ではないベンチ

実際のところ、今苦戦しているのはこの脚の部分だった。仮に木の枠を用いて試作を作ったものの、精度が出にくく、試作第1号に使うことができなかったのだ。

どのような木が来るのかわからないため、ベンチに使用できる木のサイズは短くても長くてもある程度対応できるデザインとなっていた。座面や背もたれになる木工部分は板を削って仕上げるというシンプルな作業で済むのだが、構造を支えるコンクリートの方は過酷な屋外の状況に耐えうるものにするため、その何倍も時間をかけ、エネルギーを使って調整していかねばならない。

山田さんは金属ネジの接合部デザインにも工夫を凝らした。腐敗を防ぐためネジから水が伝って中に染みこまないように、あるいはネジの脱着を簡単にしてメンテナンスがしやすくなるように、そして接合部を見えなくして意匠のじゃまにならないように、といったことに配慮した椅子が出来上がった。

「あくまでも木とコンクリートのコラボレーションという風に見せたかったのです。こういった工夫は結構大変である一方、腕の見せ所でもあります。何も特別なことをしていないように見えるというのが一番。でも実は水面下では泳ぎまくっているという」。山田さんはこの仕事をシンクロナイズドスイミングに例えて笑いを誘った。

「その気持ちはよくわかるんです。メーカーとデザイナーのバトルはいつもそこですから(笑)。ただ、山田さんはすごく柔軟な方。デザインに関しても譲れるところと譲れないところをしっかり伝えてくださいます。お互い高みをめざしたいので今はどこまでできるかギリギリのところまで妥協せずにやっていきたいです。コストと納期が次のステップで問題になりそうですが(笑)」。デザイナーとの仕事の経験が多い間中さんだけに、山田さんとのやりとりはスムーズで、絶妙なバランスがこのチームの強みのようだ。

木工部の仕上げについて間中さんは次のように教えてくれた。「木が呼吸できる程度のもの、木の風合いを生かすオイル仕上げも良いかと考えていますが、その時々に入ってくる木の性質や耐久性を考慮しながら決めて行こうと思います」

制作中のベンチのサンプル。伐採した木を使用する前に、代用の木材で形の構造の検討が進められている。

試作品は山田さんの言葉通り、木とコンクリートでできたベンチだった。すっきりとして洗練された佇まいは、ひと目見ただけで、ただのベンチではないとわかる。アールを多用したデザインからは温もりや優しさが感じられ、いかにも座り心地が良さそうだ。

「ここで採れた木で作ったんだと想像しながら座っていただけたら。この木はもう生きてはいないけれど、元いた場所の風景になっていくといいなと思います」

間中さんの夢が詰まったベンチ−−その完成が待ち遠しい。

Company Data
間中木工所Manaka-Mokkousho Inc.
ADDRESS: 東京都墨田区立花5-9-5
TEL: 03-3613-9171
HP:https://mokkou.com/
Profile
山田佳一朗Yamada Kaichiro
1997年武蔵野美術大学卒業。同研究室助手を経て2004年よりKAICHIDESIGN主宰。考える人、作る人、伝える人、使う人と共に考え、関わる人が生き活きと生活できるような活動をしている。企業ブランディング、プロダクトデザイン、インテリアデザインを通してグッドデザイン賞(2004/’11/’13/’14/’16/’18/’19)、red dot design award(2010 ドイツ)、Design for Asia Award(2012 香港)、Tokyo Business Design Award 2013 優秀賞、ウッドデザイン賞(2015/‘17)等受賞。A Dream Come True(ミラノ、2007)、現代のプロダクトデザイン(東京国立近代美術館、2013)等出展多数。
Text: Masami Watanabe
Photo: Sohei Kabe
Edit: Katsuhiko Nishimaki / Hearst Fujingaho
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