「すみだモダン フラッグシップ商品開発」事業とは
ものづくり、事業経営をデザイン視点で学び直す
「すみだモダン フラッグシップ商品開発」事業は、墨田区の(ものづくり)事業者の自社ブランドづくり(商品開発)をサポートする活動です。外部のデザイナーをコラボレーターとして迎え、事業者さんには、デザイン的視点と長期的視野に立って「デザイン経営」を学んでいただきます。
デザイン経営とは経営者自らが、自分の会社やそのあり方をデザインしていくことですが、本活動ではプロジェクトに関わる全員で企業をデザインしていく、“Co-design”に重きをおいています。参加者はすべてのプログラムを通してものづくりと技術にいっそうの磨きをかけ、事業の持続可能性を高め、働く環境を改善し、働き方改革をするといった、事業にまつわるあらゆることのバージョンアップを図っていきます。
ここではものづくりがゴールではありません。そこに向かうプロセスのなかに、事業者さんが将来経営を続けていくための布石をどれだけ置いていけるか、その質や数を大切にしながら進めています。ちょうど2022年9月に第1期の取り組みが始まって丸1年を迎えました。第2期もスタートしたところです。
企業の体質改善をかなえるプロジェクト誕生の背景
「すみだモダン」(すみだ地域ブランド戦略)の開始から10年を経て、日本全体も変わりました。新型コロナウイルスの影響もあり、何を作ったらいいのか、自分の会社はこの先何をすべきなのかといった声が事業者の方からも聞かれるようになっていました。
そんななか、「すみだモダン」(すみだ地域ブランド戦略)の中心的事業としてこれまで行っていた「ものづくりコラボレーション」事業も、同じような悩みを抱え、この先のあり方を模索していました。
これまで行っていた「ものづくりコラボレーション」事業は、デザイナーさんと事業者さんをマッチングし、(事業開始当初は)約1年間という短い期間で商品を開発するプロジェクトでした。ただ、現代のような世の中にモノがあふれ、ヒット商品や、名品というものが生まれにくくなっている時代、本当の「ものづくり」には、じっくりと時間をかけてその企業の特性を知り、強みや弱み、困りごとを共有するところから寄り添い、考えることがよりいっそう大切になっています。
今回の「すみだモダン フラッグシップ商品開発」事業では、デザイナーとコラボレーションして商品開発することは変わりがありませんが、今まで(1年)よりも、少し長い期間(2年~3年)をかけて取り組んでいるのが大きな特徴です。
長い時間をとることで、いきなり「ものづくり」に入るのではなく、コラボレートするデザイナーさんには、事業者さんの企業経営状況、これまでどのような活動をして、どこに向かって事業を行っているかなど、上流や根幹から関わってもらうことにしました。例えるなら、西洋医学の投薬や手術といった改善が必要な箇所への直接的なアプローチではなく、東洋医学でいうところの体質改善のような関わり方がイメージとして近いかもしれません。
相思相愛のマッチングでプロジェクトをスタート
ワークショップを重ね、デザイン経営の理解を深める
ワークショップでは広い意味でのデザインから、経営をデザインすることの意義を理解してもらったのち、企画やマーケティングについても自らが参加して考えてもらいます。
事業者さんとデザイナーさんの組み合わせ(マッチング)は、事前に話し合い、お互いを深く知るような場を設け、その後すべての方に希望を出していただいて決定します。相思相愛のペアで動いてもらうのです。
そうして出会ったデザイナーの仕事を間近で見ることによって、彼らの思考や方法に感化されたり、その方法を取り入れたりしてもらえたらと。
本プロジェクトでは、デザイン経営を全方位的に体験し、学んでいった先に、初めてものづくりをスタートさせるという流れになっています。プロセスをしっかり地固めしてこそ、安心してものづくりに取り掛かることができますから。
フラッグシップ商品づくりの前に学ぶべきこと
プロジェクトのゴールは自分たちの力だけで持続可能な企業になっていただくことです。ものづくりはその通過点といった位置づけです。
作ることはもちろん大切ですが、そのプロセスに積極的に参加していくことで自分が関わったプロジェクトが会社を作る大事な元になっているんだという実感を得てもらう。それが会社への愛着心につながり、社内の温度を変える。自分の会社を誇るという気持ちまでもっていければ、経営を持続させるエネルギーのきっかけになるのではと思っています。
「すみだモダンフラッグシップ商品開発」の大きな特徴
インハウスデザイナーとのコラボレーション
今回、デザイナーとして大企業のデザイン部に勤務している方、つまりインハウスデザイナーさんにも入っていただいているのが、私としても推している計画になっています。事業者さんに“下請け”という感覚ではなくて大企業と向き合うことの新しい価値を見いだしてもらいたかったからです。
この方法は双方にメリットがあります。小規模の事業者さんにとっては大企業と直接つながるというのはすごく新鮮なことです。中小企業にとっては自分たちにも組織というものがあるので、組織的なスタンスの考え方が基本フォーマットになっている大企業のデザイナーさんたちとのやりとりは、同じ考え方や共通する部分も多く、一緒にプロジェクトに臨むにあたり、心地よいのではないかという私の“読み”もありました。共通言語を持つデザイナーさんとやりとりするほうが自分たちに刺さるし、自分たちのやり方に移行しやすいので、面白い化学変化が起きるのではないかと仮説を立てて臨みました。
他方、大企業では、以前から社員研修のあり方について見直す必要が議論されていました。さらにコロナ禍での生活になって外に出る機会もいっそう減ってしまったという時代の変化があって、学びの場を外に向けたいという気配があるなかでの今回の企画だったので、とても喜ばれました。外に出て経験を積むことは、非常にみんなためになるから、ぜひ声をかけてみたいと、社内調整をしてくださったのです。第1期はリコーとTOTO、第2期はコクヨの皆さんがご参加くださっています。
金融や知財のことも学べる手厚いプログラム
もうひとつ、今回の企画では最初から地元の東京東信用金庫や知的財産権スペシャリストの弁理士の方々にご協力を仰いでいます。
デザインも大切な要素ながら、企業が強くなるためには、ものをデザインする前に例えば金融や知財といった部分を理解したうえで、どういった施策を打ち出すべきか考えることが非常に大切だからです。
これは、私が「東京ビジネスデザインアワード」に11年間携わらせていただいた際に痛感していたことでした。デザイナーと商品開発に取り組んでいても、事業者さんは裏でお金のことをとても心配し、結果としてものづくりが頓挫したり生産を控えてしまったりという事例をたくさん見てきたのです。
そのため、このプロジェクトではそうした不安を解消できるような講座をしっかりと設けていくことにしました。
実際第1期では、知財のことが少し気になっていた大企業のデザイナーさんがプロジェクトパートナーの事業者さんに声をかけ、みんなで弁理士のところに相談に行くというような、すごくいい関係性が出来上がっています。心配だったらみんなで相談しに行ってみよう、と気軽に声をかけ合えるような環境が整っているのがこのプロジェクトの懐が深い部分となっています。
プロジェクトチームは家族のような雰囲気
第1期の顔合わせのとき、事業者の方々が「今これからやるのは、ものづくりだけではなくて自分たちが変わることなんだ」とおっしゃっていて、私自身すごく感動しました。これならば心をひとつにして新たに進んでいけそうだと。
これこそが墨田区の方々と長い間温めてきたプロジェクトの根幹なのです。そして今も温度は高く、第2期を始めています。
第2期は今、ワークショップをしている段階ですが、皆さん口々に「デザイナーさんとやりとりしながら考えたり何かを提案することはすごくワクワクする」とおっしゃっていて、自分たちがこれからやっていくべきことをよくご理解いただいている感じがします。
先日第1期の中間報告がありましたが、その報告も結果優先ではなく、プロセスに重きをおいた内容でした。プレゼンというよりは参加している事業者さん全員が家族のような雰囲気で話している感じです。
具体的なプレゼン方法にルールはありませんでしたが、皆さんが活動のたびに、その内容を写真や記録にとり、それを丁寧に説明してくださいました。ワークショップの合間合間に「このプロジェクトはこういうものなんだ」と概念的にお話しする機会はありましたが、ここまで、本質を理解され、活動として実践されているのを見て、とても感動しました。
卒業制作の商品開発はテストマーケティング方式を想定
クラウドファンディングを使い、市場の反応を測る
第1期はこのあといよいよ、フラッグシップ商品の開発に向けて進んでいくわけですが、そのゴールにはテストマーケティングを兼ねたようなやり方でクラウドファンディングをしていきたいと考えています。
現在、2023年度での実施を想定しています。立ち上げまでに商品が完成せず、販売できなかったとしても、クラウドファウンディング中は試作品でオーダーを取って、数カ月後に販売する予約販売のような形をとれればいいかなと思います。
生産見込みがついているものを伝えていく場になれば、商品完成の足並みが多少違ったとしても、ひとつの区切りとなるのではと思っています。
大学生の参加で見えてきた未来への可能性
プロジェクトにご参加くださっている事業者の方々は、お父さまから引き継いだ三代目四代目、あるいはご自分で始めたばかりといった、若い世代が多いです。そこに今度は大学生といった若い目線が加わるとさらに強みになると考えています。
墨田区では悲願であった大学誘致の実現により、2020年4月に情報経営イノベーション専門職大学が開学し、翌年4月には千葉大学墨田サテライトキャンパスが開設されました。特に千葉大学については、墨田キャンパスでデザインを学ぶ学生が多くいて、実際にワークショップに参加してもらったら、プレゼンが上手で、内容もよくてとても立派でした。事業者、デザイナーだけでなく、学生も参加し、互いによい刺激を生み、本プロジェクトの未来への可能性も一段と強く感じられました。
若い人たちだからこそ持っている時代を吸い上げる力というのは、上の世代ではなかなか補えない魅力です。SNSを活用した発信力のアイデアや、サステナブルなことに対しても水が染み込むように理解して当たり前のこととしてとらえています。世代の違いを強みに、若い人たちから学ぶことはたくさんあるので、よりいっそう、コラボレーションの機会を増やしていけたらと思いますね。
デザインへの信頼が厚い墨田区の先進性
プロジェクトを下支えするすみだの力
事業者さんごとに寄り添って進めていくという方法は柔軟な一方で時間がかかることでもあります。ですがその分丁寧に進めていけば、あとで遡ってやり直すこともなく、快適にゴールできるのではないかと思っています。いい意味で時間がかかっていることを、うまく活用していただきたいなと。
こうしたアプローチが可能なのも、長い間ものづくりを応援してきた墨田区さんが、デザイン、ものづくりというものに理解と信頼をおいてくださっているからこそです。その懐の深さ、先進性にはいつもよい意味で驚かされます。
プロジェクトをともに遂行する墨田区産業振興課の皆さんの層も厚く、たとえ人事の仕組みで組織内の担当の方が代わったとしても、ものづくりに対する進め方や理解の信頼は揺らぐことがありません。関わる区の担当者の皆さんが、同じ温度感、価値観を持って活動してくださる。それがあってこその「すみだモダン フラッグシップ商品開発」、そして私の活動だと思っています。
小さくてもデザインを使いこなせる強い企業がたくさんある街へ
デザインがデザイナーだけのものではなくて、誰もがデザインを理解して取り組む。デザインが「経営」でも「ものづくり」でも地続きにその役割を果たしていると、きっと良いアイデアが生まれて、自分たちらしい方法が見つかります。
社外との関わり、横のつながりといった人との交流に関しても、時代に合わせて柔軟に工夫しながら活動していければ、小さくても長く続く会社がたくさんある墨田区になっていくのではないでしょうか。
墨田区の事業者さんが、広い意味でのデザインを自由に使いこなせるようになれば、外のデザイナーやプロの人たちから「すみだに行くと仕事がしやすい」と注目されるようになります。
そういう好循環が生まれていくことが将来的な理想です。墨田区の中の人たちはいつも工夫に満ちた活動をしていて、経営も工夫しています。
決して大きな企業になる必要はなく、論理的思考と直感がうまく作用しているような、小さくても強い企業がたくさんあるまちになったら、未来も変わりなくいられるのではないかと思うのです。そんなまちになっていったらすごく素敵ですよね。
Photo: Sohei Kabe
Edit: Katsuhiko Nishimaki / Hearst Fujingaho
オレンジトーキョー
代表取締役