co-creation
共創性

「すみだモダン フラッグシップ商品開発」が事業者にもたらした変化とは

2023.08.30
持続可能な事業経営のあり方を学ぶ「すみだモダン フラッグシップ商品開発」プロジェクト。2021年にスタートした第1期5チームの卒業が間近に迫っている。各事業者は自社に必要なものを製品化し、クラウドファンディングに向けて着々と準備を進めている。プロジェクト開始から丸2年、この活動を通して事業者はどう変わったか。クリエイティブディレクターの廣田尚子さんが振り返る。

「すみだモダン フラッグシップ商品開発」とは何か

墨田区産業振興課が推進する「すみだモダン フラッグシップ商品開発」は、クリエイティブディレクターの統括のもとに、デザイナーと事業者で商品開発を行うプロジェクト。しかし参加事業者にとってそのゴールはものづくりではない。あくまで、無理のない持続可能な「デザイン経営」の考え方を身に付けることを主眼に置いている。

第一線で活躍するデザイナーがコラボレーターとして伴走するのはこのためだ。彼らは自社の「強み」「弱み」を分析するワークショップや、マーケティング・知財等を学ぶセミナーにも事業者とともに参加する。お互いその知見をふまえたうえで商品企画・デザイン・試作等を行っていくのだ。最終的には販路の検討も含め、全員参加型で商品開発を進め、3年目に販売をスタートさせる。

初めに各事業者、デザイナーの自己紹介があり、ワークショップを通して距離を縮める。デザイナーが各工場の見学に訪ねたのち、事業者もデザイナーも一緒に取り組みたい相手の希望を出す。その希望をもとにマッチングが成立するという流れだ。

第1期は岩澤硝子×大友 学(stagio)さん、芝崎合金鋳造所×TOTOデザインチーム、間中木工所×山田佳一朗(KAICHIDESIGN)さん、廣田硝子×大友 学(stagio)さん、石井精工×リコーデザインチームの5組のマッチングが成立しプロジェクトが始まった。

ここまで読んでくださった方が気になるのは、大友さんが2社、しかもともに硝子会社を担当していることかもしれない。これは岩澤硝子はBtoCの領域でその個性を定め広く認知してもらうためのプロジェクトであり、廣田硝子はこれから先の会社のあり方を見据えたリサイクルガラスの商品化という、まったく異なる課題への取り組みであったため、逆に協力し合うことで相乗効果を期待できるかもしれないと考慮したうえでのマッチングだった。

プロジェクトを経て誕生した第1期生たちのフラッグシップ商品

こうしたプロセスを経て生み出されたフラッグシップ商品は、事業者の歩みや現在置かれている状況、強みにしっかりと向き合ったであろうことが感じられるものだった。一過性の大ヒットを狙ったものではなく、その事業者らしさを体現し、さらに長く愛されるような地に足の着いた、さらにどこかひねりのある商品ばかりだ。

岩澤硝子×大友 学さんチーム

墨田区で唯一の窯をもつガラスメーカーである岩澤硝子の強みは、さまざまな製法でさまざまな色合いのガラス製品を作ることができるという点だ。そこで、徳利と猪口をそれぞれひとつの型でいくつかのバリエーションを作り、BtoBからBtoC市場への参入を図るという目標を定めた。徳利の蓋には同社が得意とする「すり口タイプ」を用いることでほかとの差別化を図った。

芝崎合金鋳造所×TOTOチーム

砂型鋳物で数多くのアイテムを製造してきた芝崎合金鋳造所は、正式に区と「すみだ水族館」との連携協定に基づく事業の一環としてのコラボレーションが決定。同館の人気をけん引するペンギンのオブジェを作ることになった。飼育スタッフへのヒアリングで見えてきたペンギンのさまざまなしぐさをデザインに落とし込み、メッセージ性をもたせたお守りのようなオブジェとして販売する。愛らしい動物モチーフの温かみあるオブジェ作りは芝崎さんの得意とするところ。青海波を用いたおしゃれなパッケージも購買意欲をそそりそうだ。

間中木工所×カイチデザインチーム

間中木工は会社の名刺代わりになるような仕組みを作り、事業継承につなげていきたいという思いを「すみだの森」というプロジェクトに込めた。墨田区にある街路樹や公園(都市の森)でやむを得ず伐採の決まった樹木を、墨田区にある工場(製造の森)が連携してベンチとして再生し、再び都市の森に返すという循環型の事業。第1号は「緑と花の学習園」にあったナンキンハゼで、木とコンクリートでできた美しくも洗練されたベンチに生まれ変わらせた。

廣田硝子×大友 学さんチーム

リサイクル可能なガラスの多くが再生されることなく土に埋められている現状がずっと気になっていたという廣田さん。廣田硝子の今後を考えたとき、長年ガラスに携わってきた会社として、ただ売って終わりという会社にはしたくないという思いから、廣田硝子らしさもある再生ガラス製品を作ることとなった。さまざまな方法を試してようやく美しい透明感が出せるようになり、ほかの色を加えた多彩なニュアンスも表現可能となった。現在は形と加飾表現を検討中。

石井精工×リコーチーム

ゴム金型製造がメインの業務である石井精工はMITATE(見立)というブランドで「繰り返し使えるアルミ製の割り箸」を誕生させた。アルマイト加工で美しく色づけされた割り箸は、同社の金型製造技術を生かし木の割り箸同様にパキッとはずれる感覚にこだわっている。同社にはもともとカラフルな金属に香りを忍ばせまとうアクセサリー、ALMAというブランドがあり、顧客のもつ「美しい色合いの金属を作る会社」というイメージも生かした製品だ。

ビジョンをもって、ぶれずにプロジェクトに取り組むことがポイント

第1期に参加した各事業者は、一部を除き、9月から開始予定のクラウドファンディングに向けて準備の真っ最中だ。ここでテストマーケティングを行い、どのくらい反響があるのか、どういった意見があるのかといったところを見ていくという。

「本当にレベルの高い内容がここまで短期間でできたということにものすごく感動しました。企業さんのもっていらっしゃる資産や特徴を生かしたデザインであったり、製品だけではなく新しいブランド展開によって自分の会社として前に進んでいけるような準備までできているというのは、通常あり得ないスピードです。ものづくりにおいて苦戦はもちろんあったかと思いますが、十分成功だと思います。デザイナーさん、墨田区の企業さんのレベルが本当に素晴らしかったと思います。皆さんに感謝申し上げます」と「すみだモダン フラッグシップ商品開発」事業のクリエイティブディレクター・廣田尚子さんもうれしそうだ。

後日改めて廣田さんにお話を伺うと、プロジェクトを進めるうえでさまざまな困難に直面したときの指針を示してくれた。

「ブランドを作るとき、今の時代に大切なことは企業が何を作りたいかではなく、あくまでもユーザー目線で考えるということです。ユーザーとのコミュニケーションのなかでこのブランドはどういう存在であるかを知り、どんなふうに作り上げていくのがよいかというビジョンをもって取り組むこと。ところがビジョンのなかのコンセプトを考えたり、ものづくりにおけるさまざまな段階で、目の前にあるたくさんのタスクをこなしていくうちに、ビジョンが見えなくなってしまうというのはよくあることなのです。無意識のうちに違う道に進んでしまったとき、どうやって軌道修正するか、あるいは違う道にそれないように一貫して見守っていけるか、というのは非常に大事なことだと思っています」

中間発表を迎えた第2期プロジェクトも着々と進行中

廣田さんにお話を伺った日はちょうど第2期の中間発表会が開催された日でもあった。プロジェクトは東商ゴム工業株式会社×JIN KURAMOTO STUDIO、株式会社片岡屏風店×STUDIO BYCOLOR、昌栄工業株式会社×コクヨ株式会社 ヨハクデザインスタジオの3チームで進められている。キックオフから8か月を経て、各チームのプロジェクトはどのように進んでいるのだろうか。

東商ゴム工業株式会社×JIN KURAMOTO STUDIOチーム

工業用のゴムローラーや特注のゴム製品を生産する東商ゴム工業株式会社。精確な形のゴムを削り出す際に出るゴム研磨粉は、ひと月500㎏に上るという。そこで産業廃棄物として捨てるしかなかったこのゴム研磨粉を使った新素材を開発することになった。現在はさまざまな配合で繰り返し実験を行っている段階だ。すでに東商ゴム工業には独自開発の「フリーゴム」(練って工作ができるゴム)という素材があり、これを使ったワークショップを「LabCafe」にて開催している。完成した暁にはこの新素材もオリジナルアイテムやワークショップの材料に使う予定だ。プロジェクトでは同時にLabCafeという場所も、東商ゴム工業株式会社と人々とのタッチポイントになるようにデザインしていくという。

片岡屏風店×STUDIO BYCOLOR

東京で唯一の屏風専門店である片岡屏風店は、伝統工芸品としての需要のほかに、日常的に販売できるような屏風とは何かを考えていた。プロダクトとしてのコアな機能(日本の屏風ならではの和紙の蝶番=ヒンジ)に着目し、軽くて折りたたむことができ、プライバシーの確保も可能なインテリアという方向性でカラフルな和紙のヒンジをあえて表に貼るデザインの屏風を製作。早速テストマーケティングを兼ねて、イタリア・ミラノで開催されるミラノ・デザイン・ウィークに参加し展示したところ、「すごい」「触ってみたい」「大きいものが見てみたい」と反応は上々だった。創業77年、3代目への事業継承の時期も見据え、このプロジェクトを生かしたいと考えている。現在は個性派揃いの職人たちが一丸となってプロジェクトに参加し、未来のための経営理念を明文化すべく話し合っている。

昌栄工業株式会社×コクヨ株式会社 ヨハクデザインスタジオチーム

機械の部品からハウスウェアまで幅広い金属プレス加工を手掛ける昌栄工業株式会社がこのプロジェクトに参加したのは「作らないものづくり」を含め自社を見つめ直すため。一人一人のスキルが高く何でも作れてしまう会社だが、自発的に何かを考え、新しいものを生み出すという経験はほとんどない社員たち。彼らが自発的にアイデアを出したり課題解決できる体力をつけるために、全員参加で「昌栄だからこそできるものづくりの種を見つける」ところから、デザイナーチーム判定のもとプロジェクトに取り組んでいる。

昔も今も事業者に寄り添いサポートを続けてきた墨田区

ここまでの取り組みを振り返った、昌林賢一代表取締役社長は「自分たちは何者で、昌栄とはどういったものを作る会社なのか、基礎の基礎から始め、皆で意見を交わし合うことで、一歩下がっていた人たちが少しずつ前のめりになってくれました。僕はこの変化にとても満足しています。今やっていることは将来的にとても必要な財産になるからです。商品を販売して終わらず、ここで僕らがやったことが一人一人の記憶に強烈に残るような物語にしていきたい。いい人たちとめぐり合わせてもらえたと思っています」と話してくれた。

参加3チームの発表を聞き終えた墨田区産業観光部部長の郡司剛英さんは「全員参加」「共通認識」「変化への挑戦」という3つのキーワードが心に残ったという。「こうしたことがすべて会社をデザインしていくということにつながっていて、あるいは持続可能性につながっていくのかなと思っています。それがまさに皆さんによってどんどん行われつつあるので、この先がとても楽しみになりました」

続けて墨田区と中小企業との歩みを振り返り、今後の変わらぬ支援を約束した。

「墨田区は1979年に全国に先駆けて中小企業振興基本条例を作りました。この基本条例は3つの理念で構成されています。一つ目は区長の責任。『ものづくりのまち すみだ』の中小企業を区長が責任をもって守りますということ。二つ目は事業者の努力。行政ができることは限られているのでまずは自助努力が大事ということ。三つ目は地域住民の理解と協力、です。ものづくりのまちである以上、においや音や振動が多少あるかもしれませんが住民の皆様には理解とご協力をお願いしたいという内容のものです。墨田区はこのように、昔から中小企業のまちとしての取り組みを続けてきました。今日聞いたプレゼンにもそうした取り組みの結果が出てきているのかな、そういう土壌があるのかなと大変うれしかったです。同時に行政の人間としても、しっかりとサポートさせていただかなくてはという気持ちになりました」

「すみだモダン フラックシップ商品開発プロジェクト」が伝えたかったこと

以上、第1期、第2期の活動状況を見てきたが、このプロジェクトの根幹はどこにあるのだろう。クリエイティブディレクターの廣田尚子さんの答えは明確だ。

「このプロジェクトは誰も見たことのないような特殊なものを作るということではありません。看板商品で売れるもの、ということは大事なのですが、その会社を体現していて、いい調子で売れていればよく、そこに至るまでの過程で経験によって会社が変わっていくということが財産なのです」

2年という時間をかけたプロジェクトである理由も、参加者全員が当事者としてじっくり取り組んでもらうためであるという。その経験こそが最も大切で、それは事業者がこの先しっかりと自走していくための布石となるからだ。

「デザインで経営を考えていくということは、何か大企業の話のように受け取られがちなのですが、実は中小企業であっても、経営は皆でやっていく、改めてそういった組織的な話をしていく、ということが必要なんです。例えばさきほど片岡屏風店の片岡社長がおっしゃっていた世代交代。中小企業が抱える大事な事業ですよね。これは何十年ごとに降りかかってくる大変な作業なのですが、デザイン経営という考え方のなかで、もしかしたら客観的な第三者が入ることでやりやすくなるかもしれません。こうしたモデルケースができることは、墨田区ではそういう可能性もあるという蓄積にもなると思います。もしかしたら本来のやり方のほうがスムーズに行ったり、簡単に済んだりすると言う方もいらっしゃるかもしれませんが、必ずしもそういうことではなくていいと思っているのです。むしろ、そういうきっかけを作るようになることが、皆さんにとってものすごく大きな財産になるからです。今までだったらコンサルタントや中小企業診断士とやるような堅い世界の話が、ものづくりをしながら顔が見えるなかで皆がひとつになった会話でできるようになり、いろんな未来が開けていくんだと思います」

廣田さんは、今後もしものづくりを外部デザイナーにオーダーする機会があるなら、会社の抱える悩み事まで含めて相談するのもひとつの手だという。これはどの事業者にもあてはまる共通の方法だ。

「せっかくですから、実はもっと手前のこういう部分で困っているのでそのあたりからひも解いてほしいと話してみてください。そうするとデザイナーも考えます。そうして外の刺激や意見を聞きながら皆でコミュニケーションをとっていくことで、自分たちの考えも見えてくるようになりますから」

こうしたことが習慣的にできるようになれば、この先組織としてもうまくいくし、持続可能な企業としての自走力にもつながるという廣田さん。その温かいまなざしは常に、変わろうと努力する事業者に注がれている。

Profile
廣田 尚子Naoko Hirota
プロダクトデザイナー。東京藝術大学デザイン科卒業。GKプランニングアンドデザインを経てヒロタデザインスタジオ設立。製品開発だけでなく、デザイン経営視点で企業ブランディングからビジネススキームまで総合的なコンサルティングも行う。東京ビジネスデザインアワード審査委員長(2019〜2020年)、グッドデザイン賞審査委員、2021年より、すみだ地域ブランド推進協議会理事兼クリエイティブディレクター。
Text: Masami Watanabe
Photo: Sohei Kabe
Edit: Chiaki Kasuga / Hearst Fujingaho
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