「WDO世界デザイン会議(=World Design Assembly)」とは
工業化により経済が急速に発展していった1950年代、各国で活躍する工業デザイナーたちによる「国際インダストリアルデザイン団体協議会」という国際的な非政府組織が発足した。「WDO(World Design Organization=世界デザイン機構)」はこの団体を前身として発展。そしてWDOが2年に一度主催しているのが「WDO世界デザイン会議」だ。この会議では世界で活躍するインダストリアルデザイナーやその関連団体、企業、大学の研究機関などの関係者が一堂に会し、デザインによるよりよい社会の実現に向け、デザインの現状や今後についての知見を交換している。
第1回の開催は1959年。スウェーデンのストックホルムで行われた。日本での開催は、1973年の京都と1989年の名古屋に次いで3度目となる。京都でのデザイン会議は、東洋と西洋のデザイン界が初めてアジアの地で邂逅(かいこう)したエポックメイキングな会であったと同時に、日本製品のデザイン性が格段に向上し、国際的に高く評価される契機となった。
「WDO世界デザイン会議東京2023」は2023年10月27日から29日までの3日間開催された。初日は「千葉大学Design Research Institute」を会場に、パネルディスカッションやプレゼンテーションが行われた。パートナー企業による展示もあり、1階には「すみだモダン」のブースも登場。ものづくりのまちすみだの自信作を世界に向けて紹介するよい機会となった。会議場には世界32の国と地域からデザインに関わる業種の人々が集結。さまざまな言語が飛び交い、国際色豊かな賑わいを見せる。前回はコロナの影響でオンライン開催となっていたこともあり、会場のあちこちで久しぶりの再会を喜ぶ笑顔が見られた。
「WDO世界デザイン会議東京2023」のテーマは「Design Beyond」だ。温暖化による地球環境の変化やコロナ禍、戦争といった多くの困難に、AIの進化なども加わり、社会は転換期を迎え、人々の考え方にも大きな変化が訪れた。こうした現状を踏まえて、「デザインはこの先何を目指すべきか」について話し合われたのだ。例えば、日々革新が行われ速い速度でシフトし複雑化していく社会において、どのようなデザインが価値が高いのかを以下の3つの観点から議論が行われた。それは「Technology:人間中心のテクノロジーの設計」なのか、「Humanity:人間性を大切にしたデザイン」なのか、あるいは「Planet:地球のために行動するデザイン」なのか——といったことだ。こうしたテーマについて世界のさまざまなバックグラウンドをもったデザイナーが共に考え、知見を交換し合うことで、グローバルなアクションへとつながっていくのだ。
世界的なデザイン会議の会場として遜色ないと認められたものづくりのまち
本会議の実行委員長を務めるのは、GKデザイン機構の代表取締役社長、田中一雄さん。田中さんは「すみだ地域ブランド推進協議会」の副理事長であり、墨田区が産業振興の一環としてデザインという考え方を取り入れたブランド戦略をスタートさせた2009年から、「すみだモダン」ブランド認証事業等をサポートしてきた。
本会議のメイン会場がなぜ、墨田区内の「千葉大学Design Research Institute」に決まったのか、その経緯を田中さんが教えてくれた。
「『World Design Organization』と名前を変えてからまだ8年ですけれども、もとは『ICSID(Internationl Council of Societies of Industrial Design=国際インダストリアルデザイン団体協議会)』という国際団体が前身でこの会議を行っていました。日本のメンバーは今回の会議運営を中心となって行っている『日本デザイン振興会』と、『日本インダストリアルデザイン協会』、『国際デザインセンター』『多摩美術大学』『武蔵野美術大学』、そして『千葉大学』の6つです。長くこの会議に携わってきた千葉大学は、墨田区の熱心な誘致活動により、2021年ここすみだの地にサテライトキャンパスである『千葉大学Design Research Institute』を開校しました。この教育研究施設では 公民学が連携し、デザインの力を用いて地域社会の問題解決を図っています。こうした活動と、千葉大学がWDOの会員であるという縁が重なって、本会議のメイン会場として提供していただくことになったのです」
「34年ぶりに日本で開催される『WDO世界デザイン会議』の会場に墨田区が選ばれたのは大変光栄なことだと思っています」と、にこやかに語るのは墨田区の山本 亨区長だ。
「会場には『すみだモダン』の事業者さんがブースを作って出展してくださっています。品物をひとつひとつ見て改めて、すみだにはとってもよいものがあるなと感じています。みなさんでいろいろ意見を出し合って形にしていただいたものですが、本当にありがたいなと思いました。これをいかに発信して、お使いいただくかというところまで進めていけたらと思います」
また区長は、今回の議題が”デザインの力で社会的課題の解決を模索する"ということで、区内で自社の技術や知見を生かし社会的課題の解決を図る取り組みを行っている事業者の素晴らしさも実感したという。
「墨田区では、スペースデブリ(宇宙ごみ)の除去等に取り組むアストロスケールさんのように、技術や経験を生かして墨田区で何かをやってみたい、というベンチャー企業やスタートアップ企業を支援する『墨田区産業共創施設 SUMIDA INNOVATION CORE(スミダ イノベーション コア)』という施設もオープンしました(2023年10月29日開設)。みんなで一緒に目標に向かって取り組んで参ります。そのことが、おそらくすみだというまちのよさや魅力だと思いますし、しっかりした技術を改めて発信していく拠点となると確信しています」
台湾デザイン研究院、千葉大学との三者連携協定締結
2015年、台湾デザインセンター(現・財団法人台湾デザイン研究院)と墨田区は、「台湾設計×日本精造」というプロジェクトでものづくりを行った。台湾の高いデザイン性と、墨田区の精緻なものづくりから生み出されたプロダクトは好評を博し、ロングセラーとなっている。同院の院長、張基義(チャン・チーイー)さんは、ブースに展示されている「台湾設計×日本精造」のプロダクトを手に取り、相好を崩した。
「この製品が今でも販売されているということを非常に喜ばしく感じています。台湾からの観光客がこれは面白いと手に取ったお土産が、実は台湾でデザインされたものだとわかったら、とてもうれしいのではないでしょうか。私たちは台湾での展開を一生懸命サポートしていきたいと思います」
コロナ禍で、台湾デザイン研究院との取組は一時休止していたが、今回、「WDO世界デザイン会議東京2023」の開催を機に、新たに千葉大学を加えた三者間で、改めて事業連携協定を結ぶ運びとなった。
「2020年に我々の組織は『研究院』という政府の機関に昇格しました。研究という二文字がつくことでチームとしてより専門的にデザインの研究ができるようになったのです。そこで改めて、今回の連携では千葉大学にも加わっていただいて研究開発においてもさらにパワフルに遂行できるようにしたいと考えています。そしてやはり、我々が大変魅力に感じているのが、墨田区の職人さんの素晴らしい技や開発能力です。三者の連携によってWIN-WIN-WINの、産業界への貢献ができるのではないかと思っております」とこの締結に期待を込める張さん。
「台湾デザイン研究院はデザインのリソースや優秀な人材がたくさん集まっている台湾一のデザインプラットフォームです。今回の締結式では墨田区長がデザインをとても後押ししてくださっていることを感じ、大変感動しました。千葉大学もデザインに関して非常に優れた研究をされています。みなさんデザインに対してとても思い入れをもっておられるので、素晴らしい連携が生まれ、さらによいものを作れるのではないかと期待しています。そして三者間の連携もそうですが、墨田区と当院、千葉大学と当院といった二者間での連携もとても楽しみにしております」
墨田区とすみだでものづくりを行う事業者へのエール
今回、「WDO世界デザイン会議東京2023」のロゴマークをデザインしたのは、グラフィックデザイナーの廣村正彰さん。廣村さんは「新生すみだモダン」の流れるようなシンボルマークや、「すみだ水族館」のロゴマークとサイン計画、東京2020スポーツピクトグラム開発にも携わった人物でもある。
「『新生すみだモダン』のシンボルマークは、すみだの象徴である隅田川の水の流れをシンボル化し、伝統的な文化と新しい感性の共存を考えたものとしました。世界デザイン会議東京2023のシンボルとなるロゴデザインは、本会議のメインテーマである『Design Beyond』からの発想ですが、不定形の色面が複数重なりあい、生態系全体を視野に入れ、分野を超えた総合的な知識の結集と調和を表現しています」
廣村さんは今回の会議に出席し、「すみだモダン」との共通点を以下のように語ってくれた。
「私は『すみだモダン』のファーストステージが始まった直後に参加して、最初の10年くらいは墨田区のものづくりの紹介カタログを一緒に作ってきました。『すみだモダン』は地域のデザイン振興として全国の模範になるようなプロジェクトだと思いますし、江戸時代から連綿と続く下町のものづくりが世界に知られたら面白いなと。ブランド認証の対象も商品から、食、ものづくり以外の事業者さんのデザイン的な事象へも広がり、それがデザインというものをどのようにとらえるかという、『WDO世界デザイン会議』にも共通する考え方だと感じています」
「以前デザインとは、プロダクトや二次元の表現を通して価値や情報を伝えることが主な役割だった気がします。今はその本質がどこにあるのかを考えることがデザインになっています。GKデザイン機構の田中一雄さんがおっしゃっているように、デザインの進化と人間、技術、環境との接点を探り、デザインを越境する多様な人々と共に次のデザインを考えていくことを目指すために『Design Beyond』というテーマが生まれています。その縮小版がすみだのような気がするのです。『新生すみだモダン』では、江戸時代から続く技術や伝統をどのように未来につなぎ継承していくのか、新しいものをどう生み出すのか、そのチャレンジが長く続くといいなと思っています」
また「すみだモダン」が、本会議場での展示を通して世界で活躍するデザイン関係者に見てもらう機会を得られたことについて伺うと以下のような答えが返ってきた。
「海外の人たちに『すみだモダン』を紹介すると、興味を持たれますし、すでに知っているという人もいます。改めて展示を見ると、技術の高さもさることながらアイデアもデザインも良い。そして第2ステージにあたる『新生すみだモダン』では、ものづくりも含めたさまざまな活動の広がりに期待が高まります。今回、午前中の会議を聞いただけでも、個人ではできないことを、社会がデザイン的にどう解決していくのか、デザインシンキングがとても大切だと感じました。墨田区の取り組みや実績は、グローバル視点でも学びがあり、相互に刺激を与え合える存在になっていると思います」
最後に、本会議の実行委員長である田中さんの「すみだモダン」への思いをお伝えする。
「朝、区長にお会いしたら『墨田じゃないみたい(笑)』と言われましたけれど、『これがこれからの墨田区の姿です』と、お答えしました(笑)。『すみだモダン』のお手伝いをしているなかで感じるのは、ものづくりの現場である墨田区が変わろうとしているということ。もちろん昔ながらの町工場の世界もあるのですが、アストロスケールさんの事業である”宇宙ごみの回収サービス″という活動そのものが2021年に『すみだモダン』に認証されました。これは、これからの社会を作っていくビジネスにおいて"サービスそのものがデザインとなりうる″ということを示しています」
「そしてこうしたイベントが、墨田区の事業者のみなさんの刺激になってほしいと思っています。このイベントには世界各国から閣僚級の方々が参加されていますから、WDOの活動を通じて世界とつながっていくこともできるということです。それは単なる産業プロモーションとしてつながるという意味だけではありません。みなさんの事業拡大やビジネスの変化のきっかけになればと。みなさんはいいものを作る、そのスキルは本当にもっているので。例えば松山油脂さんはそうしたスキルを大切にしつつ、安全性が高く自然環境に配慮した、有用なものづくりを推進していますが、こうした社会的視点の実践によって事業が広がっていくのではないかと思います。デザインは形あるものだけれど、形のないもののデザインへとその領域も広がっているからです。実はこうした考え方は、世界のデザインの動きとちょうど重なっています。そのような意味からも、インダストリアルデザイン団体の会議がこの場所で開かれたということに、とても意義があるのではと感じています」
Photo: Sohei Kabe
Edit: Chiaki Kasuga / Hearst Fujingaho