「すみだクリエイターズクラブ」とは
「すみだクリエイターズクラブ(=以下クリクラ)」は、墨田区在住、あるいは墨田区に勤務しているクリエイターによるネットワーク。WEBやグラフィックをはじめ、映像やプロダクト、イベント、建築など、多岐にわたる業種から、「すみだを愛する」クリエイターたちが集まっている。
現在140名ほどのメンバーが在籍しており、区内外の事業者から「クリクラ」に寄せられた、さまざまな依頼に応えている。各案件は、それが得意な人たちが自主的にチームを作りそれぞれ対応していくスタイルだ。誰かがトップに立つ縦型の組織ではなく、フラットかつゆるやかなつながりのなかで、着実に仕事の成果を出していくクリエイター集団は、全国的にも珍しい存在ではないだろうか。そんなクリクラの発起人である、三井千賀子さんにお話を伺った。
三井さんは長年第一線で活躍するクリエイティブディレクター/コピーライターだ。そしてまた、「こころゆさぶる、すみだモダン」という2021年に再始動した新生「すみだモダン」のキャッチコピーの生みの親でもある。
やわらかで優しい文字の並びが印象的で、このまちで感動的な何かが生まれそうな、そんな期待を抱かせてくれるキャッチコピー。三井さんはリスタートする「すみだモダン」の仕事に携わるにあたり、同業者である夫・三井 浩さんとともに、墨田区と「すみだ地域ブランド推進協議会」の理事や協議会のメンバーの話を何度も聞き、その目指すところを新しいステートメントに詰め込んだ。
そうして誕生したのが、「いまだけではない、100年先のここちよさを。自分だけではない、より多くの人のよろこびを。まあたらしい、鮮やかな感動を求めて。こころ、ゆさぶる。つくる想いが、こころを動かしていく。」という未来を見据えたステートメントだ。
「すみだモダン」で知ったまちの魅力を「クリクラ」で発信
そんな三井さんと墨田区の関わりは、2010年にスタートした「すみだモダン」ブランド認証事業立ち上げの頃にさかのぼる。
「第1回認証事業のときから、認証商品とその事業者を紹介するカタログを制作していました。後に東京2020オリンピックのピクトグラムも制作した廣村正彰さんにアートディレクションを依頼。認証商品の変化に合わせて毎年キービジュアルを開発しながら、2018年に第1期の認証事業が休止するまで制作を担当させてもらいました」と当時を振り返る三井さん。
「カタログを作るにあたっては、認証された事業者さんのところへ出向いてお話を伺っていました。すると、実は普通の家だと思っていたところが世界的な商品の部品を作っている会社だったり、大正や昭和の初期から続くものづくりの職人さんがいたりするところだったりと驚きの連続でした。まさか自分の住んでいる地元がこんなに面白いまちだったなんて! 本当に“ディスカバーすみだ”でしたね。ちょうどその頃は東京スカイツリーができるというので、すみだのまちではさまざまなプロジェクトが動いていました。いろいろなグループができてしょっちゅう集まっては『こんなことをやってみたい』というアイデアを語りながらご飯を食べて、という関係がだんだん出来上がりつつあったんです」
三井さんには、それまで何の変哲もない普通の下町に、意外とクリエイターが増えてきているという感触があった。それならば、プロダクトデザイナー、グラフィックデザイナー、WEBクリエイター、ライターなど、すみだでものづくりに携わるクリエイターが業種の垣根を越えて集まり、すみだの魅力をもっと発信できたら面白いのではないか――三井さんはプランナーとして活躍している三橋美也子さん、三田大介さんとともに「すみだクリエイターズクラブ」を立ち上げた。
10年以上続いた秘訣は、月1のミーティングと年1のイベント
まずは、メンバー集めということで、知り合いのクリエイターや「東向島珈琲店」のようにクリエイターが集まる店にクリクラ発足会のチラシを置かせてもらうことからスタートした。2013年9月、どれくらいの反応があるか予想がつかないなかで発足会が行われた。
「ふたを開けてみると、実に30人以上のクリエイターが会場に集まってくれたんです! 驚きました」と三井さんは懐かしそうだ。
最初はクリエイター同士がつながれる、ゆるやかなネットワークとして始まったクリクラも、2023年に10周年を迎えた。コツコツと続けていくうちに、行政の方や地域の企業、個人商店など、いろいろな人とのつながりができ、仕事の幅も徐々に広がっていったという。
クリクラはゆるやかな組織ではあるが、月に1度のミーティングと年1回のイベントは必ず続けていると三井さん。どのようなミーティングをしているかを尋ねると「意外と真面目な会議が多いんですよ」という答えが返ってきた。
「お酒を飲みながらでも全然良いのですが(笑)、実は会議室のようなところに行くことも多いです。メンバーに紹介したい場所やお店があったらそこを会場にしたり。幹事は毎月交代制になっていて、議題は持ち寄りでということがあります。会議にはどなたが参加しても良いのですが、毎回参加する方は同じ顔ぶれのことが多いですね。ただ、ミーティングには全然来ないけれど、お仕事には参加しているという方も結構いるんですよ。名前だけ入っていてあまり関わっていないという方もいます。でも、そういう方にも一応情報は全部流れるようにと議事録は全て共有しています」
ミーティングではさまざまな意見が交換され、長いときは3時間くらい続くこともあるという。クリクラにおいてこのミーティングがそれぞれの活動を支える要になっていることは間違いないようだ。
「すみだクリエイターズクラブTシャツ展」
年1回のイベントですっかり定着したのが「すみだクリエイターズクラブTシャツ展(以下Tシャツ展)」だ。今年で7回目を迎えるこのイベントの始まりは2018年1月のこと。それまでのクリクラのイベントは作品を見せる企画展のようなスタイルが多かったところに、初めてモノを売るイベントの提案があった。
「グラフィックデザイナーの降旗 剛さんからの提案だったのですが、意外とやりたい方が多かったのです。第1回の会場は東京スカイツリータウンの東京ソラマチ5階にあった『すみだまち処』(現在は閉店)でした。これが結構売れて、まち処の方も喜んでくださったので、『じゃあ来年はどうする』って(笑)」
クリエイターにとってモノを売ることはとても新鮮な経験となり、みんな楽しみながら参加していたという。また、このイベントを訪れた人にクリクラを知ってもらうきっかけにもなった。コロナ禍のときは続けるかを悩みながらも、そういう時期こそつながりを求めている人もいると考え、あえて休むことはしなかった。
今年のTシャツ展は「第1期(6/14-7/8)/一軒家カフェikkA」を皮切りに、「第2期(7/13-7/20)/ノウドひきふね ピクニックスペース」「第3期(7/31-9/9)/コネクトすみだまち処」と場所を変えながら、延べ3カ月にわたって開催される。
6月のある日、第1期の会場となった「一軒家カフェ ikkA」にお邪魔すると、お気に入りのTシャツをおしゃれに着こなした三井さんと今回のTシャツ展をプロデュースしたイラストレーターのにご蔵(小嶌志津)さんが、にこやかに迎えてくれた。
今年のテーマである水族館にちなみ、電球は手づくりのクラゲ仕様、壁にはサメのポップや皇帝ペンギンのイラストが掛けられるなど、楽しい装飾が随所に施してある。
「1階を水族館のミュージアムショップに見立て、各クリエイターに水族館をテーマに制作してもらったTシャツを展示・販売しています。また、クリクラメンバーの三橋さんから『すみだにこだわったものも置いたほうが来た人が楽しめるのでは』というアイデアをいただいたので、すみだへのこだわり愛、こじらせ愛が詰まったニッチな土産グッズ、略して“すみだニッチャゲ”のこまごまとしたものを並べました」とにご蔵さん。
多彩な参加者によるクリエイティブが楽しめる機会
共通したテーマがあるおかげで、仕上がってきたTシャツからそれぞれの解釈や表現の違いをより感じることができ、見ているだけでも楽しい。なかには墨田区無形文化財の藍染を施してもらったTシャツや、墨田区発の地域連携型の福祉プロジェクト「すみのわ」に参加されている福祉作業者の方が仕上げた作品もある。
印象的だったのは子供たちの出品だ。今回の展示にはプロダクトデザイナーの關(せき) 真由美さんが主宰する放課後教室「てらこや せき」に通う小学生が「クリクラキッズ」として、彼らの描いた絵をエコバッグにプリントして販売しているのだ。このイラストがすばらしくて、思わず見入ってしまう。今年はエコバッグが1枚売れるごとに、制作した子供に50円が入る仕組みにしたそうだ。
「たぶん去年やってみて、子供たちはモノが売れるとはこういうことか、と実感したのだと思います。それだけに今年は、よりクオリティが上がったのかもしれません(笑)」と三井さんは目を細める。
2階には過去の名作、珍作など人気のTシャツが並ぶ“おたから市”と、10周年記念のお土産用にクリクラメンバーが製作した絵葉書(持ち帰り自由)や、カメラマンの展示物が、クリクラ提灯やクリクラ風船の飾りつけとともに並べられている。今年Tシャツ展に参加したクリエイターは24名おり、それぞれの作家の紹介は小嶌さんお手製の手づくりボード、もしくは冊子内にあるQRコードから見ることができる。
「この紹介文はメンバーからのアンケートで寄せられた各人の印象をもとに、『ひらがなネット』を運営しているコピーライターの吉澤弥重子さんがキャッチコピーにまとめてくれました。ここを読むと、どんな人がこのTシャツをデザインしたかがわかるので、作品をより身近に感じられると思い作成しました」とにご蔵さん。
一度にすべての作品が展示販売されるわけではなく、その時々で完成したばかりのものが入るなど、約3カ月の会期のなかで展示内容が変わっていくのも楽しめるポイントという。三井さんは「長年続けているので、Tシャツ展を楽しみに待っていてくれるファンの方もいらっしゃいますし、会場となったikkAの常連さんが見に来てくださることも多いです。オーナーのとよしまちえさんもインスタライブでTシャツに込められた思いを説明してくださったり、すごく熱心に応援してくださっています。こうした交流がとてもありがたいといつも思っています」と感謝の思いを伝えてくれた。
クリクラ10周年に、初めての「すみだモダン」応募
初期段階から「すみだモダン」のクリエイティブに携わっていた三井さんは、まさか自分がブランド認証に応募することになるとは夢にも思わなかったという。
「ただ、2021年の『すみだモダン』リスタートに際して伺った、『今までものづくりだけに当てていた焦点を、SDGsに取り組むといった活動にも向けていきたい』というお話は、自分もSDGs関係のお仕事などを通して常々考えていたことなのでとても共感しており、そうしたことに目を向けられれば、確かに次のものづくりのヒントになると思っていました。そんなとき、私も初めてこの認証がモノだけでなく、コトにも適応されるということを知ったのです。『ということは、活動という意味でこのクリクラも当てはまるのでは?』と思いました。せっかく10年以上も関わってきた地域ブランドですから、選んでいただけたらうれしいという気持ちで」と三井さんは応募の動機をこのように語った。
昨年のクリクラ設立10周年時には、これまでの活動の軌跡をまとめた冊子や動画、特設サイトなどの作成のほか、記念パーティーを行い、10周年を盛大に祝った。
「初めはそんなに大きくやるつもりはありませんでしたが、意外といろいろな活動もやっているので、それを見える化したいと考えました。そうしてまとめたものもあったので、ちょっと応募してみようかなっていう気持ちでしょうか」
当初クリクラの活動全体で応募しようと考えていた三井さんだったが、活動が多岐にわたっているので絞る方向に。クリクラのなかでも一番自主的な活動である「まちのデザイン力を向上させる『すみだクリエイターズクラブTシャツ展』の活動」で応募をしてみることにした。
「すみだモダン」認証事業者から「すみだモダンコミュニティ」の運営へ
この活動は「『本区の魅力発信やクリエイターのスキル向上等を目的に、個性豊かなTシャツを製作し、展示する活動』が『多くの人に視覚的・感覚的にものづくりの魅力やデザインの奥深さを訴求しており、これをきっかけに区内の産業に関わりたい等の想いを持ったクリエイターが外部から入ってくるといった好循環も起きている』」という評価を受けて、「すみだモダン2023」として見事に認証された。
認証式では「みんなですみだをブランディングしていこうという気持ちが強いクラブで、そこを認めていただけたかなと思うと、本当にうれしい」と喜びを語っていた三井さんだが、今回のインタビューでは認証事業者としてこれからどう進んでいくべきか、という未来に向けての決意を話してくれた。
「10年以上関わってきた地域ブランドですから、本当に愛着がありますし、すみだのブランド力を向上させる活動にはできるだけ協力させていただきたい。自分からも何か働きかけていけたらいいなと思っています。そして、『すみだモダンコミュニティ』の方にも積極的に関わらせていただきたいですね」
実は今年、墨田区が事業者の「問題解決と提案・自社PRの場」として提供してきた「すみだモダンコミュニティ」を、さらに活用しやすい場とするためのリニューアルが行われた。中心となったのは、すみだモダンフラッグシップ商品開発で指揮を執ったクリエイティブディレクターの廣田尚子さんだ。廣田さんは「すみだモダンコミュニティ」を「事業者とクリエイターが集い、つながり、分かち合う場とし、経営とデザインをテーマに交流し、学び、活動していく場」としたいと考え、共同運営のパートナーとしてクリクラをスカウトしていた。
「廣田さんからは、クリエイターって、ただ絵を描いて高いお金を取る人みたいなイメージを持っていらっしゃる事業者さんもいるかもしれないけれど、本当は課題を引き出して、その課題をフラットに、あるいは俯瞰で見ることで事業者と共に考え、答えを出していく人なんだということを、このコミュニティを通じて理解していただく機会としたいということや、逆にクリエイターにとっても、事業者さんがどういったことを考え、悩んでいるのかを理解していく場にしたいという想いを伺いました」
廣田さんの想いを聞いた三井さんは、深く共感したという。「事業者の方のお話をきちんと伺って、何をしたいのか、今の時代や先を見て、 どういうことをやったらいいのかを一緒に考える。クリエイターは、カウンセラーやコンサルのような役割もできるのだということをお伝えしていけたら。次の時代に向けて、そういったことを両方で学び合うきっかけが生まれたらうれしいなと思って。私も廣田さんのご提案にお応えしようかなって思った次第です」
「クリエイティブが息づくまち、すみだ」のために
「すみだモダンコミュニティ」リニューアルにあたって廣田さんが考えたのは、このコミュニティをもっと楽しくすることだった。「クリエイティブが息づくまち、すみだ」を目指して開かれるコミュニティを盛り上げるための施策をクリクラメンバーと相談。クリクラとしては、チラシのキービジュアルづくりや、イベントのカフェタイムに協力してくれる区内で注目の飲食店の紹介、登壇者の手配などを担当し、準備を進めていった。
6月20日の午後、すみだ北斎美術館で行われた2024年度、第1回すみだモダンコミュニティは、予想を大きく上回る参加者が訪れた。初めに廣田さんから「新すみだモダンコミュニティ」についての説明と、共同運営者であるクリクラによる自己紹介があり、続いて個人事業「そらえ」の齋藤靖之さんによる「ものづくりの挑戦・失敗・再起」という講話、最後はお待ちかねのカフェタイムで和やかに談話しながら交流を深める、というスケジュールだ。
今回のカフェタイムでは「東向島珈琲店」と、錦糸町にある手づくりのチョコレート専門店「SUNNY CHOCOLATE」の協力により、おいしいコーヒーとクラフトチョコレートがふるまわれた。会場いっぱいにコーヒーの香りが満ちると、人々の表情も自然とリラックスしてくるように見える。上質なチョコレートは人々の笑顔を引き出し、時折笑い声も聞こえてくる。リニューアルした「第1回すみだモダンコミュニティ」は、こうして大盛況のうちに幕を閉じた。
クリクラメンバーも、区内の事業者だけでなく、自身たちにとっても良い成長の機会になるととらえ、このイベントに多くの人々が参加した。
「すみだモダンコミュニティ」は、彼らが地域の人と関わりながら各自のデザインクオリティーを高めたり、知識や知見を広げたり、あるいは業者さんとの関わり方などいろいろなことを学べる場としても活用されている。今後積極的に参加することで、さまざまなアイデアが生まれ、事業者とクリエイターによる新しい何かが生まれることになるかもしれない。そんな期待を抱かせる「クリエイティブが息づくまち、すみだ」のこれからに期待したい。
Photo: Sohei Kabe
Edit: Katsuhiko Nishimaki / Hearst Fujingaho