originality
独自性

雨のごとく優しい、究極のじょうろ――根岸産業

2023.03.22
2021年に刊行した書籍『すみだモダン 手仕事から宇宙開発まで、"最先端の下町"のつくり方。』より、一部のコンテンツをご紹介。墨田区の多くの「作り手」に密着した内容より、国内外の様々なアワードを受賞するなど世界的に高い評価を得ている銅製じょうろを製作する、根岸産業を取材した記事をお届けする。

「お待たせしてごめんなさいね、今、走ってこちらに向かっていると思うんですよ」。根岸産業の取材当日、工場にはまだ職人の根岸洋一さんはおらず、お母さまが出迎えてくださった。

てっきり「急いでこちらに向かっている」ということかと思ったのだが、よくよく聞くと「毎朝、自宅から工場までジョギングがてら走ってくるのが日課」なのだそう。その理由はのちのち分かるのだが、とにかく洋一さんは実際に走って、汗だくで到着した。

素材となる銅板を切断するのは足踏み式の大型カッター。手と足で別々の作業を正確に、かつスピーディに行う

根岸産業は日本で唯一の盆栽用銅製じょうろの製造元。初代は神社仏閣の屋根職人で、銅を扱って屋根を葺いていたが、二代目の時代から、より生活のなかで使えるものをと園芸用の銅製じょうろを手づくりし始めた。

洋一さんは三代目。父が生涯かけて探究し、改良を重ねてきた銅製じょうろづくりの技を受け継ぎ、父をもしのぐ探究心と冒険心で製作に打ち込んできた。

「じゃあ、ひと通り作業をお見せしますね。どれくらい時間、ありますか?」と洋一さん。

小一時間くらいだと伝えると、素材となる薄い銅板を手に、「それなら最初からやってみましょう」と、足踏み式の金属カッターに銅板を差し込み、大きな定規を当てつつ切断。

別の機械で竿が入る部分の穴を開け、手回しのローラーに銅板を差して、クルクルと丸めていく。ものの数分でじょうろのボディとなる円筒が完成した。ここまですべて手作業だ。

円筒形に成形したじょうろのボディ。さらに別の機械にかけて歪みを取っていく

「レーザーカッターとか短時間で大量に作業できる機械はありますけど、それだと細かい部分の自由が利かないんです。手作業ならその都度、自分の塩梅で調節できるじゃないですか。

お客さんによっては『もっとここをこうしてほしい』っていう要望もあるので、そこに合わせていくには手作業じゃないとダメなんです」と洋一さん。

その後も円筒の歪みを直したり、竿の部分をつくったり、工場のあちこちに置かれた多種多様な機械を回遊するように、歩き回りながら作業を続ける。

その途中、工場の奥から「もうそろそろいいわよ」とお母さまの声。覗くと、火鉢の中に赤々と燃える豆炭のようなものがある。

半田を溶かすためのコークスを燃やすと、工場全体が熱気に包まれる

「これはコークス。うちは半田付けで接合をしてるから、それにはこれが欠かせないの。これの準備だけは毎日、私の仕事なんですよ」とお母さま。

半田付けとは半田と呼ばれる合金を熱で溶かし、それが固まることによって金属と金属を接合するやり方。

根岸産業では錫と銅をブレンドした半田を使うが、それを溶かすためには1300℃以上の熱が必要なのだそう。炭火の温度は最大でも600℃ほどで全然足りない。それで燃焼温度の高いコークスが不可欠というわけだ。

熱した半田ゴテを銅と錫をブレンドした半田に当てて溶かす。溶接はせず、部品の接合はすべて半田付けのみで行う

いよいよ半田付けの工程。火鉢の前に正座する洋一さんからは、これまで以上に静かな緊張感が伝わってくる。

半田を火鉢に入れて先端を溶かし、慎重に、でも迷いなく接合部分に当てる。コークスの熱のせいか、額には少しずつ汗の玉が増えていく。

「とくに夏は暑いですよ。汗が接合部分に落ちないように気を使います。正座した体勢でずっと作業するうえ、体が動いて手元が狂うとやり直しになるので意外と体力が必要で。だから毎日、自宅と工房の行き帰りはジョギングして鍛えてるんです」

手仕事だからこその苦労。それでもそこにこだわるのは、自分がつくったじょうろを長く、愛着を持って使ってほしいという想いがあるからだ。

竿の部分の半田付け。高温で溶かした半田をコテにつけ、竿の接合部分に軽く当て、真っ直ぐに 線を引くように溶かした半田を付けていく。半田は熱すればまた溶けるため、何度でも修理できる

「銅のじょうろは、30年は問題なく使えます。アクシデントで穴があいたり、竿が曲がったりしても、半田付けなら接合部分を溶かせば分解できますから、ほとんどの場合は修理可能。これまで一番のアクシデントは『じょうろを車で轢ひいてしまった!』っていうのがありました。

本当にぺちゃんこの状態だったのですが、とても思い入れがあるとお聞きしたので、分解して内側から銅を叩いて直しました。あれは結構大変でしたね」と笑う。

「どんな状態でも修理する」が信条。自社製品でなくても金属製のじょうろなら他社製品でも修理を請け負う。

「大切な品を長く使っていただきたいという気持ちはもちろんです。あとは色々な壊れ方のバリエーションを知りたいという気持ちもありますね。一度修理すれば同様の依頼が来たときにスムーズに対応できますから」

そんな真摯な姿勢から生み出される洋一さんのじょうろは国内のみならず海外の盆栽愛好家の間でも評判となり、現在の予約状況は2年待ち。

人気の理由はその佇まいの美しさにもあるが、何よりも植物を傷付けず、かつ手軽に水やりができる機能性にある。

「盆栽は美しい枝ぶりや繊細な苔の表情が命。水やりの水圧によってそれらを傷付けないようにするのが重要なポイントです。竿が長いのはデザインの視点からというよりは機能を重視した結果。長い竿から出る水は水圧が高くても均一なので、十分な水をやりつつも植物にダメージを与えないんです」

シャワーヘッドの穴の数や形状、並び方についても試行錯誤を繰り返し、できるだけ優しく、かつ広範囲に水が降り注ぐよう設計している。

「以前テレビの取材を受けたとき、このじょうろの水の出方を科学的に検証してもらったんです。結果、限りなく雨に近いというデータが出て、それは嬉しかったですね。ずっと『雨のような水やり』を理想にしていたので」

じょうろ先端に付けるハス口を竿と連結する部品。摩耗が激しい部分ゆえ、硬度と強度のある真鍮を使う

根岸産業の銅製じょうろは2006年、当時の天皇陛下(現上皇陛下)から特注品の製作依頼を受け、2010年には「すみだモダン」に認証。その後も国内外の様々なアワードを受賞するなど世界的に高い評価を得てきた。

墨田区の事業「SUMIDA CONTEMPORARY- すみだコンテンポラリー」ではロンドンを拠点とするデザイナー、ジャスパー・モリソンさんと家庭でも使いやすい真鍮製のじょうろを製作し、話題となった。

「『SUMIDA CONTEMPORARY』でつくった商品をパリの展示会に出したとき〈エルメス〉のデザイナーさんが気に入ってくださって。そのおかげか、海外からの注目が増えて、どんどん世界が広がっていくような感覚でした。

欧米が中心ですが、昨日はイスラエルから注文がありましたね。僕自身は墨田区の小さな工場で毎日作業しているわけですが、メールやファクスを通じて世界中の人と出会えるのはすごく刺激的で、楽しい。というか、楽しまなきゃ損だなって思っているんです」

使用する機械はほぼ手動。これは銅板を切る足踏み式のカッター

知らない土地を旅するのが好きだという洋一さん。プライベートでも海外に足を運んできたが、自分のじょうろが海外でも評価されたことで、より海外旅行が楽しくなってきたのだそう。

「ドイツのデュッセルドルフを旅行したとき、勉強もかねて現地の盆栽園に行ってみたんです。そこでトイレに入ったらすごく盆栽好きのドイツ人とたまたまおしゃべりをしましてね。自分が盆栽用のじょうろをつくっていると話したら、ぜひ欲しいと。

それから取り引きが始まって、ああ、こんな小さな会話から縁が生まれるんだなと。それ以来、海外を旅するときは積極的に現地の人とコミュニケーションを取るようになって、すごく楽しいです」

完成したじょうろを見せてもらうと、どこを見てもロゴらしきものがない。「ロゴを入れるのは本当に納得のいくものができたときと決めているんです。まだまだ改良できる点があると思って試作し続けています」

墨田区で受け継いだ技術と、様々な出会いによってインプットした新しい視点。それを柔軟に織り交ぜて、洋一さんのじょうろは進化し続けている。

Company Data
根岸産業Negishi Industry Co., Ltd.
ADDRESS:東京都墨田区堤通1-17-30
TEL:03-3611-2959
HP:http://www.negishi-joro.co.jp/
Text: Yuriko Kobayashi
Photo: Kasane Nogawa
Cooperation: Hearst Fujingaho
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