目指すのは、持続可能な宇宙と地球
JR 錦糸町駅近く。ビルのガレージに、「SPACE SWEEPERS」なる文字を大きく掲げる会社がある。直訳すれば「宇宙の掃除人たち」。……宇宙を掃除?
「宇宙ってゴミだらけなんですよ」。とは、アストロスケールの創業者兼CEOの岡田光信さん。もちろんポイ捨てされたペットボトルやタバコの吸殻などではない。役目を終えた人工衛星や打ち上げロケットの上段、それらが衝突・爆発してできた破片の数々……。こうしたゴミは「スペースデブリ」と呼ばれ、今、この瞬間も宇宙空間を漂い続けている。アストロスケールは、そのスペースデブリを除去するサービスを行う、世界で初めての企業なのだ。
「今、大きいゴミだけで3万4000個以上飛んでいます。稼働中の人工衛星は4300 機ほどなので、宇宙の約9 割はゴミ。しかも秒速7〜8km という速さで地球の周りを回っている。東京〜大阪間を1 分で行けるくらいの速度です」
「弾丸の10倍くらいの速さで大型バスがいっぱい飛んでいると思ってください」と光信さん。猛スピードで衝突しては爆発し、その破片がまた衝突と爆発を繰り返す。この連鎖反応で、スペースデブリは増えるいっぽうだ。このゴミ問題を放置すると、将来的には宇宙の持続利用が不可能になるという。
「通信、放送、天気予報、災害監視、これらはすべて人工衛星で成り立っています。交通管制、自動車も船も飛行機もすべて衛星で管理されている。みなさんがお使いの GPS も衛星ですよね」
私たちの日常生活は宇宙に頼り切りだ。宇宙の持続利用が不可能となることは、同時に地球の持続利用も立ち行かなくなることを意味する。アストロスケールは、その危機感から生まれた。
2013年の創業時は「デブリ問題を騒いでいる僕らは頭がおかしいんじゃないかと思われていた」と笑う。それでも信念を持って独自に衛星の開発を続け、JAXA、ESA(欧州宇宙機関)との関係を構築するなど、一歩ずつ進んできた。
流れが変わったのは2019 年6 月。国連宇宙空間平和利用委員会において、スペースデブリ低減に関する21 のガイドラインが満場一致で採択された。実は、当委員会では30 年ほど前からデブリ問題の議論があったが、前進しなかったという。しかし、いよいよ無視できない状況にきたのだろう。
「これ以降、僕たちアストロスケールはデブリ問題に愚直に取り組んでいる会社だというイメージで捉えられるようになりました」。光信さんは現在、自社の経営だけでなく、デブリ問題解決の第一人者としてデブリ問題に関する世界各国のルールづくりにも参画している。
アストロスケールへの信頼を裏打ちするのは、創業より培った衛星開発の高い技術だ。2021 年3 月には、ついに世界初の宇宙ゴミ除去技術実証衛星ELSA-d の打ち上げを成功させた。同社のデブリ除去の技術を尋ねると、「宇宙のゴミに安全に近づき、回転しているゴミの速度を見極めてタイミングを合わせ、それからゴミを捕まえて、大気圏に落として燃やすという、むちゃくちゃ難しい技術なんです」とのこと。
このELSA-d も、もちろん墨田区でつくっている。同社の拠点を墨田区に置いたことは「必然だった」と言う。羽田と成田の空港に近く、JAXA のある御茶ノ水とつくば、政府へのアクセスもいい。そしてもうひとつワケがある。
「工場を借りるとき、土地のオーナーに『何をつくるんですか?』と聞かれて『人工衛星です』って答えると大抵、『えっ!?』って反応なんです。だから途中から『(人工衛星とは)電波を発するラジオの大きいものとイメージしていただければ……』とか、半分嘘をつきながら回っていた感じで(笑)。でも墨田区だけは違ったんです。人工衛星をつくるって言っても『あっ、そう』って、何の抵抗もなく受け入れてくれた。さすがは墨田区だなって。製造業が多い土壌のおかげでしょう」。人工衛星というハードウェア開発の拠点としても、「ものづくりのまち」である墨田区で会社を構えることは意味深かった。
光信さんの原点にあるのは、15 歳で参加したNASAのスペースキャンプだ。そこで宇宙飛行士の毛利 衛さんから「宇宙は君たちの活躍するところ」と手書きのメッセージをもらった。このとき、いつか自分も宇宙に行きたいと思った。
ただ、その後の光信さんが宇宙一筋だったわけではない。大学卒業後に選んだのは大蔵省(現財務省)。そこでアメリカに留学してMBA を取得し、コンサルティング会社へ転職。その後、金融機関勤務を経てIT のソフトウェア会社を2 社経営した。かつての夢だった宇宙を舞台にビジネスを始めようと乗り出したのは、40 歳の節目の年だった。
異業種からの転身で立ち上げたアストロスケールが、なぜ長年進展しなかったデブリ問題を前に進められたのか。この理由を「自分のなかの点と点がつながったのかもしれないですね」と言う。
「大蔵省にいたから政府の言語もしゃべれて、政府に協力を求める際のスムーズなやり方が分かります。また金融業界時代には投資家の言語を、ソフトウェア会社の経営を通してIT 技術の言語も話せるようになりました。その結果、人工衛星でサービスを提供するという発想につながりました」。すべての蓄積が今のアストロスケールをつくっている。
「僕は宇宙の基盤インフラをつくろうと思っています。高速道路で例えると、道に車が増えてきたとき、日本道路交通情報センターが道路状況を管理するようになったり、JAF みたいに故障車を運んでくれる業者が出てきたりして、車の流れが保たれるようになった。宇宙も同じです。ゴミを掃除したり、故障した衛星を修理したりする『宇宙のロードサービス』をつくりたい」。さらに、「宇宙の行き先に消費地をつくりたい」という壮大な夢もある。
「月に足湯があったら3億円払ってでも行きたいという人がいると思うんです。月面でバーをつくったら1 杯10 億円でも飲みたい人がいるはずです」
持続可能な宇宙の先に人々でにぎわう宇宙の姿が見えている。もちろん自分も宇宙に行きたいと願う光信さん。その気持ちは15 歳の頃のまま。アストロスケールの描く夢は、まだ始まったばかりだ。
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