sustainable
持続可能性

すみだ珈琲――やすらぎの一杯がおいしい野菜に、コーヒーでつなぐ循環型社会

2025.03.21
美しい江戸切子でスペシャルティコーヒーが味わえる「すみだ珈琲」は、「コーヒーを最後まで無駄にせず、有機質肥料へと生まれ変わらせる活動」で、2022年度「すみだモダン」のブランド認証を受けた。これは、コーヒー豆生産時におけるSDGsのみならず、コーヒーを淹れた後のSDGsとして、業界の模範となる活動だ。店主の廣田英朗さんは、今後もこの活動を続けていきたいと語る。

江戸切子のカップで味わえるスペシャルティコーヒー

錦糸町駅から錦糸公園を抜けた先に、小ぢんまりとした和風の古民家がたたずんでいる。2010年の開業以来この地でスペシャルティコーヒーを提供している「すみだ珈琲」だ。

じっくりと自家焙煎した最高品質の豆を丁寧にハンドドリップすることで、豊かな香りと風味を引き出したコーヒー。その味わいは、多くの地元の人に愛されている。

菊繋ぎ紋様の江戸切子が嵌め込まれた粋なガラスの引き戸を開けると、淹れたてのコーヒーから立ち上った華やかな香りが漂ってきた。店内は木の温もりを感じるノスタルジックな趣で、ゆったりとした時が流れている。

店主の廣田英朗さんは「無印良品」の出身だ。飲食部門の立ち上げ業務に携わったことで、いつかは自分の店をやってみたいという思いが膨らんでいった。そんなとき、当時住んでいた世田谷の「堀口珈琲」で飲んだ一杯のコーヒーが運命を変える。今まで味わったことのないおいしさに衝撃を受けた廣田さんは、自分もこのようなコーヒーを紹介できる店を持ちたいと一念発起し、同店で一年半の修業の末に「すみだ珈琲」を開業したのだ。

この店のコーヒーは、美しい江戸切子のコーヒーカップで供される。ふつう、切子といえば冷たい飲み物や食べ物との組み合わせを想像するが、ここでは珍しくも温かいコーヒーが注がれているのだ。ぽってりと厚みのあるカップは安定感があって口あたりもやさしい。飲むほどに姿を現す切子模様は、癒やしのひとときに楽しさをプラスしてくれる。

実は、廣田さんの実家は東京で最も歴史ある硝子メーカーのひとつ「廣田硝子」。ここ墨田区で126年も事業を営む老舗だ。近所の久米繊維の会長さんに区内を案内してもらったことがきっかけで、この地に店を開くことになった廣田さん。父の達夫さんが、何か一緒にできることはないだろうかと声をかけ、実際に江戸切子を使ってもらえる機会を作れたらと誕生したのがこのコーヒーカップだった。試行錯誤の末、熱いものを入れても割れる心配のない硝子の器に、雅な伝統模様をあしらった赤と青の江戸切子コーヒーカップが誕生した。

おいしいコーヒーを介して街をさらに活性化

オープン後1、2年は1日に数人のお客さんしか来ないという厳しい時期が続いたが、その状況を打破したのが、廣田さん自身が応募した墨田区主催の「ものづくりコラボレーション」プロジェクトだった。区内の事業者とデザイナーとのマッチングで新たなものづくりを行うこのプロジェクトで、廣田さんは5種類の「スペシャルティコーヒー」を飲み比べできるドリップバッグの詰め合わせを株式会社メソッド代表取締役の山田遊氏と共同開発。

約70カ国におよぶコーヒー産地から選び抜いた個性際立つ最高品質の豆のみで構成している「THE COFFEE HOUSE」だ。同梱してある淹れ方指南書や産地の解説書を読めば、自宅で気軽に世界のコーヒー産地巡りができる。また、これを飲むことでどんな味わいが自分に合っているのか、好みの傾向を知る手立てにもつながる。2013年に販売したこの商品は大きな反響を呼び、利用客の増加につながった。

すみだ珈琲のシグネチャーコーヒーは、廣田さんのこだわりが詰まった「すみだブレンド」だ。浅煎り、やや深煎り、深煎りと3つの種類があり、これら焙煎の違いによって引き出されたコーヒーの甘みや酸味、苦味といった特徴が、それぞれしっかりと味わえる一杯となっている。甘さ控えめなスイーツは、コーヒーの香りと濃厚なクリームチーズが見事にマッチした「モカチーズケーキ」が人気。この「すみだブレンド」と「モカチーズケーキ」は「すみだモダンブランド認証飲食店メニュー」に選ばれており、その味わいは折り紙付きだ。

「すみだ珈琲」は現在、老若男女を問わず、常連から外国人観光客まで多くの人が来店するようになった。そしておいしいコーヒーを介して、交流の輪を広げている。

廣田さんはまた、コーヒーを通じて地域活性化を図る取り組みにも積極的に参加している。2015年に区の声がけがきっかけとなって結成した「すみだ自家焙煎珈琲店連絡会(すみ珈連)」はその好例だ。これは「すみだモダン」に認証された自家焙煎を行う事業者が中心となって2、3カ月に一度集まり、情報交換会やイベントなどを行うというもの。すみ珈連が主催に名を連ねる大人気イベント、「すみだコーヒーフェスティバル」もその活動の一つだ。

廣田さんは「初めこそぎこちなかったですが、みなさんコーヒー愛が強くコツコツと仕事を続けてきた方たちです。アンテナを張って仕事を進めている方も多いので、何かを提案すると反応してくださる方が多い。人としてお互いに尊敬できる方たちなので、もっと盛り上げていろいろなコーヒーが楽しめる街になっていけたらと思っています」と、この集まりに期待を寄せる。

「コーヒーから生まれた地球環境にやさしい有機質肥料」の誕生

2022年、「すみだ珈琲」は「コーヒーを最後まで無駄にせず、有機質肥料へと生まれ変わらせる活動」で「すみだモダン」の認証を受け、ブルーパートナーとなった。コーヒーを淹れる際にどうしても出てしまうコーヒーかすを有機質肥料として生まれ変わらせ、自然に循環させていく取り組みが、業界や消費者の意識改革に寄与するものと考えられ、肥料の区内での活用を自ら広めている点についても評価されたのだ。また、提携農家がこの肥料で栽培した野菜を自らが仕入れてスイーツを作り、テスト販売した実績により、今後活用事例を広めることでストーリー性をさらに高め、幅広い活動になることも期待されている。

廣田さんがこの活動を始めたきっかけは、ある商業施設に「すみだ珈琲」の2号店(現在は閉店)を出したことだった。

「そこでは、その日の終わりに各店舗がどれくらいごみを排出したのかを計量して報告する義務がありました。すると、コーヒーかすだけで1日に5kg以上もあることがわかったのです」

このごみをなんとかして減らすことはできないかと模索していた廣田さんは、あるとき参加した日本スペシャルティコーヒー協会(SCAJ)の展示会で、コーヒーかすを有機質肥料にアップサイクルする事業者のブースを見つけた。

「華やかなほかのブースには人だかりができていたのですが、ここのブースには人がいなくて。よく見てみたら、コーヒーかすと鶏糞を使って地球にやさしい有機質肥料を作っているというので、話を聞いてみることにしたのです」

コーヒーかすには消臭効果があるため肥料の臭気も抑えられる。そしてコーヒーかすと鶏糞を混ぜて作られる肥料はきめが細かいため、土になじみやすく土壌改良の効果が期待できるという。化学肥料のような即効性と、有機肥料の緩効性(肥料濃度がじっくりと持続すること)を兼ね備えているのも特徴だ。また、使用する鶏糞は抗生物質を使用せずに育った鶏のものなので、AMR感染症(※1)のリスクが低減できるとのことだった。

もともと花を栽培することや料理を作ることが好きな廣田さんにとって、肥料は身近な存在だった。「それだけに、コーヒーかすを使った肥料は作ってみたいと思いました。いい出会いだったと思います」と当時を振り返る。

そうして従来の鶏糞肥料に比べて臭気が約90%抑えられている(※2)「コーヒーから生まれた地球環境にやさしい有機質肥料」が誕生したのだった。

※1)不適切な抗微生物質剤の使用により薬剤耐性がつき、抗微生物質剤が効かなくなる、あるいは効きにくくなり、これまでは適切に治療をすれば軽症で回復できた感染症の治療が難しく、重症化しやすかったり死亡にまで至る可能性が高まること。
※2)株式会社食環境衛生研究所による調査

イベント参加者と共に行うアップサイクルプロジェエクト

出来上がった商品は、2022年の6月開催の「インテリアライフスタイル」展でお披露目となった。しかし来場者の反応はよくなかったという。

「安価で即効性のある肥料が世の中にたくさん出回っていることが要因の一つだと思います。これは開発段階でもわかっていたことでしたが、SDGsの流れもあるのでもう少し反響があるかなと思っていたのです。展示会の参加でコーヒーの販路は広がったのですが、メインの目的であった肥料のほうは撃沈してしまいました。土は化学肥料をあげてしまうと、中の微生物がいなくなり痩せてしまいます。そのためにみなさん、土を入れ替えるという作業をすることになるのですが、この肥料は逆に、使えば使うほど微生物が活性化し、土を育てていくものなんですけど……」

すぐに成果が出るものではないだけに、肥料のすばらしさを認知してもらうには時間がかかる。そのため、粘り強くPRを続ける必要がある。

活動の難しさを実感した廣田さんは、自分たちだけではなく区内の事業者と一緒に活動することでその輪が広がるのではないかと考えた。

そこでまずは「すみ珈連」のミーティングで、「こういうことをやり始めたのですが、みなさんもやってみませんか」と提案。並行して、区内のイベント会社「HIGH FIVE」と協働で「すみだコーヒーかすアップサイクルプロジェクト委員会」を設立した。

そして2023年の2月、墨田区と「すみ珈連」のメンバー、「HIGH FIVE」の協力を得て、「Sumida Coffee & Sweets Festival 2023」のイベントの一環として、このプロジェクトを試す機会が得られることになった。

「すみだコーヒーかす再生プロジェクト」と銘打ったこの試みはまず、イベントで排出されるコーヒーかすの一部を回収し、それを肥料化して区内の各施設などに無償で配布するというもの。これによりごみの削減と区内でのサステナブルな循環につなげていくという算段だ。

「このときは20kg弱ぐらいのコーヒーかすしか集められなかったのですが、イベントに参加したボランティアの方々の意識がとても高く、手応えを感じました」

続く2023年11月に行われた錦糸公園のイベントでは、総排出量180kgのうちの約半分、90kgもの量を回収することができた。

そのコーヒーかすからできた肥料は、区内の緑化事業や小中学校、隅田川沿いの花壇を管理するNPOに無償配布したという。

コーヒーがキャロットケーキにアップサイクル⁉

「とはいえ、まだまだ認知度が高いわけではありません。この活動をもっと知ってもらうために、『すみだSDGsアワード』にも応募しました。その際『2030年までにコーヒーを抽出する際にでる“使用済みコーヒーのかす”の廃棄量を50%削減する』という目標をたてました。将来的にはこの肥料を区内の公園などで使っていただけたらと考えています。もちろん区内は広いので、本当に一部でいいと思うのです。その1割でも2割でも使っていただく流れになればと」

墨田区SDGs宣言を行った取組のうち、特に優れた取組をモデルケースとして表彰する、「すみだSDGsアワード」は、2025年2月に受賞者が決定。すみだ珈琲の「コーヒーを最後まで無駄にせず、有機質肥料として生まれ変わらせる活動」は、こちらでもアワード受賞者9者のひとつに選出された。

廣田さんのさらなる展望は、この肥料を使って区内での野菜や花の栽培を増やしていくことだ。

「できれば区内にある空き家や空きスペースをお借りして、まずはプランターなどで栽培を始められたら。この取り組みを知っていただいた方のなかから、空き家や空きスペースを貸してくださる方や事業者さんがいらっしゃいましたらぜひご一緒していただきたいです。今はキャロットケーキがどこの飲食店も人気らしくて、うちでもよく出ます。ニンジンは比較的簡単に栽培できるものなので、最初はうちのベランダに並んでいるプランターで作ったニンジンを、この店でキャロットケーキにして販売したいですね。11月にもイベントがありますから、そこでもニンジンをみなさんに提供したいと考えています。『前回集めたコーヒーかすが肥料となり、そこからできたニンジンですよ』と販売したり、イベントに出店している区内のおいしいケーキ屋さん、パン屋さんに使ってもらっておいしい商品を開発してもらったりできたらと思っています。『これおいしいね、あのときのコーヒーかすの肥料からできたんだ!』とリサイクルの流れを実際に体感してもらえるとわかりやすいですし、みなさんの意識に浸透してもらえるのではないかと」

コーヒー店として次世代のためにできることを可能な限り行っていきたいと考えている廣田さんは、その大変さも十分理解したうえで、コツコツと、しかし着実に資源循環と地域環境保全に貢献し、持続可能な社会の実現のための活動を続けている。

Company Data
すみだ珈琲Sumida Coffee
ADDRESS: 東京都墨田区太平4-7-11
TEL: 03-5637-7783
HP: http://sumidacoffee.jp/
Text: Masami Watanabe
Photo: Sohei Kabe
Edit: Katsuhiko Nishimaki / Hearst Fujingaho
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