sustainable
持続可能性

世界でひとつだけのバッグ作り――大関鞄工房

2023.07.24
すみだモダン2022ブランド認証式にて、13の事業者を代表して表彰された「大関鞄工房」。審査員から高い評価を得た理由は、「すみだモダン」の理念との合致度だ。「持続可能性」「共創性」「独自性」「多様性」を最もわかりやすく体現していると評価されたその活動とは――。10年続いてきた同社の「革の魅力を伝えながら、長く愛される鞄を作り続ける活動」を紹介する。

見えない手間を惜しまない、嘘をつかないモノづくり

今年で創業60年を迎える大関鞄工房は、職人の粋が感じられる街・両国に、工房兼ショップを構える皮革製品メーカーだ。

ショップの棚には、可愛らしいバッグや使い勝手の良さそうな財布、デザイン性の高い眼鏡ケース、色とりどりのコードクリップなど、さまざまな革小物が並ぶ。どれも“革の専門家ならでは”の知見が生かされたこだわりのある商品で、親しみやすい価格帯。作り手の顔が見え、職人から直接商品の説明や手入れのコツなどが聞けるのも大きな魅力だ。

「長くOEM(他社ブランドの受託製造)を手掛けてきましたが、当社の商品を購入されたお客様の反応を知りたくて2007年に職人の手仕事にこだわった『Squeeze』を立ち上げました。このブランド名には、お客様のさまざまな声を吸い上げ、知恵と技術を絞り出してより良い製品を作っていきたい、という意味が込められています」と代表取締役社長の大関敏幸さん。

実際に長財布を手に取ってみると驚くほど軽い。手にフィットして持ちやすい形、ファスナーのなめらかさやポケットの位置など、考え抜かれたデザインであることがわかる。

「たとえば、私たちは重いバッグは作りません。重いバッグは疲れてしまうからです。軽さを出すために、当社では強度が保てるギリギリまで薄く革を漉いています。薄いと切れやすいのではないかと心配になるかもしれませんが、私たちは縫い代や端の処理といった見えない部分にも手間をかけ、しっかりと補強することで薄くても丈夫な作りを実現しています。決して手を抜かず、嘘をつかないものづくりを大切にしているのです」と語る大関さんの言葉に、職人としての矜持が見てとれる。

ショップの奥の工房で、革をカットする大関敏幸さん

また、同社では革製品のオーダーメイドや修理も受け付けている。「できることならひとりひとりに合わせた鞄を作りたいのです。いつも持ち歩くバッグや革小物が自分のこだわりを取り入れた世界で唯一のものなら、愛着を持って使っていただけますよね。そして愛着のあるものが壊れてしまったときは直します。破れたら縫い、切れたらつないで蘇らせるのです。この直すという行為、実は作業の上では一番難しいのです。その製品がどうやって作られているかがわかっていなければできないことなので。とはいえ本当に良いものを大切に使ってもらいたいですし、私たちは最後の最後まで携わっていきたいと思っています」

「アウトオブキッザニア in すみだ」との出合い

2012年、「ものづくりのまちすみだ」にある工房で本物の道具を使って、職人と一緒にモノづくりに挑戦する子ども向けの体験プログラム「アウトオブキッザニア in すみだ」という企画がスタートした。職人の技やこだわりを間近に見ながら、実際にモノづくりを行う貴重な体験だ。出来上がったときの喜びや、やりきった満足感が自信につながり、社会に生きるための力を育む。また、こうした職人の仕事を通して日本のものづくりや社会の仕組みを知ってもらうことで、未来について考えるきっかけも提供できる。

大関さんは「日頃から良いものを長く使ってもらうためには、幼い頃から本物に触れ、ものを大切にする心を育むことが大切」と考えていたため、この企画に大いに賛同し、参画を決めた。

「子ども向けとはいえ、せっかくなら本革を使用した長く使える本格的なバッグ作りを体験してもおうと、知恵を絞りました」と笑う大関さん。

本物の道具を使う工程は体験してもらいたい、かといって難しすぎてもいけない。試行錯誤し、できるだけシンプルな構造で鞄作りを体験してもらえるような講座内容に固めていった。

絞り込まれた究極の材料は、本体となる胴板(どうばん)、蓋となるかぶせ、本体の厚みをつくる横マチ、そしてショルダーという4種の役割を担う5枚の皮革と、革と革をつないだり調整したりするための金具のみ。これらを職人の手ほどきを受けながら、職人と同じ道具を使って立体に仕上げていく。ハンマー打ちなど、子どもにとっては少し危なそうな工程も程よく入れつつ、難しいミシンなどは使わず、横マチを編み込むことで革をつなげるようにしたアイデアも光っている。

かくして大関鞄工房が提供する、「バッグ職人の仕事――世界でひとつのこだわりバッグを作ろう」がスタート。このワークショップは好評を博し、口コミで徐々に広がっていった。多いときは年間300人の受講者が訪れたという。そうして10年が経った現在、このワークショップは「すみだ探究工房」というプログラムに引き継がれている。相変わらず遠隔地から参加者が訪れたり、修学旅行の体験先に選ばれたりと、その人気は衰えを知らない。

大関敏幸さん、有香さんご夫妻がワークショップの講師を担当している

子ども用の体験プログラムから大人も参加できるワークショップへ

「『大人向けはないんですか』というお問い合わせを非常にたくさんいただいていたんです」と奥様の大関有香さん。そうした要望に応えるため、青山のNHK文化センターなどで講座を開く。

「そこで製作用のキットを作って発送できるようにしました」と有香さんが続ける。

キットには丁寧な解説書をつけたが、実際の作り方を動画に撮ってYouTubeにアップしQRコードで見られるようなフォローにも挑戦した。こうした取り組みには同社の若手社員たちが大活躍したという。そのおかげもあって、反響は上々で各地から注文があり、なかには企業の福利厚生として使いたいといったオファーも来たほどだった。

現在、大人向けのワークショップは「じゃらん」を通じて申し込むことができる。
その講座を体験させてもらった。

まずは革選びからだ。さすがは専門の工房だけあって、それぞれのパーツごとに手触りや硬さ、色みや柄が異なる革がたくさん用意されている。有香さんが「組み合わせのパターンは無限にあります。皆さんが本当に違った組み合わせを選ばれるので、一つとして同じ鞄が出来上がったのを見たことがないんです」と言うのもうなずける。

「子ども向けのワークショップでは、この革選びの段階で親御さんがつい助言をしてしまうということがたびたびあるんです。ですが、自分で考えて選んだものには自分だけの価値が見いだせるはずなので、私たちは親御さんが助言をなさらないように声掛けも行っています」と大関さん。「自分は何が好きなのか、自分にはどれが適しているかという判断を小さいときからやっていれば、絶対幸せな人生が送れると思うんです。それを、このワークショップで教えていると言ってもいいくらい」。大関さんの思いは熱い。

世界でひとつだけのショルダーバッグ作り体験スタート

続いて道具の確認だ。講師の有香さんが材料の名称や用途、道具の扱い方を丁寧に教えてくれる。工房では道具は常に確認しながら、必ず元の位置に戻すのが決まりだ。

「最後の確認でもし道具がひとつでも見当たらなかったら、作ったバッグを全て開けて探すことになります。なので、道具は必ず元の位置に戻っているか、数は揃っているかを確認して仕事を終えるのが基本です」。有香さんの話から、仕事に向き合う職人たちの心構えが伝わってくる。

最初は練習を兼ねたチャーム作りからスタート。革紐を通す穴をあけるのが第一段階だ。この基本動作を身につければ何も難しいことはなく、次のステップへと進むことができる。講師のデモンストレーションを見た後はいよいよ実践だ。銀ペンで革に印をつけてゴム板の上に革を置き、印に合わせて穴あけの棒をセット。ひとりひとりハンマーで軽く打ち込み棒を捻って引き抜くと、気持ちいいくらいにきれいな穴があいた。

ワークショップは丁寧な説明でひとりひとりの進み具合を確認しながら進められ、しっかりとしたフォロー態勢もあるので焦ることなく取り組める。

カシメという金具で革を留める際には、打ち棒がぐらつかないようにしっかり持って慎重にハンマーで打ち込む。上手く打てないときには親方大関さんの出番だ。迷いなくキメ打ちする職人技に思わず拍手が起こる。見よう見まねで自分もハンマーを打ってみると、カシメの嵌るカシッとした感触が体感できた。「出来た!」という喜びはいつぶりだろうか。

工程が進むにつれ少しずつ形になっていくワクワク感も楽しいものだ。ショルダーの長さ調節をするときは、こんなふうに金具に革紐を通すのか、といった発見もあった。最後にナスカンでバッグにショルダーを取りつけると完成だ。出来上がりは参加者ひとりひとり違っており、見事に個性が出ている。まさしく世界でひとつだけの自分だけのバッグが誕生した瞬間だった。

革製品を長く大切に使う心を育む

今回参加した高校生のA子さんにワークショップ参加の感想を伺うと、「とても嬉しいです! 絶対大事に使います」とその喜びを伝えてくれた。実はA子さん、小学校4年生で受講して以来2度目の参加ということで、「ハンマーをトントンしているうちに、当時の記憶が蘇ってきました」と懐かしそう。

ワークショップの最後は、大関さんのお話と工房見学の時間だ。

「皆さんお疲れ様でした。本当に世界でひとつだけの素晴らしいバッグができたかなと思っております。このバッグ、大事に使ってもらえたらいいなということで、革ってなんだろう、自分の持っているものは何の革を使っているんだろうといったことについて、そして、その大切な革のお手入れの仕方について、少し説明させていただきますね」と挨拶した大関さんは、参加者の作ったバッグを見まわしてこう続けた。

「全て牛革ですね。初めに選んでいただいたバッグのパーツには、実は羊やヤギなどいろいろな革がありました。しかし今回皆さんが使われたのは全て牛革。ここに絶対意味があるんですよね。私たち人間の多くは、動物の命をいただいて生きています。それを無駄なく使いきるために、食べて残った皮を腐らないように鞣(なめ)して革にして、それがこのバッグになったり、お財布になったり、靴になったりしているのです」

説明している大関さんの後ろの棚にはとても大きな革が掛けられている。よく見ると頭からお尻までしっかりと牛の形をしていた。その革を使いながら、どの部分が丈夫なのか、また、伸びやすい部分はどこなのか、それぞれ特性のある部分にはそれを生かした使い道がある、といったことを教えてくれた。続いて豚の革の見分け方や適した使い道、そのほかにもパイソンや象、エイなどの珍しい革を実際に触らせてもらい、革について考えるきっかけを提供してもらった。

夢をバッグに入れて持ち帰ってもらいたい

大関さんの講義の後は工房の見学へと移る。革を漉く機械やプレスして切る機械などのほかに、実に多種多様な革が保管されている。どれも高いところに積まれているのだが、これは湿気の多い日本で革をカビさせないようにするための知恵だ。大切なバッグは袋に入れてたんすの奥にしまってしまいそうだが、これが一番良くないという。最初に防水効果のあるみつろうを薄く塗っておくと、保護や汚れ落としに役立つことや、風通しの良い日陰に保管することなど、長持ちさせるためのコツを教えてもらえるのがありがたい。

盛りだくさんな内容のワークショップはこれにて終了だ。前出のA子さんは、「限られた資源を有効に使うため、食べ物を食べた後には最後の皮までもきちんと使う、というお話がとても心に残りました」と大関さんの思いをしっかりと受け止めた様子。

「このワークショップ、準備もすごく大変なんです。もうやめようやめようって言いながらも、出来上がったバッグを手に嬉しそうな子どもの顔を見たらやめられません。それで10年続けてきてしまった感じです(笑)。子どもたちの笑顔が原動力になっています。さらにこうした話を知ってもらうことで、自分の持っているバッグがただのバッグではなくなります。私たちは小さい子にも、この中に夢を入れて持ち帰ってくれたらいいな、という話をしています」と大関さん。

「ワークショップを始めた頃には中学生も受け入れていたので、あれから10年ということはその子たちも大人になる頃。今度はその子たちが自分の子どもを連れてこのワークショップに来てくれたら大成功です。それまでは頑張らないと」

大関さんたちの植えた「ものを長く使い続ける心を育む活動」の種は、時を経て芽吹き、未来につながる日も近そうだ。

新生「すみだモダン」の理念と大関鞄工房の活動

大関さんは「すみだモダン」ブランド認証が始まった頃(2011年頃)、一度応募をしたことがあった。そのときはまだ大関鞄工房の活動にまで広く焦点を当てるという審査基準がなく、残念ながら認証を得ることは叶わなかった。

それから約10年。新生「すみだモダン」が、商品からその活動へと認証の幅を広げたことを知った大関さんは、同じ内容で改めて「すみだモダン」に応募することに。

墨田区産業振興課の児玉裕和さんは、大関鞄工房の応募書類と大関さんへのヒアリングを通して、新生「すみだモダン」の理念との合致度の高さを感じたという。

「これまで続けてこられた大関さんの活動内容を知るにつけ、これこそ我々がリニューアルした『すみだモダン』がフィーチャーしたかったことだと思いました。すみだモダンの定義は「ものづくりを通して、未来のスタンダードを創造し、人々の幸せを育む活動」です。大関さんの活動は、鞄作り体験を提供しながら、革の歴史や命の大切さなどを伝えることで多くの人の知的好奇心を高め、人的交流を促進し、墨田区の産業を盛り立て、SDGsを広めることにつながっているのです。『すみだモダン』はこう変わったんですよ、と皆にわかりやすく紹介するのに大関さんの活動が最も相応しい事例でした。こうした活動をまさに我々としても大事にして、広めて行きたかったのです」

「認証していただいたときは感無量でしたね」と振り返る大関さん。「これからも頑張らなくちゃ、という身の引き締まる思いです」

最後に今後この活動をどのように広げていきたいかを尋ねると「今はうち一社でやっていますが、今後は『すみだモダンブルーパートナー』の皆さんが扱っておられるさまざまな異素材と組み合わせて、世界でひとつだけのバッグを作ってみたいですね。出来上がったバッグを見た人との会話が広がれば、墨田区の産業の宣伝にもなります。ブルーパートナーの皆さんと共にその良さと伝えていくことができたらいいなと思っています」と、その展望を語ってくれた。

Company Data
大関鞄工房Squeeze Leather Craft & Repair
ADDRESS: 東京都墨田区緑2-13-5
TEL: 03-5669-1408
HP:https://squeeze.ne.jp/
Text: Masami Watanabe
Photo: Sohei Kabe
Edit: Chiaki Kasuga / Hearst Fujingaho
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