社会的課題に本気で取り組むために誕生した新会社
その目的と目指す未来
アサヒユウアスという会社をご存じだろうか。2022年1月、アサヒグループからサステナブル事業に特化しSDGsに積極的に取り組む会社が誕生した。
社名には「あなたと(you)と私たち(us)で共創して課題解決に取り組むこと」「朝日から夕日そして明日へとつながる名称に循環型社会の形成」というパーパスが込められている。パートナー企業との共創によってこうした取り組みを事業化するビジネスを行っている。
設立の立役者となった古原 徹さんは、元アサヒビールの技術者。長く飲料のパッケージ開発に関わり、あの「アサヒスーパードライ生ジョッキ缶」を世間に送り出した。「アサヒの研究所にいながら、SDGs関連の取り組みをしていました。パナソニックと共同開発した『森のタンブラー』は、間伐材の不要な部分など様々な植物素材を原料に練り込んだ使い捨てしないエコカップです」と古原さん。
カジュアルに捉えることの大切さ
墨田区内での初の取り組みは、まだアサヒユウアスができる前の2021年のこと。区内にある久米繊維工業が作ったサステナブルなTシャツと森のタンブラーを活用した「美しい地球の保全」を訴求するキャンペーンだった。古原さんはこの活動を価値ある企画だったと振り返る。
「Tシャツもタンブラーも日常生活でよく使うもの。なんだかオシャレだなと思って着たり使ったりしたものが、実はSDGsにつながっていたのかと、カジュアルに取り組んでもらえましたね」。この活動が、ものづくりを通して、未来のスタンダードを創造し、人々の幸せを育む活動という、「すみだモダン」の定義と合致し、「すみだモダンブルーパートナー」となった。
大企業のCSRではなく、独立した会社としてスタートした理由
SDGsが示す循環型社会の形成には持続的な活動が必須だ。「そのためにはアサヒグループ内のCSR(企業の社会的責任・活動)という規模ではなく、独立した事業にする必要がありました。世界中のありとあらゆる課題にはスピード感をもって取り組む必要があります。そのためには素早い対応が大切で、意思決定までの期間を短縮するには小規模な組織のほうが適していたのです。そして、数千億円レベルの事業をしてきた大企業の判断軸では経済的観点で実施の意義を問われるような事案にも、課題解決軸での判断にシフトしたほうが取り組みやすいのです」。古原さんは会社設立の経緯をこのように教えてくれた。
そうして各地の課題を自分ごととして捉え、共創相手と課題解決に取り組みながら、最終的にはその事業者だけで自走できる体制を作っていくのが目標だ。
サステナブルなクラフトビールは「誰かのために飲む一杯」
親しみやすいビールならではの可能性
同社の事業の柱のひとつにサステナブルなクラフトビール(酒税法上は発泡酒)開発というものがある。活用方法がなく廃棄されてしまっていた食材を活用して、新たな価値のあるビールへと生まれ変わらせる。美味しさとサステナブルを両立したビールを飲むことが循環型社会の活性化へとつながっていく仕組みだ。
たとえば、サンドイッチの製造過程でできてしまう使いきれないパンの耳を活用したクラフトビールの「蔵前WHITE」、テスト焙煎で使ってやむなく廃棄する予定だったコーヒー豆を用いた「蔵前BLACK」は、期間限定の発売だったにもかかわらず、その独特な味わいが人気を呼び、完売となった。
広がるアプローチの仕組み
このようにレシピ開発から実際に製造、販売する場合もあれば、地方のブルワリーと共同でレシピを開発し、製造はパートナーだけで行ってもらうケースもある。また、企業の社内食堂用に完全受注でサステナブルビールを開発する取り組みもあるなど、さまざまな方法でのアプローチが実現している。
現在進行中の墨田区内でのSDGsに関するふたつの活動も、フードロスの削減につながるサステナブルなクラフトビール開発だ。「すみだBROWN」と「京島ホワイト」の事例を見てみよう。
「すみだ珈琲」とのコラボで生まれた「すみだBROWN」
コーヒー製造でも生まれる「もったいない」
錦糸町で地元の人から愛されている居心地のよい喫茶店、「すみだ珈琲」。店主の廣田英朗さんは「美味しいコーヒーを紹介するため、香りや風味の豊かな最高品質の豆のみを自家焙煎しています」とやさしい語り口で店の紹介をしてくれた。
ハンドドリップで淹れられたコーヒーは、特注した江戸切子のコーヒーカップに注がれる。香り高く味わい深いコーヒーをひと口飲むたびに、だんだんと姿を現す美しい文様まで楽しめるのが心憎い。
廣田さんは、店で出る「コーヒーかす」を肥料にする取り組みを行うなど、もともとSDGsへの意識は高かった。
想いがつながり、ひとつのかたちに
そんな廣田さんに、この店の常連だったアサヒビールの社員が古原さんを紹介し、すみだ珈琲バージョンのサステナブルなクラフトビール開発が始まった。
「コーヒーリキッドと、甘さのあるコーヒーソースは、製造の過程でどうしても余りが出てしまったり、賞味期限切れなどでやむをえず捨てていたのですが、いつももったいないなぁと思っていたのです。そこでこれらをビール造りに使ってもらえたらと相談したのです」と廣田さん。
ビールのレシピは、アサヒビール酒類開発研究所出身の醸造家、小室麻里菜さんが担当することとなった。
すみだ珈琲らしさを表現するための試作の日々がスタート
「実際いただいたサンプルを飲んでみても、もちろん美味しいんですよ。それだけにこのふたつをなんとかビールに合わせられないかと思って」と小室さん。
最初に造ったのはコーヒーソースを使用したビールだった。完成直後はデザートビールのような味わいで美味しかったのだが、非加熱の生ビールのため、糖分が多く含まれているとビール酵母が発酵して風味が変わってしまうリスクがあった。また、コーヒーエキスを混ぜるときに飛び込みで入った微生物が糖分を栄養にして増えてしまい、香味を劣化させてしまう可能性があるうといった問題点があった。
結果としてビール造りの原料はコーヒーリキッド一本で行くことが決まった。そこからは美味しさや品質的に問題がないかという点に気を配りながら試作を重ねる。出来上がったビールをボトルに詰めて廣田さんの店に運んでは試飲してもらったり、ときには醸造所に足を運んでもらってできたばかりのビールの味を試してもらうこともあった。
「コーヒーリキッドは後味のロースト感が強い、コクのあるコーヒーなので、後味のコーヒーの風味がしっかり調和するようにしたいなと考えながらビールと合わせていましたね」と小室さんは試作の日々を振り返る。
醸造のプロが組み立てるクラフトビールのレシピに込められた想い
「試飲してもらうときは緊張しますよ。私たちはビールのプロであってもコーヒーについては全くの素人。ここにいる方々はコーヒーのプロなので、本当はコーヒーのこういう味を引き出したいという想いがあるはずです。その想いと自分が作りたい味に齟齬がないかと」
それに対して廣田さんは「僕はどういうふうに仕上げてくるのか、全然イメージが湧かなかったので、初めて飲んだときはすごく衝撃的でしたね。もっと苦味がガーンてくるのかと思ったらそうでもなく、なんだか口当たりがいいし、フルーティな香りもすごくいい」と思ったという。「口当たりがいいから何杯でもいけてこれはヤバいと(笑)。造り手によってビールはこんなに変わるんだって」
「味の設計には、いつも材料となる素材だけではなく、そのお店を訪れたときに感じた印象や、ブランドのもつイメージなどからもインスピレーションをもらいます。すみだ珈琲さんの場合は、廣田さんやお店の雰囲気が醸す柔らかい印象を表現したいと思っていて、ヴァイツェンという甘い香りで口当たりの滑らかな小麦由来のビールを合わせました。苦味の強いビールにコーヒーの香りをガツンと当てるよりも、ビールの風味と優しく調和して、ロースト感が軽やかに感じられるくらいの、上品な印象をきれいに出したかったんです」と小室さん。
こうして約8カ月かけて完成した「すみだBROWN」は、2022年9月に正式販売。期間限定生産でTOKYO隅田川ブルーイングやイベントでのみの販売だったにもかかわらず、11月には大好評のうちに完売した。余剰のコーヒーリキッドは半年に一度出るので、今後については、現在模索中だという。
「ベーカリーチャウチャウ」とコラボした「京島ホワイト」
下町商店街の人気店
第二次世界大戦の戦火を逃れ、昭和レトロな風情の残る京島。この街の顔ともいえる「下町人情キラキラ橘商店街」で人気のパン屋さんが「ベーカリーチャウチャウ」だ。
生まれも育ちも墨田区の店主、棚村萌実さんがこの場所に店を開いて2年が経つ。国産小麦の「白神こだま」をメインに天然酵母を使用した手作りパンを提供している。「おからと麹のカンパーニュ」は、2022年「パングランプリ東京」の「健康に良いパン部門」で優勝という実力を誇り、美味しさと安心を求める地元の人々で今日も盛況だ。
廃棄するパンをなんとかできないか
棚村さんは、錦糸公園で開催された「すみだ パン・コーヒー祭り」に出店した際、アサヒユウアスとしてこのイベントに森のタンブラーで協賛し、手伝いに来ていた古原さんと話をする機会があった。その時に、アサヒユウアスが売れ残って廃棄してしまうパンからクラフトビールを造り出す活動をしていると知り、「うちもやりたいです!」と立候補したのだった。棚村さんはその日から早速、売れ残ったパンをためておくことにした。
「売れ残ってしまうパンというのはどうしてもありましたし、パンの耳のように、必ず出てしまう部分をやむをえず捨てることも多かったので、それを使ってもらえるのはとてもいいことだなと思ったのです」
ビール造りのためにしっかりとトーストしてためておいた大量のパン
その後、古原さんと小室さんが墨田区の事業所めぐりの一環で「ベーカリーチャウチャウ」を訪ねると、そこにはすでに焼いて保存されていたパンが待機していた。
「たまったパンをどうしたらいいかアサヒユウアスさんに聞いたところ、焼いて保管しているということを教えていただき実践していたのですが、そうこうしているうちに結構たまってきてしまって、5キロくらいでしょうか。どうしようってなって(笑)」と棚村さん。
「これだけためてくれているから、絶対何か形にしたいなっていうのはあって。まず最初の構想としては『京島のパンのビール』、みたいなかたちでやりたいですねと話をしたのです」と小室さんが続ける。
「その後1回目の取り組みとして、先日のすみだのイベントのメインのアイテムになるコラボレーションビールの原料に使わせていただきました。その時チャウチャウさんのパンで全く問題なくビールが造れることが確認できたので、次のステップとしてチャウチャウさんのパンの良さも生かしながら、『チャウチャウさんのビール』をちゃんと造りたいという想いがあります」
棚村さんは、この取り組みでフードロスが減ることや循環することもいいのだが、ロスが出ないように調整していたパンの生産量を少しでも増やせることが嬉しいという。
「せっかく買いに来てくださったお客様が売り切れで買えないということがあるのですが、ロスを気にせず作れるようになることで、来ていただいたのに買えないということがなくなるきっかけにもなり得るかもしれません。パンを使っていただけること自体も嬉しいですし、それを使ったビールということで京島という名前を知ってもらうきっかけになればいいなというのがありますね」
和気あいあいと進むクラフトビールのコラボレーション
「今回は、ビール原料の麦芽の代わりとしてパンを使っていますが、ホップの香りが強いレシピで、パンの良さを引き出す設計ではありません。そのため、次に進むときにはどんな感じのビールにしたいかということを一緒にお話ししたいと思っています」と小室さん。
「初めてお会いしたとき、小室さんが保管していたパンの耳をかじってすぐ、油のこととか、これは何々を使っていますね、などと分析されて、すごい、全部わかっちゃうんだ!」と棚村さんは驚いたという。小室さんは、「油がいっぱい入っていると悪い臭いが結構出やすいのです。油が少ないほうがビール造りには向いていてそれを確かめたくて話していたのですが」と苦笑する。
「バゲットなど油を使っていないパンを原料にするのがいいのかな」と心配する棚村さんに小室さんは以下のように説明してくれた。
「ちょっとは油が混ざっていても大丈夫です!(笑)ただ、油分が少ないほうがたくさん原料に使うことができるので。ビールを造るためにパンを作るのではないので、単純に今出てきているものでどうすればいいのかを考えていければいいのかなと思います」
続けて「何回かコラボで造ってきたクラフトビールの知見も生かしつつ、今回はパンらしさを感じる味にしようかとは思っています。原料として使用するパンは、チャウチャウさんがしっかり焼き上げてくださっているので、パンの香ばしさも多少は付けられるかと。香りだけでも楽しめると思うのでお酒が飲めない棚村さんもご一緒に!」と締めくくると、棚村さんも「はい、ぜひみんなで!」と応えてくれた。
納期は決まっていないプロジェクトということだが、和気あいあいとしたコラボレーションの現場から、どのようなビールが誕生するのか楽しみだ。
自分たちの取り組みが次の取り組みのきっかけになってくれたら
大切なのは気づきと踏み出す第一歩
会社設立1年を経るタイミングでこれまでを振り返り、クラフトビールの製造部門を統括している茂田一郎さんにお話を伺った。
「サステナブルなクラフトビール造りすべてに共通しているのが、フードロスの食材の削減という課題です。ただし、自分たちがやっていることだけで解決できるとは全く思っていません。むしろSDGsに向けた活動のきっかけ作りだと思って取り組んでいます。まずは、ビール会社でもこういうことができるんだ、こういうやり方があるんだと知っていただくこと。そうしていくうちにサステナブルなクラフトビールが当たり前となり、いろいろなブルワリーがチャレンジしてくれるようになって初めて、我々のきっかけ作りがうまくいったとなるのかなと思います」
興味深いことにサステナブルなビールが出来上がると自治体の方の意識が高まるのを感じられるという。
わかりやすい成果物を楽しむこと
「特に地域のみなさんは取り組みの成果物であるビールを喜んで飲んでくださいます。すると、その取り組みが飲んだ人を介して周りに伝わるのです。ビールって気軽に手に取りやすく、面白いと思っていただきやすい。それが特長なのかなと思っています」
茂田さんは続ける。「サステナビリティな活動をやりたいと思っていても、難しそうで、どこから何を始めたらいいかわからないという人も多いと思います。ところがこのビールは何かとても楽しそう。一杯を飲むことで、ああこういうことでいいのかという理解につながり、取り組みに広がりが出たり、具体的な行動へとシフトしやすくなるのかもしれません」
「作って終わり」でない、その先
最後に今後の展望を尋ねると、茂田さんは穏やかでありながらもしっかりとした口調でこのように答えてくれた。
「我々の仕事はひとつのプロジェクトが完成しても、『作って終わり」ではありません。持続可能な社会のためにはその関わりがずっと続くことが大切だからです。そのつながりの維持という面では、アサヒグループが全国の自治体エリアに専門の担当者を配置することで体制が整いました。そんなわけで模索しながらスタートした1年目は、まずまず狙ったところまできたのかなと思います。ただ、続けていこうとすると必ず理想という壁にぶつかります。難しいと常に感じていますが、アサヒユウアスのメンバーひとりひとりが担当する課題と真摯に向き合い、今後も理想の実現に向けて頑張っていきたいと思っています」
※2024年5月追記:該当商品の終売のため、現在、取り組みは行われておりません。
TEL: 03-5608-3831(1F バル)/ 03-5608-3832(2F レストラン)
HP: https://www.asahibeer.co.jp/tsb/
Photo: Sohei Kabe
Edit: Katsuhiko Nishimaki / Hearst Fujingaho