別業界からの視点がユニークな製品開発のきっかけに
「これが和紙?」――和紙素材でつくられている「WASHI-TECH」のTシャツに初めて触れたときの感想だ。さらりとしていて滑らかな肌触りは、私たちが和紙と聞いて想像するものとはかけ離れている。しなやかで柔らかく、発色も美しいのだ。その秘密は糸にあった。この生地は、和紙を糸に紡いで編み上げたものなのだ。縫製メーカー「和興」はファクトリーブランドである「WASHI-TECH」を立ち上げ、同社が独自に開発した和紙の糸を使って、Tシャツやストール、ハンカチ、マスクなどを製造・販売している。
やがては土に還る「和紙」をアパレル素材に採用し、独自のブランドを立ち上げたのは4代目代表取締役社長、國分博史さんだ。
「和興」は今から95年前、初代がミシン1台で始めた縫製業からその歴史をスタートさせた。長年、ここ両国の地でメリヤスのOEM(他社ブランドの製品の製造)を手掛けてきた同社が、和紙という斬新な素材を使ってファクトリーブランドを立ち上げるに至った背景はどのようなものだったのだろうか。
「『WASHI-TECH』のお話をする前に、少し私の話をさせていただいてもいいですか?」。國分さんは親しみやすい柔らかな口調でこう言った。
「実は僕、4代目の社長と言いましても婿の立場なんですよ。もともとは海外ブランドのインテリアの仕事をしていたんです。9年前に結婚するというタイミングで、妻の実家の稼業が廃業する予定だと知りました。歴史ある会社が自分の目の前でなくなってしまうことが何だか惜しく感じられて」。國分さんは大学で経営学を学んでいたこともあり、自分にできることはないかと考えた。そして熟考の末、後を継ぐことにしたのだった。
「まずは勉強からと、1年間岩手にある『和興』の縫製工場に赴き、ものづくりの修業から始めました。そんなわけで、僕は業界歴がすごく浅いというのが前提にあるんです」
アパレル業界という未知の世界に飛び込んだ國分さんだが、逆に別業界からの目線があったからこそ、この業界が抱える課題に気付きやすかったという。
「例えば大量生産・大量消費・大量廃棄という商流や、生産現場の効率性の問題、独特の商習慣といったことですね。こうした課題を少しずつ調整しながら今に至っています。ほかの業界からやってきたということが僕の強みなのかなと感じています」
「和興」は名だたる有名ブランドのOEMを長らく請け負ってきた。しかしそれはこうした商習慣のもとに成り立っているという現実を目の当たりにし、國分さんは大きな衝撃を受ける。
「僕は今まで、ファミリーセールで7割引きと聞けばラッキー!と感じるいち消費者でした。ですがファミリーセールの後に廃棄されるアパレルを見てしまったわけです。一部は捨てられてしまうものを妻の実家は作り続けていたんだと。ほかにも残り生地や裁断クズも合わせたらすごい量です。そして環境汚染業界の1位が石油業界で、2位が繊維・アパレル業界だということを知りました。水質汚染や先ほどのゴミ問題、綿花栽培時の農薬問題と児童労働、海外の製造現場における劣悪な労働環境など、さまざまな問題を抱えていると。人権問題も含め、この業界が環境負荷を与えていることについて深く考えるきっかけをいただいたと感じました。この業界がもっと良くなっていくためにどうしたらいいか、まずは自分たちにできることをしていこうと思ったのです。僕たちのアクションは小さいかもしれないし、業界に与えるインパクトはとても弱いかもしれません。けれども、本質的なものづくりをすることでこうした状況を変えていくことにつながれば」
「WASHI-TECH」誕生の背景には、この業界に入ったときから抱き続けた、國分さんのこうした想いがあった。
人にも環境にもやさしい「和紙の糸」との出合い
「WASHI-TECH」開発の直接のきっかけは、懇意にしていた生地メーカーが和紙の糸を紹介してくれた7年前に遡る。
「紹介された和紙の糸は、福井県の和紙技術を使っていました。和紙を幅1ミリのスリット状にしてから撚って糸にするのです。『わ、面白いな!』と思いました。そして一番に頭に浮かんだのはサステナブルということでした。この糸を使って、100%和紙で服を作れないかなと」
原料については、フィリピンに自生しているアバカ(マニラ麻)という植物から作った和紙を使用することにした。和紙はもともと、楮(こうぞ)や三椏(みつまた)、雁皮(がんぴ)といった日本に自生する植物を原料にしていたが、環境の変化などで収穫量が激減し、現在では入手が困難になっている。アバカは三椏の繊維と似た構造で、日本の紙幣の原料にも使われるほど注目の素材だ。
國分さんがアバカを原料にした和紙の糸を選んだもうひとつの理由は、この糸が厳格な審査で知られる「エコテックス®」の認証を受けているからだった。世界基準の繊維製品安全性と環境や働く人にも配慮した生産体制のもとに作られたことが証明されている素材なのだ。
「この糸を使うことでサステナブルにつながり、同時に日本の文化や技術を大切にすることにもなると考えて、紹介してくれた生地メーカーと一緒に開発を始めたのです」
國分さんはこの製品のコンセプトを「和紙100%」にすると決め、生地だけでなく、それを縫い合わせる縫製糸も植物製とすることにこだわった。洋服の製造方法には大きく二通りあり、初めから色のついた生地で洋服を作る「生地染め」と、色のついてない生地で洋服を作って後から染める「製品染め」に分けられる。さまざまな試作をするなかで「製品染め」が風合いの良さをより引き出せることが分かってきた。そこで、製品染めに特化し世界的ブランドのOEMでも高い技術をもつ、同じ墨田区の川合染工場に、このプロジェクトに加わってもらうことになった。
「和紙染めというのはやっぱりすごく難しいので、やるなら川合さんとでなければできないと考えました。それでも色ムラがあったり、染めてしまうことで風合いがなくなってしまったりという現象が起きるのです」と國分さん。
さらにもうひとつの難題が、糸調子をとることだったという。植物性の糸は切れやすく伸びにくいという特徴があるため、この問題を解決するために試行錯誤を繰り返した。そして開発を進めていくなかで、國分さんは和紙の優れた機能性を実感することになったのだという。
「奈良時代に完成した『万葉集』は1300年以上たった今でもしっかりとその形をとどめていますよね。和紙の寿命は千年といわれているゆえんなのですが、その理由は優れた調湿性と抗菌性にあります。そのおかげでカビにくいのです。和紙の湿度調整機能を利用すれば、乾燥肌の人にも汗かきの人にも心地よい素材になります。和紙はさらにUVカットをしてくれるという機能もあります。試作を繰り返すうち、洋服に和紙を用いることはさまざまな利点があると証明できるようになっていきました。サステナブルな素材であると同時に、こうした機能性もしっかりとコンセプトに落とし込むことが可能になったのです」
近年、抗菌や調湿といった機能を謳う生地のなかには、ケミカルなものを加工してつけているものが少なくないが、それらは洗っていくうちに機能性が弱まってしまう。しかし和紙素材ではそのようなことがない。また、ケミカルなものに抵抗感があるという人にとっても、完全に植物から出来ており、その機能性も天然由来である和紙素材であれば、安心して着用することができるのだ。
開発から6年、通常の製品づくりの5倍もの時間と手間をかけることで、ようやく満足のいく製品が作り出せるようになったという。國分さんは今、「WASHI-TECH」を大量生産ではなく、必要な数だけ作る適量生産を行っていきたいと考えている。
ロックバンド「ORANGE RANGE」との協業プロジェクト
沖縄を拠点に活躍する「ORANGE RANGE(オレンジ・レンジ)」は、カーボンオフセットのツアーを展開するなど、かねてからSDGsの意識が高いバンドだ。彼らの『Pantyna feat.ソイソース』という楽曲は、パンティーをモチーフにした陽気なナンバーで、ライブではこの曲になるとタオル回しならぬパンティー回しで盛り上がる。これはメンバーが2022年のライブで観客に楽しんでもらうために考案した企画で、会場ではこの曲専用のレンタルパンティーを特別に配布していた。
そして2023年のツアーを企画していたころ、同バンドのマネージャーである副島光弘さんと國分さんが共通の知人の紹介で出会いを果たす。環境への負荷が少ない素材である「WASHI-TECH」の存在を知った副島さんは早速メンバーに報告。とんとん拍子に話は進み、4月のツアーから「WASHI-TECH」製のレンタルパンティーが使用されることになった。しかもツアー終了後は回収したレンタルパンティ―を廃棄や焼却することなく土に還し、その土を肥料に育った農作物でカレーを作るという。参加した人々にとって地球環境を意識するきっかけになればというメンバーの思いが詰まった取組だ。
國分さんはこのときのことを楽しそうに振り返った。
「僕も、自分が目指している循環型アパレルの取組ができると思い快諾しました。『WASHI-TECH』 は土に埋めてから3カ月くらいで微生物による生分解が始まります。しかも分解された土は肥沃で、土壌改良に使えるという側面があるのです。この土からは栄養のある野菜が取れるというエビデンスもあるので、そこで出来たジャガイモを使ってライブで配るカレー、『パンティカレー』を作ろうと。完成した『WASHI-TECH』をどのように表に出していこうか考えていたときに、製造業の僕たちでは思いもよらない発想から、共に循環型アパレルの取組をさせてもらえることがありがたかったです」
「和興」はこの2024年4月、ORANGE RANGEが毎年沖縄で主催している音楽イベント「テレビズナイト024」に出展。國分さんも沖縄に赴いてこのプロジェクトの経過報告をする予定だ。
事業を継いで知った墨田区の人々の温かさ
今まで他業種で働いてきた國分さんにとって、まったく知らない世界に飛び込むことに苦労はなかったのだろうか。尋ねてみると、そこには想像以上の苦労があったようだ。
「岩手の工場でものづくりを学び、『さあやってやるぞ!』という気持ちで意気揚々と帰ってきました。ところが、満を持して経営に臨んだつもりが、営業で飛び込むところ飛び込むところ全然だめで。前職とは違って、従業員30数人を食べさせていかなくてはならない。そのための売り上げ獲得や資金繰りなどを考えると夜眠れなくなってしまったんです。それでうつ病になってしまい、半年間はまったく働けなくなってしまいました。このときはとにかく本当に辛かったです」
実は國分(博史)さんが後を継ぐことになった当初、先代社長の國分孝一さんと懇意にしている精巧株式会社の代表取締役の近江 誠さんが声をかけてくれたことがあった。
「『博史くん、異業種とのつながりは学びになるのではないか』と近江社長が話してくださいました。そして、墨田区が主催するビジネススクール『フロンティアすみだ塾』(※1)をご紹介いただき、僕は12期生として通わせてもらいました」
※1 フロンティアすみだ塾/墨田区が主催し、墨田区と関係機関、区内産業人で構成する「すみだ次世代経営研究協議会」が運営する、区内の事業後継者・若手経営者育成ビジネススクールのこと。
卒塾してしばらくしてから、國分さんは1枚のハガキを受け取る。それは、國分さんがうつ病になるほど悩んでいることを知った当時の「フロンティアすみだ塾」の会長からだった。『ぶんちゃん(國分さんの愛称)、そんなに頑張んなくていいんじゃない? 肩の力を抜いてやってごらん』って、そんなメッセージでした。『ちょっと頑張りすぎているっていうか、理想が高すぎるんじゃないの』というようなことをすごく柔らかく伝えてくれて。それは自分にとって本当に大きかったです」
「フロンティアすみだ塾」の会長のひと言は國分さんに再び立ち上がるきっかけを与えてくれた。
「今でも課題はたくさんありますが、考えてもしょうがないし、動きまくろうと。『フロンティアすみだ塾』のつながりは、僕の宝物です。もう、それがないと絶対立ち直っていないし、今も成り立っていないというくらい。墨田区にはこういった温かい人が多いので、一緒に食事をしたり仕事をしたりとご縁を続けていけるのです」
國分さんは現在、そんな墨田区に恩返しがしたいと地元の少年サッカーチームや飲食店にユニフォームを提供。さらに、「フロンティアすみだ塾」には今期(第18期)の会長という形で貢献している。
「すみだモダン」応募のきっかけと認証後の次なる目標
「WASHI-TECH」がようやく納得できるクオリティになったタイミングで、國分さんは以前より興味のあった「すみだモダン」に応募した。商品としてだけでなく、「人にも地球にもやさしい『和紙』100%素材のアパレル製品を製造する」というその活動自体が、新しくなった「すみだモダン」の理念と合致していたことにより、「和興」は2022年度「すみだモダン」の認証を受け、「すみだモダンブルーパートナー」に認定された。
「『すみだモダン』に関しては、コミュニケーションとしての発信のひとつ、PRの場になればということで挑戦してみました。パートナーとなってからの活動は、昨年10月の『世界デザイン会議』の出展がありました。世界で活躍するデザイン関係の方々に商品を知っていただく良い機会になりましたね。また、『すみだモダン』というのは墨田区の方々ほとんどが何かしら耳にしているブランド認証なので、『「“すみだモダン”に認証されたんだね』と声をかけていただくことも増えました。ただ、ものづくりに関してはいいものを作るんだと頑張っていますが、自分たちはもうひとつのコミュニケーションツールであるデザインの部分でアウトプットできていないと感じています。例えばパッケージデザインひとつをとっても、まだ発信が足りていないので、今後力を入れていければと思っています」
こうして一歩一歩課題をクリアして着実に歩みを進める國分さんだが、「果たして自分はこの業界に入ってよかったのか」と、悩むこともあるという。そんななか、最近はやりたいことが明確になってきたというのが明るい兆しだ。
「今は、海外展開などにもすごく興味がありますし、 この環境を与えられたことにすごく感謝しています。生地ではなくアパレル製品として輸出している企業は非常に少なくて、近頃の円安は世界に『日本製』を知ってもらうチャンスなのかなと。昨年はタイ・バンコクの展示会に出展しました。今年は現地のOEMをとるために本格的に活動していきます。タイでの反応はすごく良かったですよ」
海外市場のなかでも最初にタイを選んだのは、日本人と体形が近いことや、暑くて湿気が多いので「WASHI-TECH」のメリットを感じてもらいやすいこと、そして親日家が多いので市場に受け入れてもらいやすいことといった理由からだという。
「タイは今、僕らが想像しているよりもずっと豊かな国になっています。富裕層の増加や局所的な物価上昇もあり、チャンスはそこにあると感じるのです。当社がこの市場の先頭に立って、ゆくゆくは業界全体が盛り上がっていくアクションになればと」
現在、和興の主たる事業の1番目は、「OEM(他社ブランドの製品の製造)」だが、2番目として、4年ほど前からアパレルブランド立ち上げの「コンサルティング事業」も行っている。そして3番目が今回紹介した和紙を使った「オリジナル製品開発事業」だ。
「シャツやストールのほかに、今開発しているのが和紙100%の靴下です。これを履けば、かかとのガサガサのケアにもなるのではないかと。あとは和紙のインナーです。調湿性や抗菌性がとても高いというのは臭くなりにくいということで、インナーに最適なのです。こちらは伸縮性が課題ですね。また、和紙だけでなく、家で洗えてチクチクしない100%ウールの素材など、ほかのアパレルではなかなかないような製品を作り、お客様に直接届けたいとも考えています。OEM事業は国内市場が小さくなり、だんだんシュリンクしていくと思うので、2番目(「コンサルティング事業」)と3番目(「オリジナル製品開発事業」)の取組も頑張ろうと思っていて。いずれは海外に出ていくブランドや海外ブランドのものづくりを受けることにつながっていけば素敵ですね」
「WASHI-TECH」の目指す循環型アパレル事業が世界に受け入れられ、その輪が大きく広がっていくことに期待したい。
Photo: Sohei Kabe, WAKOH CO.,LTD.
Edit: Katsuhiko Nishimaki, Chiaki Kasuga / Hearst Fujingaho