sustainable
持続可能性

安全性と環境性、そして有用性のバランスを満たす製品を作り続ける――松山油脂

2024.06.14
「松山油脂」は、石鹸をはじめスキンケア製品やボディケア・ヘアケア製品といったデイリープロダクトの老舗メーカー。同社は「釜焚き製法の伝統を受け継ぎ、信頼される石鹸・洗浄製品を作り続ける活動」と「5つの『RE』の想いを込めて、石鹸等をアップサイクルする活動」、及びそれらの商品で「すみだモダン2022」に認定された。その取組はどのようなものか、墨田本社・工場を訪ねた。
左から、松山油脂・営業企画部の安川美土さん、古屋まり絵さん、生産部の鈴木陽子さん、下島 潤さん。

石鹸産業が盛んなすみだ生まれの「松山油脂」と「釜焚き石鹸」

丁寧に面取りされた「Mマークシリーズ」の石鹸を水にくぐらせ、手を洗う。穏やかに泡立った石鹸成分を洗い流すと、汚れはすっきり落ちている。ほかの石鹸との違いを感じたのはタオルで水気を拭いた後だ。まったく突っ張った感じがせず、むしろ洗う前より肌がしっとりしたのを感じる。「釜焚き石鹸」の実力に感動した瞬間だった。

「松山油脂」は1908年に、ここ東墨田の地で雑貨商として開業した。石炭商社を経て、石鹸づくりを始めたのは終戦の翌年、1946年のこと。物資不足で、とにかくモノが求められていた時代だった。

墨田区の地場産業のひとつに石鹸産業がある。同区は革産業が盛んで、石鹸の原料となる油脂が手に入りやすく、隅田川に直結する多くの水路があるなど、石鹸づくりに有利な条件がそろっていたからだ。「松山油脂」も、地域に根差した石鹸メーカーのひとつとして成長し、長らくOEM(他社ブランド製品の下請け製造)を手掛けていたが、1980年代に入ると安価な海外製品に押され、いつまで安定した受注が続くかわからない、という危機感をもった。

そして、1995年に自社ブランドを立ち上げる。昔ながらの「釜焚き製法」でつくる「釜焚き石鹸」の良さを前面に打ち出した「Mマークシリーズ」の誕生だ。以来、「松山油脂」は「釜焚き製法」(鹸化塩析法)と「脂肪酸中和法」(透明石鹸の製法)をコア技術としてものづくりを続けている。

ではいったい、「釜焚き製法」とはどのようなものなのだろう。その秘密を探るべく、「松山油脂」の墨田工場に伺った。

Mマークシリーズの「釜焚き石鹸」が作られる墨田工場へ!

町工場が多くものづくりの盛んなエリア、東墨田へ向かう。トラックやフォークリフトが行き交う路地を進むと、打ちっぱなしのコンクリートに木材とガラスを使用したモダンで温かみのある建物が見えてきた。ここは「松山油脂」の本社屋。大きな看板はどこにもなく、壁面にさりげなく「松山油脂」の文字が掲げられている。製品同様、シンプルで洗練されたイメージだ。

松山油脂の本社屋。

入口から廊下を通り、壁一面が窓になっている明るい会議室へ。工場見学はまず、この部屋で動画を視聴することから始まる。同社の石鹸と化粧品は、墨田と富士河口湖、ふたつの工場で製造されている。お目当ての「釜焚き石鹸」は、ここ墨田工場で作られており、富士河口湖工場ではその素地をもとにした機械練り石鹸や、透明石鹸、スキンケア製品を作っているそうだ。

松山油脂の富士河口湖工場。

「釜焚き製法」は、80年近く受け継がれてきた、こだわりの製造方法だ。この製法で作った石鹸素地の純度は98%で、余計な成分を加えなくても肌を洗うのに適した洗浄力になる。そして残り2%のうちの1.2-1.7%は、最も古い保湿剤といわれるグリセリン。グリセリンの働きによって、つっぱり感が和らげられて、しっとりとした洗いあがりにしてくれるのだ。

石鹸は原料の油脂と苛性ソーダの化学反応により生まれるが、手間も時間もかかる「釜焚き製法」で石鹸をつくる会社は減少し、現在では日本に数社しか残っていないという。

松山油脂の墨田工場。

「釜焚き石鹸」ができるまで

釜焚き石鹸を作っている墨田工場は本社の筋向いにある。牛脂やヤシ油、パーム核油などの天然油脂をストックしている「タンク」と「交流棟」の間を通り過ぎ、分厚いビニールのカーテンを開けて工場に入る。通路を進み階段を上ったら、その先はいよいよ松山油脂の原点、「釜場」だ。

「釜場」は、松山油脂で最も古い作業場で、ときに設備のアップデートを図りながら、創業以来休むことなく石鹸素地を生み出し続けている。

松山油脂・生産部の鈴木陽子さん。

「いらっしゃいませ! こちらの作業について説明をさせていただきます」

清潔に保たれた釜の前で、「釜焚き」を担当する生産部スタッフの鈴木陽子さんがにこやかに出迎えてくれた。

「松山油脂」が使用する釜のサイズは直径約2mの10トン釜。釜としては決して大きい方ではないというが、機械で測りきれない微妙な変化を実際の目で見て確かめ、即座に対応するのには最適なサイズだそうだ。

まずは天然の油脂を釜の中に入れ、加熱、攪拌(かくはん)しながら苛性ソーダを加えていく。そうするうちに油脂は脂肪酸とグリセリンに加水分解され、脂肪酸は苛性ソーダとさらに化学反応を進めながら、石鹸になっていく。これを鹸化(けんか)という。

「石鹸づくりは鹸化中の温度や苛性ソーダの加え方によって、釜の中の化学反応が左右されてしまう非常にデリケートな仕事です。そのため常に緊張感をもって作業にあたっています」。鈴木さんはこうして話している間も、常に釜の状態をチェックし、温度の調節をしている。こまめにコントロールすることで釜の中の油脂と苛性ソーダを化学反応させて、石鹸にしていくのだ。

続いて石鹸の純度を高めるために塩析(えんせき)という作業に移る。塩と水を加えて、石鹸と不純物を分離させる作業で、釜の上から泡生地、石鹸(ニートソープ)、下部に不純物の3層構造が出来上がる。

「塩析で石鹸と不純物をうまく分離させるためには、釜の表面を注意深く観察することが大事です。次の作業に移るタイミングの見極めには知識と経験が欠かせません。マニュアル化が難しく、職人技として代々受け継がれている感覚も必要です」

塩析の後は石鹸の純度を高めるため、静置(せいち)という釜の保温が行われる。24時間後に再び塩析をし、石鹸素地に仕上げるのだ。

塩析終了のタイミングでは、包丁のような形をした専門の器具で、石鹸の状態を 何度も確認。器具の表面についた繊細な石鹸の状態や、垂れ方を目で確認し、さらに釜の温 度調整を加えながら、石鹸を最上の状態に仕上げていく。

続いて「枠練り石鹸」を切り分ける「小切り室」に移動した。当日は富士河口湖工場から移送されたばかりの、「枠練り製法」で製造された透明石鹸の小切り作業に立ち会う事ができた。

固まった直方体の石鹸を枠から取り出し、何層もの木枠を重ねてゆく。その木枠の高さに沿って、石鹸を切り分けるのが「段切り」だ。二人の作業者がひとりずつステンレス鋼線の端と端を持ち、掛け声とともに息を合わせてスーッと引いていく。すると石鹸は一定の厚みがある板状の姿に切り分けられる。それをさらに棒状に切り分け、最後はそれぞれの製品にあわせたサイズに「小切り」していく。

この後、石鹸をすのこに並べ、7~20日ほどかけて乾燥熟成させる。ゆっくりと水分を蒸発させていくことでしっかり結晶化するので、溶け崩れしにくい石鹸になるのだという。

高品質な石鹸は、このように手間と時間をかけて生み出されていた。

開発からデザイン、製造、包装まで社内一貫でできる強み

すれ違う人とにこやかに挨拶を交わしつつ次の作業場へ。液体石鹸をボトルに注入する「液体充填室」や、限定品のギフトセットを梱包中の「包装仕上げ室」でも、様々な作業が行われていたが、雰囲気は明るく、それでいて作業はテキパキと行われていた。スタッフは次々と出来上がる製品を確認しながら、ボトルの蓋のズレや包装のヨレといった不良が少しでもあれば、素早くよけていく。

「松山油脂」では、企画開発からデザイン、製造、包装、出荷、品質保証までを社内で一貫して行うことができるため、スピード感のある製品開発が可能となっている。また、生産部と営業企画部との人事交流など、それぞれの仕事を理解する機会があることも、納期や作業性のすり合わせの一助となり、しっかりとした協力体制につながっているのだという。

5つのREの想いを込めたブランド「REES:PRODUCTS」

現代は、肌に合うものや刺激のないものだけでなく、その製品が自然環境と共生しているか、あるいは社会的課題の解決に貢献しているかということまで考えてモノを選ぶ時代。

「松山油脂」も、いま自分たちにできる新たな取り組みとして、「REES:PRODUCTS(リーズプロダクツ)」を立ち上げ、2022年より販売を開始した。このブランドの製品は、未開封・未使用のまま返品された製品のほか、キズや変形のため販売できない製品や、これまでは、製造過程でやむを得ず廃棄せざるを得なかった原料などを、無駄にすることなくアップサイクルしたものだ。

ブランド名に含まれる「RE」には、5つの想いを込めている。捨てるものを減らす「REDUCE」、何度も繰り返し使う「REUSE」、資源に戻して使う「RECYCLE」、生まれ変わらせる「REBORN」、そして、この取り組みを継続し、愛用してもらえる製品として育てるために、顧客の声を反映する「REPLY」の5つである。

石鹸の「小切り」作業時に生じる、製品とならなかった石鹸の断片も廃棄せず、集めて活用している。

「すみだモダン」応募のきっかけと「松山油脂」のこれから

「松山油脂」は、2010年にスタートした「すみだモダン」ブランド認証事業の第1回目の審査会で「Mマークシリーズ」が認証を受けるなど、「すみだモダン」との関わりも長い、墨田区を代表する企業だ。

認証から約10年経った頃、墨田区の「すみだモダン」の認証事業は、大きな変化を迎え、2021年から新たな認証事業は、その対象の中心を「モノ」から「活動」へとシフトしていった。

応募のきっかけについて、松山油脂・営業企画部の安川美土さんは次のように話す。

「墨田区で長く活動している自分たちの事業は、『すみだモダン』の新しい理念に合致する部分が多くありました。特に『釜焚き製法』など弊社が長年続けてきた技術の『独自性』、また、製品をアップサイクルしている『持続可能性』、この部分の活動について、私たちが普段行っていることを、改めて知っていただく機会になればと応募しました」

松山油脂・営業企画部の安川美土さん。

応募は「釜焚き製法の伝統を受け継ぎ、信頼される石鹸・洗浄製品を作り続ける活動」(認証商品:「Mマークシリーズ」)と「5つの『RE』の想いを込めて、石鹸等をアップサイクルする活動」(認証商品:「REES:PRODUCTS」)の2つ。審査の結果、「松山油脂」は応募した2つの活動と商品ともに、「すみだモダン2022」にブランド認証されることとなった。

特に「REES:PRODUCTS」の活動は、「一度流通したものは廃棄することが通例となっていることを課題とし、それらをアップサイクルして販売するという、新たな領域にチャレンジしている。280人以上の社員を抱える企業でありながら、存分に発揮されるスピード感とそれを実現する社員の意識改革などの取り組みにも触発され、追随する他事業者が出現することも期待できる」と、「すみだモダン」の審査会でも審査員から高い評価を受けた。

受賞後の変化について営業企画部の古屋まり絵さんが振り返る。

「自分たちが墨田区の事業者であるということを改めて認識するきっかけになりました。また、区内に住んでいる方々にも『松山油脂』を知ってもらえることにつながっていると感じています。昨年、隅田公園で行ったイベントでは、来場したお客様にも『知ってる! 知ってる! 墨田区の松山油脂さんでしょ』といったお声をかけていただくこともあり、そのような反響は、とても新鮮でした」

松山油脂・営業企画部の古屋まり絵さん。

また、認証を受けた事業者同士の横のつながりも貴重な収穫だったという。

「業種の垣根を越えて、新たな事業者さんや学生さんとのご縁ができました。地域の方々との交流も増え、何か次の取組につながるきっかけが生まれそうです」と安川さん。

安全性と環境性、そして有用性のバランスを満たすことを基本としながら、自分たちの製品を通して、日本と世界の人々のデイリーウェルネスに貢献するという同社の理念は、これからのものづくりにおいて普遍の指標となっていくだろう。

Profile or Company Data
松山油脂株式会社Matsuyama Co.Ltd.
ADDRESS: 東京都墨田区東墨田2丁目17番8号
TEL: 03-3613-1334
HP: https://www.matsuyama.co.jp/
Text: Masami Watanabe
Photo: Sohei Kabe
Edit: Katsuhiko Nishimaki / Hearst Fujingaho
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