“新たな活動を生み出すきっかけの場”を作るために
「すみだモダンコミュニティ」は、事業者やクリエイターが関わり合うことによって「新たな『すみだモダン』」(=活動)を生み出し、区内の産業やものづくりを盛り上げてもらえるよう、墨田区が提供する交流の場。
ここに参加できるのは、個人・団体・企業を問わず「すみだモダンの理念」に共感し、他の事業者と一緒に活動をしてみたいという想いがある人。ここでポイントとなるのは、参加資格者が墨田区内に限られていないということだ。
参加希望者は、「すみだモダン」の公式サイトから「すみだモダンコミュニティプロフィール登録シート」を提出する。登録が完了すると「すみだモダンオープンパートナー」の資格が与えられ、コミュニティでの活動を開始できる。
「すみだモダンオープンパートナー」は、このコミュニティを事業者の「問題解決と提案・自社PR」の場に利用したり、自主イベントの企画、催事・展示会への共同出展、他の事業者と共に新商品を開発したりするなど、それぞれに達成してみたいテーマを自由に持ち込むビジネスマッチングの場としても活用できる。また、区が提供する定期的な「イベントコミュニティ」や、事業者が主体となって墨田区がサポートする「テーマコミュニティ」への参加も可能となる。
参加者を限定せず外からの人も迎え入れる、という懐の深さは下町にある墨田区らしいユニークな取組だ。開放的なコミュニティとすることで、お互いに新たな刺激を得たり、貴重な情報に触れたりするチャンスも増える。そこから、より柔軟なアイデアが生まれ、事業者の共創から新たな活動がスタートするのを期待しているのだ。
イベントコミュニティとしての「すみだモダンコミュニティ」は、2023年2月28日に始動。同年12月までに第1回キックオフ(2月)、第2回SNSセミナー(6月)、第3回マーケティングリサーチ(9月)、第4回SDGsを経営に生かす①(10月)、第5回SDGsを経営に生かす②(11月)、第6回SDGsを経営に生かす③(12月)という6回のイベントを主催した。
しかし、ここまで続けてきて、見えてきた課題というものもあった。
「昨年までは企画から告知活動まで、完全に区の主導で行っていました。すると毎回参加してくださる方が決まってしまったり、人数が集まりにくかったりと、繋がりを作り出していく場であるにもかかわらず、限定的になってしまうという悩みがありました。テーマ決めに関しても、オープンパートナーの事業者さんにやってみたいことや知りたいことのアンケートなどをとってリサーチをしていましたが、なかなか苦労するところがありました」と話すのは、墨田区産業振興課の田中 響さんだ。
見えてきた課題をより良い形にしていくために白羽の矢が立ったのが、「すみだモダンフラッグシップ商品開発」プロジェクトを牽引してきたクリエイティブディレクターの廣田尚子さん(ヒロタデザインスタジオ代表、女子美術大学教授)だった。田中さんが続ける。
「新生『すみだモダン』に精通している方で、区の事業者さんと適切なコミュニケーションが取れる方を探していました。廣田さんなら、すみだ地域ブランド推進協議会の理事としても関わっていただいている方ですから適任です。是非ともということでお願いしました」
アップデートしたコミュニティイベント
廣田さんは3年にわたる「すみだモダンフラッグシップ商品開発」プロジェクトを通して事業者に丁寧に寄り添ってきた。細やかにコミュニケーションをとっていくうちに気づいたのは、参加者が非常に意欲的であるということだった。
「皆さんの意欲が、何かを発見したり、解決できる力を身につけたりするパワーの源となっているということに希望を感じていました。それだけに、事業者さん同士が繋がるなかで、ご自身たちのマインドを発酵させて温度を上げるようなことができれば、自分たちでやっていけることがたくさんあるのではないかと。いきなりモノを作るというステージだけではなく、コミュニティのような形で皆が繋がって、学び合い、語り合うことで、次への考えを見つけられる糸口になるのではないかと考えていたのです」
廣田さんが墨田区から相談を受けたのはまさにそんな時だった。
「墨田区には地元にクリエイターさんがたくさんいらっしゃるという特徴があるので、それを活かして皆さんが繋がり、温度が上がったらよいのではないか、というご提案をしました」
それが「すみだクリエイターズクラブ(クリクラ)」との協業だ。「すみだモダンコミュニティ」の事務局には、現在3名のクリクラスタッフが在籍し共に活動してくれるので、とても心強いと廣田さんは言う。
「どんな人にどんな話をしてもらうか、どんなことをやってもらおうかという企画を抽象的に立てた時、クリクラさんがそれをものすごく高い確度で具体化してくれるのです。みなさん広い人脈をもっていらっしゃるし、アイデアも豊富なので、とてもよい企画にまとまって話が進み、準備ができていると思います」
新しいイベントコミュニティの特徴となっているカフェタイムにも、クリクラの実力が遺憾無く発揮されている。
「地元の企業や事業者さんに美味しいものを持ってきていただいて、皆でそれを味わえば、場が和み楽しい時間にもなります。事業者さんにとっても美味しいものを知る機会となるので、そういった時間を作りたいという話をしたところ、クリクラさんはすぐにその日の企画にぴったりなイメージの、注目の飲食店さんを紹介してくれました」
確かに、美味しいものを食べると人は笑顔になり、会話も弾む。初めましての参加者も、この時間を境に緊張がほぐれ、和やかに名刺交換を行うことができそうだ。
課題となっていた人集めに関しては、まずキービジュアルを作ることから始めた。区が送信するメールでイベントの告知を行う際や、SNSで発信する際に核となるものだ。このビジュアルを見た人に興味を持ってもらい、行ってみようかなというきっかけを作り出す。
「やはり今の時代、皆さんお忙しいので、キャッチーなビジュアルでこういうことをやるんだとすぐに分かるものを作れば、文字だけで読むよりずっと記憶に残ると思います」
元となるデザインフォーマットは廣田さんが手がけ、背景の絵柄は毎号、クリクラ在籍のイラストレーターからその企画に適任の人が担当することになった。
「毎号すごく楽しく作ることができています。『やってみたいです』と言う方もいて、ここでも色々な機会が生まれています」と廣田さんは嬉しそうだ。
「最終的なゴールは交流をすることだと思います。皆で頭の中を突き合わせ一緒にワークをすることで、お互いに興味を持つようになり、何か新しいことが起きたらいいなと」
そのためにイベントコミュニティのコンテンツは、繋がりをもつための「交流会」と、皆で情報をインプットする「セミナー(レクチャー)」、そして皆で何かを考えたり作り上げたりする「ワークショップ」という3つの柱で開催していくことに決まった。こうして「すみだモダン」のイベントコミュニティはより参加しやすいものへと生まれ変わり、2024年6月に、リニューアル後第1回目のイベントコミュニティが行われた。
盛り上がりを見せた第4回「すみだモダンコミュニティ」
2024年10月17日には、4回目となる「すみだモダンコミュニティ」が開催された。今回のコンテンツはレクチャーだ。テーマは「【SNSで広げる地域パーソンとの絆】〜墨田区で起こったネット縁の事例〜」。講師はiU情報経営イノベーション専門職大学教授であり、久米繊維工業株式会社の取締役相談役、久米信行さんだ。久米さんは『メール道』や『ブログ道』など、早くからIT活用術の著書を手がけ、現在もFacebookやInstagramに多くのフォロワーを持つSNSの達人。会場となった墨田区産業共創施設(SUMIDA INNOVATION CORE)には、久米さんの話を聞こうと約40名の参加者が訪れた。
受付でこの日の進行予定表や久米さんへの質問票、イベントコミュニティへのフィードバックに欠かせないアンケートQRコード付きカード、水などが配られた。続いて交流用の名札カードに自身の名前(本名でなくてもOK)を記入し、首に掛ける。その細やかな配慮から、気軽にコミュニティに参加してもらい、その質を高めようという主催者の熱意が感じられた。
はじめに廣田さんから来場者へ、イベント参加のお礼と進行の説明があり、いよいよ久米さんの登壇となった。
世代間コミュニケーションに非常に重用なツールであるSNSを活用するためには「まず、クリエイター(参加者)が“勝手に観光協会”となって、自分が発見した地元の魅力を発信していきましょう。そうすればモテますよ!」という言葉を入口に、さまざまな事例を通してクリエイターがブリッジパーソンとして愛されるようになる極意が公開された。久米さんの心地よい美声と、穏やかで流れるような語り口、時折ジョークを交える講演は親しみやすくてわかりやすい。
情報を集める“脳のパラボラ力”や、地縁・血縁・学縁・社縁を超える“網縁(ネットで繋がる縁)”といった独自のワードとユニークな視点にぐいぐいと引き込まれ、1時間はあっという間に過ぎていった。大切なのはどんなことでも楽しむ心の余裕をもつこと。真面目にやることはAIにとても敵わないので、今後は働くように遊び、遊ぶように働ける人が21世紀のクリエイターとなる、といった話が印象的だった。
講演後も間髪を入れず質問の手が次々と挙がり、参加者の熱意が伝わってきた。
続いてはお楽しみのカフェタイム。スイーツは向島にあるバナナスイーツの専門店、BANANA FACTORYのケータリングだ。代表取締役の市村健人さんと大学時代の友人の2人で創業したこのショップは、昨年11月に7周年を迎えた。最初の2年は経営も苦しく2人が食べていくのがやっとだったが、その美味しさは地元の人の口コミで徐々に広まり、3年目からはメディアにも登場するほどの人気になったという。今回は一番人気のバナナパイを焼きたてで提供してくれたということもあり、会場は香ばしく甘い香りに包まれた。サクサクとした歯ざわりのあとに、バナナと餡子、クリームチーズのハーモニーが口いっぱいに広がる。
市村さんは「『すみだモダン』は以前から知っていたので、今回お誘いいただいてとても嬉しかったです。区内の事業者さんが集まる機会というのは自分で作ろうと思ってもなかなか作れるものではありません。今日はちょっとでもお店のことを知ってもらいたいですし、そういった方との繋がりを持てるというチャンスもあるので喜んで来させていただきました」と参加の経緯を話してくれた。
カフェタイムのあとは、進行表に沿って久米さんへのQ&Aコーナーが始まった。講演後のタイミングで参加者が書いた質問票から、いくつかの質問が選ばれた。
1日のうちいつSNSを更新しているかという問いに対しては、「感動した時に写真をとり、言葉が浮かんだ時に書き、好きな時間を使って投稿するようにしています。この時間にやろうと決めてしまうと締切のようになって自分のことを追い込んでしまい、却ってやることができなくなってしまうので」という回答だった。
SNSで発信することと、SNSで縁を深めていくこと、どちらがより大切でしょうか?という問いには、「このふたつは両方リンクしていると思います。大切なのは楽しみながらSNSをやるということです。人は3年続ければ脳がそれに慣れて結構色々なことができるようになり、10年続ければ呼吸しているのと同じくらい自然な感覚になります。SNSそれ自体が生活しているのと同義になり、楽しく感じてくるのです。発信しているうちに深まっていき、深まっていくとただ発信するということが心地よくなっていく。すると、仕事でSNSをうまく使おうという発想も消えてしまうでしょう。それくらいSNSと親和性をもって生きていくことができれば、結果的に縁を深めるような効果を生むと思います」と教えてくれた。
そのあとは、iU情報経営イノベーション専門職大学で久米さんのゼミをとっている学生たちによるプレゼンがあり、イベントはお開きとなった。
今回のイベントは、終了後にも、もっと話を訊きたいという参加者が久米さんを囲んで、活発なコミュニケーションがとられるほど大いに盛り上がりをみせた。
参加者の感想が示す満足度の高さ
今回、久米さんとのご縁でイベントに参加したという東商ゴム工業株式会社代表取締役社長の末永大介さんは「久米先生から具体的な事例を聞いて『本当に今まで自分は何をしてきたんだろうか』と、ちょっと怖さも感じるくらい、有難いお話が聴けました。でも、こんなにフレンドリーな会ならスーツなんて着てこなければよかったかな」と冗談めかして笑いながらこう続けた。
「スタッフの皆さんがそういう環境づくりをしてくださっているのだと思います。ここは参加者と気さくに縁を深められる、とても良いチャンスの場だと思います。今日はうちのスタッフも千葉の工場から出席してくれました。工場では日々生産性を考えて行動し、出荷作業に追われるという厳しい部分がありますが、こうした会に出席することで、その雰囲気を感じ取り次の仕事に生かしてもらえたら、僕としても嬉しいですね」
イベントコミュニティには1回目から参加しているという吉田テクノワークス株式会社のマーケティング本部営業一部部長兼The Molding Shop次長、小宮山俊和さんは、「参加するたびに色々な発見がある」と語る。
「自分はもう管理職の立場で、仕事もBtoBのため、特定の方とばかり付き合うこととなり、思考もそこで止まってしまいがちです。それだけにこうした交流会で事業者さんと繋がれることは個人的にすごく嬉しいのです。みなさんの考え方やマインドがすごく参考になりますから。そしてこの会にはなるべく職場の人を呼ぶようにしています。今回はSNSがテーマということで、うちの会社のSNS 担当者に大阪から参加してもらいました。ここで何かしら感じ取ってもらえたらと思っています」
登壇者の久米さんにもお話を訊くことができた。すると、さまざまな職種の人が気軽に集まることができる今回のようなコミュニティはとても意義があるとエールを送ってくれた。
「今日来てみたら、クリエイターの方や昔からある企業の後継者の方、新しく墨田区にいらした方など色々な方がいらっしゃいましたね。半分以上が新しい人だったのが印象的で、より多くの人が気軽に参加できる感じだったのがとてもいいなと思いました。私は年間何十回も講演していますが、まず、こんなにたくさん質問は出ないです。それはやっぱりそれぞれが何かしらの目的を持っていたり、出会いを求めての参加だったということです。今回のようなコミュニティができると、そこから派生して何かが始まるのではないかという楽しい予感があり、ワクワクしています」
これからの「すみだモダンコミュニティ」
久米さんの予感どおり、コミュニティイベントを通して新たな事業がスタートしそうだという報告もある。それは第2回のワークショップから派生した。その会のカフェタイムで洋菓子を提供した地域の洋菓子店のオーナーが、ワークショップにもメンバーとしても参加し、テーマである売れ残り商品の廃棄問題について話し合っていた。この問題は地域の洋菓子店にとっても悩みどころで、同様に困っているところは多いと知ったメンバーは解決策を話し合った。そしてメンバー内の事業者が所有するキッチンカーを使って、区内の事業者から集めた賞味期限が近い商品を売ってみよう、という具体的な企画にまで話が進んでいるというのだ。
廣田さんは「ミーティングの議題は、現在を解剖して見えてきた課題を未来に向けて解決するようなアイデアを出してみようというワークショップだったのですが、『実現したら素晴らしいな』という動きが出てきて嬉しいです」と喜びを語る。
こうした展開に結びついた背景には、クリエイターと事業者がフラットな関係でともに参加する、という特徴的なメンバー構成がある。
廣田さんによれば、今の時代、クリエイターはただ「ものづくり」の部分だけで仕事をするのではなく、企業のマネージメントやブランディング、経営といったところから事業者に寄り添い、その流れのなかで自分が得意としている仕事をした方がいいと考えている人が多いという。そのためイベントコミュニティのワークショップに参加し、企業の困りごとを皆で解決するという体験は、クリエイターにとっても自分の仕事に活かすことができたり、ここで出会った事業者とその続きをやってみたりと、さまざまな機会が生まれる元になるのだ。
「どちらも同じような立場でアイデアを出し合えることこそ、本来の姿だと思うのですが、なかなかこうした場でできることではありません。ところがみなさん、下町ならではの軽やかさで、とても積極的に参加してくださり、フラットな立場で一緒に考えてくださいます。墨田区らしい展開ですよね」と廣田さん。
墨田区産業振興課の田中さんも「墨田区をベースに活躍しているクリエイターの方々が、こうした企画に入ってくださる例は、他の区でもなかなか類を見ないことだと思います。みなさんそれぞれに、事業者さんと一緒に仕事や商品開発をされてノウハウもあるので、事業者さんとの距離がすごく近づいたなっていう感じはしますね。昨年はこちらが提供する一方向でのセミナーが多かったのですが、クリエイターさんがファシリテーター的役割を担ってくれることで、以前よりみなさん活発にお話をされるようになり、双方向のイベントになってきたかなという印象です」と手応えを感じている。
最近は「すみだモダンコミュニティ」イベントの評判を聞きつけ、区外からの参加者や個人のクリエイター、デザイナーの参加者も増えているという。
最後に廣田さんが今後の抱負を語ってくれた。
「今後は特に事業者さんに限らず、学生さんや、今は子育て中でお仕事をお休みしている方など、いろいろな立場の方にご参加いただいて、多面的な意見を得ながらこの場を作っていきたいです。コンテンツを楽しみながら繋がりを作ることで、新しいプロジェクトが生まれたり、助け合いやサービスがスタートしたり、『仲良しになって未来が見えたわ』ということがあったらすごく素敵なことですよね」
Photo: Sohei Kabe
Edit: Katsuhiko Nishimaki / Hearst Fujingaho