「革童プロジェクト」のキックオフパーティーが開催
2023年10月13日、「やさしい革の博物館」(山口産業株式会社)は墨田区内の皮革産業に携わる人々でにぎわっていた。集まったのは、原皮を供給する会社から、薬品会社、タンナー(革なめし業)、デザイナー、各種皮革製品のメーカーまで約60名。中心となっているのは「すみだモダンコミュニティ」のなかでも活発に活動中の「革童プロジェクト」のメンバーたちで、この日行われたのは「世界で一番やさしい革の街づくりに取り組む『革童(かっぱ)』の発表会・工場直売会」の前夜祭だ。会場には、害獣として駆除された動物の命を最後まで無駄なく使い切るために、その皮を利活用して生まれた各社の革製品などが展示され、野生のイノシシ肉から作ったカレーパンや燻製、鹿肉のソーセージといったジビエのおつまみがふるまわれた。
「革童プロジェクト」は山口産業の山口明宏代表取締役社長が発起人。荒川や隅田川といった一級河川が8本も流れ、水利に長けている墨田区では、100年以上にわたり皮革産業が営まれてきた。しかし近年は輸入品に押され、区内の事業者は減少の一途。危機感を抱いた山口さんは区の産業振興課にその思いを吐露した。
「カッパっていうのはそもそも『河童』って書きますよね。河のほとりの葦の茂みに潜んでいる妖怪の河童。革童の参加メンバーはみんな、妖怪でこそありませんが、河童のように普段は人前に出てこない企業ばかりです。そして実のところ、墨田区の100年産業である皮革業界を支えているのはOEMの受注など普段は人の前に出ない下請けの企業なのです。それだけにいざ自分たちでブランディングし、何か製品を作って華々しく販売しようと思っても、なかなかすんなりとはいきません。そこで、こうした事業者の主に2代目、3代目が、業界の事業者同士で連携を取ったほうがいいのではないかと思いました。事業を継続し、これから墨田区の産業を守っていくうえでも連携を取らないのはもったいない。みんなで集まり知見を交換し合えば、この産業は再び盛り返せるのではないでしょうか」
「すみだモダンコミュニティ」で集まった「革童」メンバー
その思いを聞いた墨田区は、山口さんに「すみだモダンコミュニティ」での活動をすすめ、会議室を提供、広報を使って告知を行った。
墨田区が運営する「すみだモダンコミュニティ」は、事業者の共創を通じて「すみだモダン」にふさわしい「活動」が生まれることを目指して作られた仕組みで、ビジネスマッチングの場や、講演会にセミナー、交流会といったイベントを開催したり、事業者間のコミュニティの場を提供したりしている。誰にでも開かれたコミュニティであるため、ほかの事業者とつながりを持ちたいという思いがあれば、個人であれ、企業であれ団体であれ、しかるべき区の審査をパスすれば参加が可能だ。
実際、今回紹介する「革童プロジェクト」へも、皮革産業の後継者だけでなく、繊維業界や鋳物業界といった異業種からの応募があった。
山口さんは、第1回の集まりに参加した人々に向けてこう語った。「職人たちの生活基盤を残し、先代から学んだ技術を次世代につなぐために、一歩ずつでも未来への行動を起こしましょう。 私たちにしかない強みを再認識し、日本、そして世界中の発展に向けて、これからの"100年産業"への挑戦をしていきましょう」
山口さんの熱い思いに10社近くが賛同し「すみだモダンコミュニティ」内での「革童プロジェクト」がスタートした。そうして開始から約3カ月を経た現在、すでに10回近くの意見交換会が開かれている。
「革童プロジェクト」に参加を決めた経緯
意見交換会とはどのようなものだったのか、会場に来ていた若い事業後継者のお二人に話を聞くことができた。
「始まりは『すみだモダンコミュニティ』から送られてきた『皮革産業の方必見』というタイトルがついたメールでした。『山口産業さんがこのようなプロジェクトを始めるので、共感する人はぜひ会議室にお越しください』という内容です。私は山口さんとは2年ほど前に別のプロジェクトで知り合っていました。そのときから感銘を受けていたので、ぜひまた何か一緒にやりたいと思っていました」と語るのは谷口化学工業所の谷口弘武さん。
「当社では北海道で害獣指定されているエゾ鹿の油脂を使って、 レザーケア用品を作っておりますが、ちょうど今回、山口産業さんの『革童プロジェクト』というものが、害獣駆除された動物の命を余すところなく使い切るために、墨田区の皮革産業が一丸となって行動し、その意識を日本全体に広めていくための活動であることを知り、非常に共感したのです」
マルヨシの丸山圭太さんは、祖父が創業した皮革製造所に5年前に入った。ペット用の首輪やリードの新商品開発の際、環境に配慮した革素材を探していたところ、クロムや薬品を使わない、自然由来のラセッテー製法で皮をなめしている山口産業を知り、取引が始まった。今回のプロジェクト参加は山口さんからの声がけがきっかけだったという。第1回のコミュニティに参加したところ、「フロンティアすみだ塾」17期で一緒だった谷口さんと再会し、共にプロジェクトのメンバーとなった。
同じ目的のもとに事業者同士がつながるメリット
「今は、目的のために何をしていこうかと練っている段階です。ひとつ見えてきたのは、動物の皮から始まって、それが最終的にプロダクト、弊社で言えばレザーケア用品に変わったりするので、このような革を使ったモノづくりの一連の流れをプロジェクトのなかでお見せできるということです。これはまさに、皮革産業に携わるさまざまな事業者が集まっているからこそ可能なのだろうと」と谷口さん。
丸山さんが続ける。
「山口社長が革童を通してやりたいことは、『一連の流れを見せる』ということだと思います。これをするために、まず革というものをどうやって知らない人に伝えていくかが課題です。正直、僕も業界に入っていなかったら興味を持たなかったと思います。会合は1回2時間前後くらいで、お茶やコーヒーを飲みながらホワイトボードに課題を書いて雑談しながら進んでいきました。課題解決のためにワークショップをやってみよう、ジビエの肉を仕入れて焼いてみよう、といった活発なアイデア出しが行われました。メンバーは墨田区の事業者同士ではあるのですが、僕は谷口さん以外ほぼ初めましての方ばかりでした。『フロンティアすみだ塾』で区内にさまざまな事業者があることを知り、フラットに相談できる仲間ができたことはかなり大きな収穫だと思っていましたが、『すみだモダンコミュニティ』で同じ業界の事業者さんと知り合ったことで、より深い話ができるようになったと感じています」
「自分は昔ご一緒させていただき、ご縁がある方もいらっしゃったのですが、商売を通して付き合いがある事業者さんは区内にそれほどいませんでした。今回、物理的に近い場所でつながることができたおかげで、腹を割って話し合えるようになったというのはあるかもしれないですね」と谷口さんも同意する。
山口さんが「革童プロジェクト」に込めた思い
会場はさらに熱気に包まれ、いよいよ山口さんの挨拶が始まった。
「みなさまこんばんは。 今日は『革童』発表会にお集まりいただきましてありがとうございます。メンバーには創業者の方もいらっしゃいますが、この業界で2代目、3代目の人が集まっています。100年産業である『墨田区の皮革産業』ですが、近年は安価な輸入品に押され、仲間がどんどん減ってきております。このままではおそらく、次の世代に受け継いでいくことができなくなってしまうのではないか――こうした危機感のなか、僕らがこの先の100年をどのように作っていくべきかということを、墨田区にも協力いただいて、みんなで討議しております。メンバーの事業者さんは長年やっていくうえで景気が悪いときでも生き残っていらっしゃる企業さんですので、 何かしら特徴があります」
「ほかの企業と違う理念や得意技があるみなさんだけに、それぞれとても強い個性をお持ちです。そんななかでコミュニティとしてみんなでまとまって頑張るためには、何かひとつテーマを決める必要があります。そこで考えたのが駆除した後に捨てられてしまう皮の利活用でした。年間100万頭以上駆除されているうちの10%がジビエになっています。大体10万枚です。 その10万枚を僕ら墨田区のものづくりの力で全部使い切ってみようじゃありませんか。 そんな新しい商品文化を作ってみようという、まさに今日は、キックオフの日になっております」
まずはCOLOBOSのデザイナー山内康揮(やすき)さんがトップバッターとなってロゴマーク考案の秘話を語ってくれた。
「ロゴマークは3つのパートからなっています。ひとつめは革童のロゴですが、これは左右対称を生かして直線で表現してみました。作っているうちにこの漢字が何か地図っぽい碁盤の目の道路のように見えてきて、そういえば墨田区は碁盤の目のような道路が多い地域だなと思ったり。真ん中は海外に向けてPRするための英語のステートメントです。右側は墨田区の形なのですが、これも見ているうちに革の端切れのように思えてきて、なかなか面白いのではないかと。これから先の100年に向かって進んでいき、目標に向かってジャンプできるようなアクセントにしました」
個性あふれる参加事業者による自己紹介
続いて「革童プロジェクト」参加メンバーの自己紹介が始まった。
「65年前に祖父が革手袋製造所を創業し、その後は革のベルトなどを作っていました。私で3代目になります。現在は首輪やハーネスといったぺット用品を作っておりまして、社長である父と私で昔ながらの、家内制手工業でやっております。皮革業界は高齢化がかなり進んでおります。私は革童の信念にも共感したのですが、この活動を通して若い方、欲を言うと20代の方々に、ものづくりや皮革というものに興味を持っていただけたらと思っています」(マルヨシの丸山圭太さん)
「革童のメンバーとしては異業種の鋳物屋で、革のバックルなど、小さい鋳物を作っているメーカーです。 今回のチラシでは、鋳向屋(いなたや)というブランドの名前で出させていただいていますが、直接お客様に届けられるようなものを作りたいという思いで、ブランドを出させていただきました。今回のプロジェクトでは、弊社の鋳物とジビエの革を利用し雑貨系の製品を作りたいと思っています」(別府鋳工業の別府英彦さん)
「弊社の社名には化学という文字がつくのですが、主には靴クリームを作っているレザーケアメーカーになります。『ライオン靴クリーム本舗』という製品を販売しており、今年で創業113年目を迎えます。そもそも113年前に靴磨きなんかやっていたのかと、跡を継いでいる私もびっくりしているような話なのですが、その歴史をひもとけば、1904年に日露戦争が起きて、それをきっかけに今まで下駄や足袋を履いていた日本人が『こんなに丈夫に足を守れる素材があるのか』と軍用ブーツを履くようになったのだそうです。ただ一点、革には乾燥してしまうとすごく硬くなってしまうという弱点がありました。とてもじゃないけれど素足で履けないということで、私たちのようなレザーケアメーカーが、革を綺麗にするというよりも、柔らかくするという目的で始めたのだそうです。現在は靴磨きのあり方も随分変わってきていて、日々のお手入れというよりは、趣味趣向品に変わってきています。弊社では2020年ぐらいから、このケア用品に『自然から作ったシリーズ』という形で、害獣指定されてしまった動物の油脂をアップサイクルした製品を追加しています。今回革童に参加させていただいて、メンバーのみなさまと一緒に貢献できる働きをしたいと思うと同時に、レザーケアや靴磨きの文化を後世にも広めていきたいと思って参加しております」(谷口化学工業所の谷口弘武さん)
「ミノウラは、アパレルの副資材や自動車内装用のパーツ、ヘルスケア商品を製造する繊維関係の企業です。私の部署はOEMで縫製を行っており、あまり表に名前が出るような会社ではありません。今回『すみだモダンコミュニティ』で山口社長が立ち上げた害獣駆除の原皮を利活用するというプロジェクトに興味を持ち、参加させていただくことになりましたが、共に行動することで、ミノウラという名前を、より多くの方に知っていただければと思っております」(ミノウラの本間脩一さん)
「当社は皮革製品のメーカーですが10年位前から『アウトオブキッザニア』というかたちで子どもたちに鞄づくりを教えています。革童は童と書きますが、私も小さい子どもたちに本物の革の良さや大事に使い続けることの大切さを伝えています。この活動は『すみだモダン』に認証されてはいるのですが、利益的なところではまだまだです。そこに山口さんが真剣にあと100年持つ何かをやりたいと話すのを聞いて、一緒にやれたら面白いのではないかと思い、ちょっと覗かせていただいている次第です。山口さんは熱い思いを持った人です。今はまだ手探りであっても興味を持った人たちが集まってそれに賛同してくれた人が入ってくれたらいいなと思っています」(大関鞄工房の大関敏幸さん)
「先代の頃から『作れないものはない、革で作れるものはなんでも作る』という思いでやってまいりました。興味が湧けばなんでも作ります。今、私自身が着用している『『あな』がないベルト』は、理に適ったとてもいい商品なんですよ。こんな便利な商品があったのかというのを、ますます多くの人に広めて認知してもらいたいと思っています。私は今72歳なのですが、まだあと5年は頑張ろうと思ってまいますので、どうぞよろしくお願いいたします」(二宮五郎商店の二宮眞一さん)
山口さんが続ける。
「墨田区には『すみだモダン』というとても素晴らしい事業がありますが、その開始当初から関わられているセメントプロデュースデザインさんにもお越しいただいています。墨田区だけでなく、日本中のものづくりをサポートしてきたお立場からひと言、頂戴できればと思います」
「私どもは自分たちを『デザインプロデュース会社』と呼んでいます。全国各地の伝統工芸や地場産業といったものづくりをされている事業者様と一緒に商品開発や販売を行っているからです。先ほど山口社長から、墨田区の場合は、動物がいるわけではないですけれども、逆に言うと、全国の皮革の産地とのつながりがあり、仕入れた原皮を革にして製品化するところまで一貫して区内でできるのだというお話をお聞きして、まさにものづくりのまちであると改めて感じています。今日のみなさまのお話からも、革という素材ひとつを取っても、いろいろなジャンルがあり、製品があるのだということを実感しているところです。今日お越しになっているみなさまにもこの機会に、ぜひご挨拶させていただきたいと思っております」(セメントプロデュースデザインの亀﨑美穂さん)
これからの「すみだモダンコミュニティ」が持つポテンシャル
ちょうど参加者の自己紹介が終わり歓談に入ったとき、山口さんからこのプロジェクトの今後について話を聞くことができた。
「『革童プロジェクト』は、僕が言いだしたことですが、そこからまた分化していろいろなコミュニティができたらいいと思っています。 例えば谷口さんであれば、靴クリームのYouTubeをアップされていますよね。今日も拝見しましたが素晴らしいんですよ。きちんとそこに投資をしながらやってらっしゃるし、そういったことに興味を持ったメンバー同士でコミュニティを広げていくこともできるでしょう」
『すみだモダンコミュニティ』は墨田区外の事業者でも参加できるシステムなので、区内の企業が中心になって、それがどんどん外に伝播して、自由に広がっていくのもいいと思うのです。『革童プロジェクト』は産業を継続するというところに焦点を当てているため、闇雲に大きくしてまとまりがなくなったり、誰かがトップに立たなければいけないような状況は避けたいと考えています。今回は言いだしっぺの僕がこうして挨拶をさせてもらったりしていますが、次は丸山さんや谷口さん、そしてみなさんが先導役になってくれればうれしいなという感じで進めています」
「やっぱり、自分の会社を100年また続けていくのは、すごく大変なことなんですよ。そこに立ち向かおうとしている人がこうして何人も集まってくれたということが一番心強いです。みなさん時間を割いてでも来てくれて、試作品も全部自費で作っています。ただ、やはりそのままではいけないので、きちんとビジネスとして長く継続していけるモデルをみなさんと一緒になって考えていきたいと思います」
果たして、「革童プロジェクト」はどのような活動を行っていくのだろうか。また、その熱量はどのようにほかに伝播し、新たなムーブメントへとつながっていくのだろう。そのポテンシャルは無限にある。今後の「すみだモダンコミュニティ」からも目が離せない。
Photo: Kazuhiro Gohda, Sohei Kabe
Edit: Chiaki Kasuga / Hearst Fujingaho