「フロンティアすみだ塾」の卒業生、小髙 集さん
伝統的な技術を守りつつも、時代とともにそのあり方を柔軟に変化させてきた"すみだのものづくり"。現代を生きる職人たちを支えたのは区が 2004年に開講した「フロンティアすみだ塾」。卒業生の小髙 集さんも塾での学びを生かして新しい可能性を拓いたひとりだ。
「フロンティアすみだ塾」は墨田区の地域産業の次世代を担う若手人材の育成を目指す私塾型のビジネススクールです。自分はその4期生として参加し、1年間、様々な分野の若手経営者たちと一緒に、ビジネスのあらゆることを学びました。
その頃は祖父が創業した「小髙莫大小工業」というメリヤス屋を継いで、経営を任されて2年目くらい。つくっていたのは襟や袖といった服のパーツでしたが、2000年を過ぎた頃にはパーツ製造が中国に移管され始め、2005年頃には経営が難しい状態に陥ってしまいました。
とにかく自社で何かつくって売ろうと考えたのですが、父がワンマン経営者だったこともあり、会社にはみんなでアイデアを出し合うという気風は皆無。自分ひとりでニットのボックスティッシュ入れとかブックカバーとか、とにかく色々つくったんですが、まったく売れない。
そんなとき小学校からの親友に「フロンティアすみだ塾」をすすめられたんです。受講料は1年間で 10万円。毎月1回、様々な分野の専門家が授業をすると聞いたのですが、何を教えてくれるのかそのときはよく分からなくて、10万円かぁ......って感じですよね。でもひとりでは八方塞がりでしたから、それにかけるしかないと。奥さんに頭を下げて受講させてもらいました。
同期は 14人いて、みんな異業種でしたが、多くは同じ悩みを抱えていました。ここに仲間がいた......という感じで、とにかく安心感がありましたね。授業はもちろん、異業種の仲間から教えてもらうこともたくさんあって。
僕は大学出てすぐに繊維業界に入ってますから、ほかの業界では当たり前のビジネスモデルなんかも全然知らなくて。「B to C」なんて言葉もそのとき初めて聞いたくらい(笑)。ファッション業界は今でこそネット通販が当たり前ですが、IT 化がすごく遅かったんです。
でもこれからは「B to C」の時代だと。お客さんに直接売れるものをつくろうと、改めて強く思ったんです。
「自分で切り拓いていこう」という勇気
でも、いくら塾でビジネスモデルや販路開拓のノウハウを学んでも、どんな商品をつくるかという具体的なアイデアは自分で考えなくちゃいけない。
そこで四苦八苦していたとき、偶然、青森で布草履をつくっている職人さんから、草履に使う余り布をゆずってくれないかという電話がかかってきたんです。残反を提供したらお礼に手編みの布草履が送られてきたんですけど、それがなんとも言えない履き心地のよさ。
それで一緒に商品開発をしてもらうことにしたんです。試作品をネットで販売したら、すぐ完売。たしかな手応えを感じて、本格的に商品化に乗り出しました。
でも、展示会の審査に全然通らなくて、販路開拓がうまくいかない......。価格に関しても、当時は3600円くらいで販売していたのですが、手編みにかかるコストを考えると本当は7000〜8000円が妥当。
なると、やっぱりそこには付加価値が必要になるんですね、つまりブランディングです。それでデザイン会社に相談したら、商品コンセプトからカタログづくりまで30万円かかると。今考えればすごく良心的な値段だと思うんですけど、当時は「デザイン」というものをよく分かっていなくて、「高い!」と思ったんです。
でもそこはもう清水の舞台から飛び降りる覚悟でお願いしました。そしたら面白いほどうまくいって。ブランド名の「MERI- メリ」もそのとき生まれたもので、ブランド名やデザインに北欧テイストを盛り込むことで、ターゲット層である40代女性を取り込むことに成功しました。
これは後になって分かったのですが、僕がつくっていたカタログがパソコンでベタ打ちした色気も何もない資料で、それじゃあいくら商品がよくても展示会の審査に通らないんですよね。デザイナーさんがつくったカタログだとスムーズに審査に通って(笑)。それまで知らなかった「デザイン」の力を思い知った経験でした。
その後は軌道に乗り、2014年には両国にファクトリーショップ「MERIKOTI」と成田国際空港にも直営店をオープン。布草履とセットで使える指割れ靴下のブランド「TUTUMU- ツツム」もスタートし、売り上げはブランドを立ち上げた 2012年から5倍以上に伸びました。
「フロンティアすみだ塾」を卒業して12年経ちますが、今でも同期で集まることはあります。コロナ禍でも、ものづくりをする仲間とのつながりがあることは何より心強い。それも「フロンティアすみだ塾」で得た収穫のひとつです。
あとはやっぱり「自分で切り拓いていこう」という勇気。一歩踏み出すきっかけをもらえたからこそ、今の自分があるんだと思っています。
Photo: Kasane Nogawa
Cooperation: Hearst Fujingaho