100年以上も前から販売されていた靴クリームとは
「ライオン靴クリーム」は、遡ること114年前、1910(明治43)年から販売されている靴クリームの超ロングセラーブランドだ。当時の商品は一体どのようなものだったのだろうか。
製造元である「谷口化学工業所」の5代目代表取締役社長、谷口弘武(ひろむ)さんによれば、靴を磨くためというより、革を柔らかくするためのクリームが、その始まりだったという。
「1904(明治37)年の日露戦争期に軍用ブーツが使用されたこともあって、日本に革靴の文化が本格的に入ってきたそうです。当時の革靴や軍用ブーツに使われていた革というのは、とても頑丈で足を守ってくれるものであった半面、乾燥すると非常に硬くなってしまうため、かえって足を痛めてしまうという難点がありました。そこで初代、高原奥右エ門氏が川邑春松氏の協力のもと革を柔らかくする専用の靴クリーム“ライオン靴クリーム”を開発し、日本全国で販売するようになったのです」
ところが第二次世界大戦が始まり戦況が厳しくなると、戦火の危険が迫る下町での操業は難しくなってしまう。谷口さんの曽祖父である2代目社長の谷口 浄(きよみ)さんは、親戚のいた京都への疎開を決意。そこに工場を構え、大切に持ってきた靴クリームの調合表をもとに事業を続けた。
1948(昭和23)年、焼け野原となってしまった蔵前に戻り、工場を新設。戦後は人口の増加に伴い靴を履く人も増え、靴クリームを扱う店舗の数も飛躍的に伸びていった。1950(昭和25)年には大阪工場を新設。1951(昭和26)年、2代目社長と次期3代目社長の谷口嘉清(よしきよ)さんのときに組織を株式会社化し、「谷口化学工業所」が誕生した。さらに1953(昭和28)年には墨田区に東京新工場を構え、来る高度経済成長期にはこれらの工場がフル稼働することになった。
現在東駒形に立つ工場は、かつて「谷口化学工業所」の社宅であった場所だという。以前の工場より敷地も広いということで、今から約30年前に本社兼工場として建てられたものだ。
「靴クリームづくりは料理に似ています」
社屋の上階にある工場を訪ねると、最初に梱包エリアがあった。スタッフの女性たちは製品を検品しながらクリームが乾く前に手際よく蓋をして箱に詰めていく。続く部屋にはさまざまな原料が所狭しと並んでいた。
例えばカルナバワックス。これはブラジルのカルナバヤシの若葉から精製してできたロウで、非常に光沢が得られるため車のワックスにも使われている。靴に輝きを与えるものとして欠かせない素材だという。ほかにもシアバターや椿油、松脂を精製したテレピン油といった天然由来の原料が置かれており、ここでクリームの効果やテクスチャーの違いを試しているとのこと。納得できる製品を生み出すため、たゆまぬ研究努力が日々行われていることが伝わってきた。
その奥は原料を溶かすエリアと、完成した靴クリームを容器に注ぐスペースが広がる。大きな寸胴の前に立った谷口さんは「僕は靴クリームづくりはなんとなく料理に似ているなと思うんです」と笑った。
「まずは、さまざまな原料をレシピをもとに調合します。次にそれを鍋に入れて熱を加えます。続いて攪拌(かくはん)しながら溶かしていくのです」
そうして出来上がったとろみのある靴クリームは、最後に容器に注がれる。
「一般には機械で充填されることの多い靴クリームですが、当社では職人が3回に分けて注ぐ『三度注ぎ』をします。靴クリームは固まるまでに時間がかかり、1回で注いでしまうと表面から固まり乾燥と収縮が始まるために、中央がへこんでしまうのです。そうならないよう、上注ぎ(うわつぎ) を施します。当社で100年以上受け継がれてきたこだわりの技法です」と秘訣を教えてくれる谷口さん。
二人のスタッフが、先を温めた充填器から、規則正しく並ぶ容器に次々と製品を流し込む。配合や気温、湿度などで固まり方は変わってくるのだが、熟練したスタッフはそうした条件を見極め、絶妙なタイミングで注ぎ足しを行っていく。こうして艶やかで美しい靴クリームが誕生するのだ。
老舗企業を継いだ若き経営者の奮闘
谷口さんは、いかにして老舗企業の若き経営者になったのだろうか。
「幼い頃から、何かちょっといいことをすると祖父母から『こりゃ大物経営者になるぞ』と褒められていました。ちょっと洗脳みたいですけど(笑)。台東区の小学校に通っていたのですが、ほとんどの子の親が飲食店や商店をやっているという環境でした。ですから僕自身も『日本初の靴クリーム屋の息子』、というアイデンティティが嬉しくて、幼心に跡を継ぎたいという気持ちが芽生えていたように思います」と谷口さん。
漠然と抱いていた将来像だったが、現実として向き合ったのは経営学を専攻していた大学生のときだった。
「就職活動のタイミングで初めて、自分は本当に跡を継ぐのか、それとも全く違う自分の人生を生きるのかと真剣に考えました。そして、継ぐ可能性があるのであれば、最初に就く仕事は家業に戻ったときに還元できる内容がいいなと考えました」
そうして選んだのはIT業界の営業職だった。ここで5年研鑽を積んだのち、2017年に「谷口化学工業所」に入社する。そのとき、高度経済成長期とはあまりに違う、業界の右肩下がりの現状に愕然としたのだった。
「靴クリームが売れなくなってしまった要因は大きく3つあると考えています。1つ目は、これはイメージしやすいかと思うのですがスニーカーの台頭です。スニーカーが一般的な履物になるにつれて、革靴を履く人が少なくなりました。2つ目は人工皮革、合皮のクオリティが格段に高くなったことです。見た目だけではちょっと判断がつかないくらいのものもありますよね。3つ目は時間に追われる現代社会の中で靴磨きの習慣が減ってきたことだと思います」
谷口さんは自社分析を進めるなかで、自社製品が、いかに手間をかけ誇りをもって作られているかを改めて知った。
「これだけ良い製品なのだから、なんとかその良さを発信したいと考えていたところ、『すみだモダン』を知り、2017年度の公募に申請しました。ところが、そのときはものづくりのストーリーや製品のデザインも含めてまだまだ課題があり、残念ながら認証には届かなかったのです。この結果を受け入れ、自分たちの会社を整えてからいつかまたチャレンジしようと考えていたとき、その申請書をたまたま見てくださった墨田区の経営支援課の方が、『こんな会社があるんだ』と、わざわざ会社まで訪ねて来てくれたのです。そのとき『フロンティアすみだ塾』という後継者専用のビジネススクールを紹介してもらいました」
「フロンティアすみだ塾」で得た学びを生かして
こうして谷口さんは第15期 の「フロンティアすみだ塾」に入塾する。メンバーは区内の事業後継者ばかりとあって、業種は違えども同じような課題を抱えた者同士、肚(はら)を割って話すことができたという。
「一番大きいのは、モチベーションが高い人たちが集まる環境に身を置けたことで、自分が変わる機会をもらえたことだと思います。景気の問題はいろいろな業界が影響を受けますが、それに立ち向かってどんどん成長していこうという人が多かったので、刺激を受けました。他社を知ることで、自社のいいところや変わらなければいけないところに気づくこともできました。また、みんなの悩みどころは意外と近く、同じ対応方法でうまくいくことがあったりと、メンバーのチャレンジがすごく参考になったのです」
ちなみに「フロンティアすみだ塾」は卒業後もOB会のような集まりがあり、同期とは今でもつながりがある。現在、谷口さんはその副代表を務め、さらに実践的な考え方を学んだり、自身の体験を伝えてこれから参加する塾生をサポートしたりしている。今後も残すべきだと考えた自社の良さは「手仕事」であると、「フロンティアすみだ塾」での学びで改めて気づいた。
「近年は機械化やDX(デジタルトランスフォーメーション(*))で効率性を高めようということがたくさん言われますが、手作業のなかに想いを込めるというのは、機械にはできないこと。手作業だからこそできることを大事にしていきたいと思っています。また、中小企業ならではのアットホームな雰囲気も社風として残していきたいです」と谷口さん。
(*)デジタル技術を活用して企業を変革し、その優位性を高めること。
手作業の1番目の利点は小ロット生産が可能ということだ。原料や香料など細かな配合のオーダーであっても柔軟に対応できる。そのため、既存品ではなく自社オリジナルのレザーケア製品をもちたいブランドからの発注が引きも切らないという。
「靴クリームメーカーとして知っていただくことが多いですが、我々は皮革製品全般のケア用品を作っています。例えば野球のグローブやサッカーのスパイク用クリームなど、表向きは名前が出ていないのですが、実は市場の製品で関わらせていただいているものは増えてきており、靴業界ではないお客様とのつながりも多くなりました」
手作業の2番目の利点は仕上がりの美しさだ。先に述べた「三度注ぎ」の技法で完成した製品は、蓋を開けたときから違う。表面は滑らかで艶があり、美しく、品格さえ感じられる靴クリームとなる。
不易流行の精神で臨んだ社内改革と事業承継
一方、変えるべきこととして、昔ながらの販売管理システムの刷新や販売ルートの見直しについて、当時4代目の社長を務めていた父、谷口 潔(きよし)さんに提案した。
「父も職人気質なので、話にならないこともたくさんあったのですが、丁寧に説明を繰り返すことで少しずつ理解してもらったと思います。父の言っていたことで、私もすごく肚落ちしたことがありました。システム化というのはすごく重要な要素でありながら、絶対正義ではないということです。システム化したことで、今までずっと働いてくれた方の仕事がなくなってしまいます。では別の仕事をしてもらったらいいという考えになりがちですが、それをずっとやってきていただいた方が突然新しい仕事に順応できるかというとそうではないんですよね。だからその方の定年を迎えてからシステム化していくべきだという父の意見は、その方の雇用を守る意味でも大切なことだと感じたのです」
「古くからやっている会社だからというのは言い訳にならないかもしれませんが、実は就業規則自体があやふやで、定年という考え方自体ありませんでした。父の優しさもあったと思うのですが、働きたい間は働いてもらうということで、会社としてはとても高齢化しており、効率性も生産性も下がってしまっていました。そこで私が就業規則を作って、会社としてのルールを整えながら、定年が見えてきた方の仕事はシステム化していきました」
そうやって少しずつ今の体制に近づけていくなかでやってきたのがコロナ禍だ。世の中にリモートワークが浸透し、靴を履いて外に出る人は激減した。こうした事態がいつまで続くかわからないという状況だったが、谷口さんは墨田区の職員からかけられたある言葉を思い出す。一気に効率化を図ることをせず、今まで働いてきた仲間を大切にしながら改革を進める姿勢は、中小企業だからこそ可能な柔軟な対応で、同社の温かな社風を感じる。
「『御社は“不易流行”という言葉が似合いますね。良いものは残しつつ、変えるべきものは変えていくチャレンジ精神です』というようなことを言っていただいて」
それならば、今だからこそできることをする、とこの機会を前向きにとらえた谷口さんは、少しずつ始めていたシステムやそれ以外の部分での見直しに着手。そうして、大切なところは残しつつ、変えるべきところは大きく変えていった。
同時に事業承継も進めていったという。
「2人とも同じ方向を向いているのに、やり方が違いすぎて反発を受けることもありましたが、自分の信じる道が未来につながっているという強い気持ちで進みました。会社の中で、代表である父に意見を伝えられるのは自分の立場しかないということも含めて議論を繰り返しました。それが少しずつ伝わって、父の勇退のきっかけになったのではないかと思います」
成分と香りにこだわった「自然から作ったシリーズ」の誕生
谷口さんが「自然から作ったシリーズ」の開発に着手したのは2019年のこと。まずは「東東京モノヅクリ商店街」という団体で、デザイナーとのマッチングによる新たな商品開発企画に参画した。
良いものを作るのは当たり前、それがどのような背景で作られ、どういった想いが込められているのかを見て商品が買われる時代にあって、商品の背景やストーリーを重視した製品を作りたいと考えていたからだ。そこで出会ったデザイナーから、SDGsについて詳しく教えてもらい、今後絶対に必要となる考え方だと強く共感した。
「もうひとつ、ちょうど2020年に最初の子供が生まれ、彼らの未来に対して、製品としても、会社としても、微力ながら貢献していきたいと思いました」
谷口さんは、このシリーズのテーマを一番わかりやすく伝えるためには、何の油脂を使っているのか、どういう香りがするのか、の2点が非常に重要だと考えた。そこで、父、潔さんや工場の製造メンバーのアドバイスを受けながら、水から調合を行い開発に取り組んだ。
「弊社のレザーケア用品はもともと自然由来のものが多かったので、逆に自然由来ではないものをリストアップしてみて、それに代わる自然由来のものを使った場合にきちんとケア用品として成り立つのか、という視点で原料を探しました。そんなとき、『昔はこれを使っていたよ』など、職人さんが覚えていて教えてもらうことがたくさんありました。ただ、昔は使っていたのに、今は使っていないという原料は、規制が変わって使えなくなったという理由のものもあり、この作業はレザーケア用品の沿革を知ることにもつながりました。すごくニッチな業界なので調合方法はどこにも載っていません。試作と失敗を繰り返しながら、気に入っている面を残しつつ、気に入らない面をどうカバーするかを研究して、少しずつ完成に近づけるだけです」
例えば「自然から作った革用ジェル」には、のびやかな塗り心地を実現するために羊の皮脂腺の分泌物であるラノリンが使用されている。高い抱水性があるため、水と油を浸透させるのに優れた効力を発揮するからだ。
また、エゾジカ脂は、製品の質の向上に加え環境保全の観点から採用したという。害獣駆除されたエゾ鹿の肉はジビエなどに利用されるが、その際にとれる油脂も利活用することで、いただいた命を使い切ることにつながるというわけだ。
もうひとつ「香り」を重要と考えた理由について尋ねると、「当社の製品は、もともと有機油剤のツンとくる臭いを抑えた製品づくりをしており、その点を気に入ってくださるお客様も多かったため、香りはキーポイントになると考えていたのです」との答えが返ってきた。
製品の特徴となる香りは、日本の精油専門の調香師が在籍している「キャライノベイト」という会社に相談。完成した香りには、日本製であることを表現するためのヒノキ精油、歴史を表現するためにかつて日本刀の手入れに使われていたという丁子油(クローブの精油)のほか、レモンとジンジャーの香りを加えてバランスをとったという。
6年越しの夢だった「すみだモダン」ブランド認証
端正な桐箱に入った「自然から作ったケアセット」から、「自然から作った靴クリーム」を取り出してみる。蓋を開けると、爽やかな香りがふわりと立ち上ってきた。
まるでエステサロンにいるかのような香りは、靴磨きの時間をたちまちいやしの時間へ変えてくれる。谷口さんの「靴磨きは自分磨き」という言葉どおり、その時間を大切に過ごすことにつながるような心ニクイ仕掛けだ。
「この商品テーマによって、もとも と靴磨きをしていた人というよりは、靴磨きが気にはなっていたものの、何を使えばよいかわからないという人に興味をもっていただくきっかけになったと思います」と谷口さんは手ごたえを語る。
そして2023年、満を持して「すみだモダン」に再チャレンジするタイミングが訪れた。新生「すみだモダン」はその認証をモノから活動へと焦点をシフトしていたので、谷口さんは「自然から作ったシリーズ」で取り組んできたことを自信をもって記入し、申請することができた。
その結果、「シアバターやミツロウ等自然由来の原料から、革製品全般に使えるジェルやクリーム等を製造するとともに、それを使った手入れ方法をワークショップで広めていく活動」が、「業界最古の靴クリームメーカーとして、製法へのこだわりは守りつつ、サステナブルと環境保全を意識した活動を首尾一貫して実践している」という点で評価され、見事認証の運びとなったのだ。
6年越しの目標を達成した谷口さんは、認証の喜びと今後の抱負を次のように語ってくれた。
「自分たちが良いと思って進んでいる方向性が認証されたことで、周りの方から見ても良いと思っていただける活動だったのだと自信をもつことができました。弊社が靴クリーム、レザーケアメーカーだと知ってくださる方たちも、具体的な商品まではご存じなかったかもしれませんが、認証を受けたことで、どういうものを作っているレザーケアメーカーなのかを知っていただけるようになったと感じます。今後はせっかく『すみだモダン』の認証を受けたので、その認証の価値をもっと高められるように、一事業者として頑張っていきたいと思います。そのためにまずはどんどん販売を増やして自社の売り上げにつなげていかねばなりません。そこは『すみだモダン』というブランドの力をお借りしながら推進していきたいです」
守るべきところは守りながら、「自然から作ったシリーズ」で新たなチャレンジに挑む谷口化学工業所が、「すみだモダン」の認証をどのように生かして、不易流行の歩みを続けるのか、今後も期待していきたい。
Photo: Sohei Kabe
Edit: Katsuhiko Nishimaki / Hearst Fujingaho