co-creation
共創性

「大企業×町工場」。注目のマッチングが歩む現在地——芝崎合金鋳造所×TOTO

2023.01.20
2021年に発足した「すみだモダンフラッグシップ商品開発」は、サポートする陣営に経営デザインを得意とするデザイナーのほか、大企業に所属するインハウスデザイナーも参画しているのが特徴だ。誰もが知る住宅設備機器の製造メーカー、TOTOの2人のデザイナーは運命に導かれるように墨田区の砂型鋳物の芝崎合金鋳造所と出合い、ともにプロジェクトを推進することになった。今期いちばんアットホームな雰囲気を持つチームの商品開発はどのように進んでいるのだろう。
芝崎合金鋳造所の三代目の芝崎竜太さん。

三代続く砂型鋳物の町工場が抱えていた悩み

代々受け継ぐ砂型鋳造の技術

東向島の路地の突き当たりにたたずむ小さな町工場。芝崎合金鋳造所(以下芝崎合金)は1947年から続く砂型鋳物の工場だ。

砂型の原料は水を含むと粘土質に固まる細かいパウダー状の砂で、窓枠や梁に雪のように積もった白い砂が、工場の歴史を物語っている。聞こえてくるのは流し台に置かれたラジオの音のみという静かな工場の中では、三代目の芝崎竜太さんが溶けたばかりの真鍮を黙々と流し込んでいる。水を含んだ砂型からは次々と蒸気が立ち上り、芝崎さんはしたたる汗を拭う。一連の作業が終わり芝崎さんがひとつの砂型を割り崩すと、中から金色に光る鋳物が姿を現した。

商品ラインアップと現在の課題点

芝崎合金の主な製造品は工業系のパーツやトロフィーの取手、小物入れや置物など多岐にわたり、それぞれ小ロットの生産がメインだ。父の工場に就職した16年前は、3人で懸命に作業をしても追いつかないほど忙しかったが、発注が海外へと流れるに従い、注文は徐々に先細りになっていった。

芝崎さんは悩んでいた。「このままでは工場を維持していくことができず、次の世代に技術や文化を残していくことができない、何か方法はないかなと。前職で高級時計の輸入販売をしていたので、こだわって作られる品物には興味がありました。そこで工芸やアート系にシフトしたものを小売りして利益率を確保しようと全国の催事や展示販売会に出展し、独自にデザイナーを探したりしていたのです」

「すみだモダン フラッグシップ商品開発」の募集を知ったのはそんなときだった。芝崎さんは思い切って応募することにした。

TOTOチームのプロジェクトへの参画

TOTOのデザインチームの安河内遼樹さん(左)、大江満里さん(中)と芝崎さん(右)。

社内デザイナー育成の一環

住宅の水まわり製品で知られるTOTOは約3万7,000人(2022年3月末現在)が勤める大企業だ。そのデザイン本部では、デザイナー教育プログラムの一環として「すみだモダンフラッグシップ商品開発」への参加が検討されていた。そこにはコロナ禍で外での学びの機会が減った社員たちに、社外とのコミュニケーションを通して新しい経験を積み、スキルアップにつなげてもらおうという狙いがあった。

選ばれたのは、入社5年目で墨田区在住の経験もある安河内遼樹さんと、彼の上司で入社30年目の大江満里さん。安河内さんを担当デザイナーに据え、大江さんは今までの知見を生かしてディレクションという関わり方でこのプロジェクトへの参加が決まった。

芝崎合金鋳造所の砂型鋳物の工場。

社外プロジェクトという未知の領域

「私たちは弊社組織の人間で、個々の社員が業務の一部分を担ってチームワークでひとつのものを作り上げていくという役回りです。そんな自分たちが、今までやってきたスキルをこのプロジェクトでどんな風に反映していけるかがチャレンジングな部分ではありました。そのために事業規模の違いや、事業者の方の操業方法や創業ルーツの違いを深く知る所から始まった印象です」と大江さん。

その言葉どおり、TOTOチームのこのプロジェクトへの熱量は高かった。プログラムの一環として、応募した事業者の様子を実際に見学に行く機会が2日間あったのだが、 TOTOチームは参加事業者を少しでもよく理解するため、両日とも朝から晩まで参加し、自分たちが関わる可能性のある企業をじっくりと見て回ったのだ。

プロジェクト参加が決まった当時、墨田区に住んでいた安河内さんは「ここ数年、コロナ禍の影響もあり社外に出る機会がなかったので、ワクワクしました。普段見られないところが見られて興味深かったですし、自分が普段散歩で通っていたところに、こういう事業者さんや工場があったなんて!と新しい発見がありました」と、感慨もひとしおだ。

TOTOと芝崎合金鋳造所、運命の出合い

下町の工場は異世界

初めての事業者見学会で芝崎合金を訪れたときの感想を大江さんは次のように語った。

「芝崎さんのところは看板からして雰囲気があって、アプローチを抜けると別世界が始まるようでした。うわぁすごい! 都内にこんな趣のあるところがあるの?って」

「僕は生まれたときからここがあったから、その感覚がわからないんですよね(笑)」と芝崎さん。

いよいよ企業同士のマッチングというとき、「TOTOチームには決めていたことがあった」と安河内さんが教えてくれた。

「弊社と全く違う分野の事業者さんをみて面白そう!と興味が湧く部分は沢山ありましたが、面白さだけでパートナー企業を選ばないようにしました。“自分たちのルーツを活かしながら出来ることがあるか?”その視点をまず大切にしようと決めていました」

その結果、TOTOと芝崎合金がともにプロジェクトに取り組むことになった。

「マッチングは本当にドキドキしましたね!『相思相愛の企業さんがいらっしゃいましたよ』ってお見合いみたいでした」と大江さんが笑う。

芝崎さんは「ダメ元で試しに応募してみようという感じから始まったので、まさか自分が大きい会社とつながりを持てるとは思いもよりませんでした。ですがお二方とはワークショップでご縁があったし、運命的な材料の話もしていたので」と、そのときを振り返る。

工場で見つけた“つながり”

芝崎合金で製造しているのは真鍮の鋳物だ。銅と亜鉛の合金である真鍮の鋳造にはインゴット(金属製品のもとになる塊)と併せて、家庭などで使われていた水道の蛇口やパイプといったスクラップも使用している。出来上がった真鍮の形を整える際に削り落とした真鍮も、釜に溶け残った真鍮も、溶かして次に使うことができる循環型の工業といえる。ちなみに砂型用に使用している粘土質の砂も水で固めているだけなので、乾いたらすぐに崩して繰り返し使えることを考えると、砂型鋳物は究極のサステナブルと言えそうだ。

あるとき工場を訪れていた大江さんは、そのスクラップが積まれた山を見つけた。ひとつを何気なく手に取って見てみると、そこにはなんとTOTOの刻印が! 「役目を終えた自分のところの製品が、芝崎さんの工場で新しく生まれ変わっていると知ったときは感動しました」とそのときの興奮を語ってくれた。まるで見えない糸が引き寄せ合ったかのような瞬間だった。

まずは芝崎さんを理解することから始めよう

チームの役割分担と第一歩

そのような縁もあったからなのか、メンバーの人柄なのか、このチームにはとても和やかで家族的な雰囲気がある。

そんな彼らがまず取り組んだのは、今何を作りたいか、気になるプロダクトのイメージやキーワードを各自が持ち寄る作業だった。

「重みを生かしたもの」あるいは「ついつい触りたくなるもの」「心が落ち着くもの」など、さまざまなアイデアが出たが、それはすべて、全員が同じ方向を目指せるようにするために必要な大切なプロセスだった。

芝崎さんが参加する催事場の様子。

販売現場の視察と市場リサーチ

安河内さんはそのとき芝崎さんの「僕は基本として催事で売れるものを作りたい、それには商品のラインアップを増やしたい」という言葉を聞き逃さなかった。「催事ってなんだろうというところから始まって、最初は芝崎合金鋳造所を理解するために活動を」ということで、TOTOから先ず安河内さんが、千葉の催事場に足を運んだ。どの場所にあるとどのような客層が訪れ、どういった商品が好まれるのか、その現場をつぶさに見ることができた。

芝崎さんの仕事を理解する一環としてさらに、安河内さんは芝崎合金鋳造所の製品の一覧表作成を芝崎さんに依頼し一緒に会社の製品を俯瞰で眺める作業を行った。その結果、同社で製造している小売向け製品は86種類もあり、分類も多岐にわたって煩雑な状態にあることがわかった。芝崎さんが一覧表を作成しているあいだ、安河内さんは他社ブランドの鋳物や、今売れている商品の動向調査も行っていった。そうした数々の作業で芝崎さんに必要なことが見えてきた。それは生活の中に取り入れやすい商品を仕掛けることや価値伝達までしっかりブランディングしていくことだった。

大企業のアプローチ法を丁寧に伝授する理由

ものづくりのプロセスを一緒に

「将来的には商品が生まれた背景など、ひとつひとつにストーリー性があるものができればよいなという話をしていました。芝崎さんが自信を持ってストーリーを語ることが出来れば、ご自身が今まで販売していたものとはまた違った付加価値となり利益をもたらすかもしれません」と安河内さん。

芝崎さんは「何からやればいいのかを質問しながらでしたが、優しくわかりやすく大事なことを教えてくれて、私がやりやすいようにしてくれたんだなと。今までは分析するということなんてなかったですから」と感謝を述べる。

「我々としてもコンサルティングが本業ではないので、手法の押し付けになってもいけないし、自分達の感じたものが、他業界で通用することでもないかもしれないんですが」と言う安河内さん。

すると大江さんがこう付け加えた。「フラッグシップ商品を作るという目標が最終的にはあるんですけれども、普段我々のような業態の企業はこういうプロセスを踏んでこういうふうにコトを進めているんですよと、“手法を紹介する”私たちのミッションもあったので参考になればという想いでした。きっと今までは違うアプローチでされてきたと思いますが、一度体験していただいて、いいところは使ってもらえたら」

芝崎さんのペースに合わせて

個人で仕事をしている人がリサーチに時間を割くのはなかなか難しい。そのあいだ工場の稼働がストップしてしまうからだ。

「さらに月の三分の一は催事に出られている現状では、こうした他社分析の時間はほぼ取れないと思います。それでもこの先オンラインショッピングが中心になったりして、いずれ時間が取れるようになったときに、我々との経験があれば、やってみようと思えるかもしれないと思って」と安河内さん。

催事を通して絞り込まれた商品モデル

芝崎さんが催事に参加した岩手県盛岡に、大江さん、安河内さんも同行。盛岡では、南部鋳物や鉄器メーカーの工場を全員で訪れ、リサーチを行った。

東北の催事で見つけたヒント

週2時間のオンラインミーティングと時間が限られていたこともあり、課題はなかなか進まなかった。2022年の4月に入り、今度は大江さんも一緒に、全員で盛岡の催事に集合することになった。東京から福岡県北九州市の本社に異動したばかりの安河内さんは、なんと九州から現地にかけつけたという。催事の翌日は他社分析も兼ねて、南部鉄器の老舗「釜定」や鉄器メーカー「岩鋳」の工場を訪れることにした。これをきっかけに、お互いの距離がぐっと縮まったそうだ。

「釜定さんは先代のデザインを踏襲しているのですが、今見てもすごくモダンで、こんなものづくりができないかなって。岩鋳さんはすごく規模が大きい会社で、見学のラインや、多くの商品が並ぶショールームを見学させて頂きました。ものづくりの現場を外から見ることで共通点や相違点を知れたのは学びになりました。チームで行けたのもよかった。1人だったらできなかったと思います」と芝崎さんは振り返る。

こうした催事に参加したことで、売れるものやユーザーイメージの絞り込みができるようになった。6月にはTOTO社内で収集しているデータも参考にしながら、再びアイデアを出し合う。

絞り込まれる商品イメージ

7月にはそのアイデアが淘汰され、真鍮の性質や機能に着目した商品に絞り込まれてきた。まずは砂型の有機的な表情を生かして水の表情をモチーフにしたお香立てと、銅を含む真鍮の抗菌作用に着目した水中オーナメントを作ってみることになった。

精度を出すために3DCADを使用して型を設計し、3Dプリンタで出力。それを原型モデルにして鋳造で試作。データで作ったモデル品と、出来上がった試作品を実際に見比べてみる。すると、砂型という手法の得手不得手がわかってきた。例えば、砂型鋳物はあまりに背が高いと湯(溶けた真鍮)が型の隅々まで行き渡らず崩れてしまうし、正円はどうしても歪みが出てしまう。そしてざらざらした手触りは味わい深く、有機的なデザインにも向いていそうだ。試行錯誤を重ね、鋳造技術とデザインの関係を皆で体感していった。

「すみだ水族館」とのコラボレーションでさらなるブラッシュアップを

TOTOの3Dプリンタで、形状を試作。砂型鋳物で、特徴がどのように出るか検討するサンプルとして使用した。

販売ルートとしての新しい発見

販売する商品のイメージが見えてきたところで、本プロジェクトの総合クリエイティブディレクターである廣田尚子さんとの意見交換が行われた。いわば、よりよい商品に仕上げるためのブラッシュアップだ。そのとき、本プロジェクト発足当時からコラボレーションの提案を受けていた「すみだ水族館」での販売の可能性も改めて鑑みることになった。真鍮という素材とのマッチングで水族館と関連づけられる商品にはどのような可能性があるのだろうか。

3Dのサンプルから、さらに真鍮を使った砂型鋳物のサンプルを作り、形状、風合いの出方をチェックする。

ヒアリングからさらにイメージを深掘り

そこでまず、すみだ水族館とのディスカッションが行われた。水族館側としては、購入する側には必ず理由があるので、その理由づけとなる商品が希望とのことだった。真鍮に含まれる銅の抗菌作用を活かしたアイデア、重みや手触りを活かした想い出になる雑貨のアイデアなど、いくつかのアイデアが上がった。

アイデアディスカションを重ね、「水生生物をモチーフとしたい」「鋳物のパーツを組み合わせて小さな景色を創れる構成はどうか」「TOTOと芝崎合金鋳造所、2社の企業イメージからモチーフを想起してはどうか」コンセプトの軸を決めてゆく作業が現在進んでいるところである。商品化へ向けたプロジェクトはこれからが本番だ。

プロジェクトのこれからに向けて

精度を高め、ゴールはもうすぐ

「関係者の皆様と話し合いをするなかで意見のすり合わせもできたので、ようやく皆で目指すべきゴールが見えてきました。ここからは、商品のデザインに加えて提案の精度もさらに突き詰めていかないと。芝崎さんにも鋳物の完成度を高めてもらう必要がある大事な局面です。クリエイター同士、お互いの役割を分担して進めていきたいと思います」と、この先のゴールに向けて意欲的な安河内さんが頼もしい。

最後に芝崎さんにこのプロジェクトの感想を伺ってみた。

「TOTOさんのお二方が、小さな町工場に興味を持ってくれて、 私自身や私の活動を深く知ろうとしてくれたことがとてもうれしく、お二方と一緒に気持ちの込もったものづくりをしたい!という思いが強く育ちました。二人ともお人柄が楽しくて。初めての経験でしたが、お二人じゃなかったらこうはいかなかった、お二人でよかったなと感じています。このような場をつくってくださった墨田区の皆さまをはじめ、関わってくださる方々への感謝の気持ちを持って、このあとも楽しく商品開発していけたらと思っています」

アットホームなこのチームがどのように難局を乗り切り、2023年3月の発表にたどり着くのか、その成功を祈りたい!

Company Data
芝崎合金鋳造所Shibazaki Gokin Chuzosyo
ADDRESS: 東京都墨田区東向島6-26-13
TEL: 03-3611-5489
HP: https://www.rbrass.com/
  https://www.tokyoimono.com/
Profile
TOTO株式会社TOTO LTD.
HP: https://jp.toto.com/

安河内 遼樹Haruki Yasukochi

2018年入社 第二デザイングループ所属
中国向けの洗面化粧台デザイン等を経て、現在は公共で使用される商品(バリアフリートイレなど)のデザインを担当。

大江 満里Mari Oe

1991年入社 第一デザイングループ所属
現在はマネジメント業務をメインに活動。過去にウォシュレットやシステムキッチン、システムバスなどのプロダクトデザイン、商品プロモーション、デザイン戦略、CMFデザイン※等を担当。
※CMF…C:Color,M:Material,F:Finishの略。商品の表層意匠
Text: Masami Watanabe
Photo: Sohei Kabe
Edit: Katsuhiko Nishimaki / Hearst Fujingaho
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