すみだの水辺を彩るおしゃれスポット「東京ミズマチ」と「すみずみ」
川沿いに続く遊歩道に、水辺特有のやわらかな風が吹き抜ける。視線を上げると、その先には東京スカイツリーがさんぜんとそびえている。ここはドラマチックな写真が撮れる、とっておきのエリア「東京ミズマチ」だ。川沿いにはコミュニティ型のホステルや新業態のレストラン、スポーツ施設、カフェなどが連なり、下町の新たな魅力を発信している。
墨田区産業振興課が、この場所に3年間の期間限定で産業支援施設「SHOP&WORKSHOP すみずみ」(以下、すみずみ)をオープンさせたのは2020年7月のこと。
ものづくりを通じて地域のブランド力を向上させ、産業の活性化を図るため、2009年から始まった「すみだ地域ブランド戦略」の一環として「すみだの新たな産業プロモーションの方法を検証する社会実験の場」を設けたのだ。
1階は「すみだモダン」に代表される区内商品を中心に、地域性にとらわれることなく品質やデザイン、ストーリー性に優れた商品を販売するスペース、2階はものづくり体験を中心としたワークショップや地域コミュニティの交流を図るイベントスペースになっている。
モノとコトの両面から「ものづくりのまち すみだ」の魅力を広く世界に伝えるための施設であると同時に、この取り組みから今後、区が行う産業プロモーションの方向性を見極め、課題や解決策を見出す社会実験の場という役割も担ってきた。
ここに来れば欲しい何かが見つかる、そんな期待を裏切らない商品構成で、地元の消費者のみならず旅行者にも人気のスポットとして親しまれてきた「すみずみ」だが、当初の計画どおり2023年3月で運営を終了した。
約3年にわたる「すみずみ」の実験的な取り組みを、墨田区産業観光部産業振興課の篠塚裕太主任と、この施設の立ち上げから参加し、ショップの企画運営を担当してきた伊藤忠ファッションシステムの高 久美さんに振り返ってもらった。
「すみずみ」誕生の経緯
このプロジェクトがスタートしたきっかけは、「すみだモダン」の認証事業が10年という節目を迎える2019年で一区切りつけると決定し、産業振興課が今後のあり方について模索していた2018年の会議だった。
「これからどんなふうに産業振興をプロモーションしていけばよいのか、検証していかなければという話が『すみだ地域ブランド推進協議会』の理事の方々から上がっていました。場合によっては施設をつくり『すみだモダン』専門ショップでやっていくというのもひとつの手ではないかと。そこへタイミングよく『東京ミズマチ』という新たな複合商業施設ができるなかで、テナントの一画を区が借り受けられるという話が上がってきたのです」と篠塚さんが振り返る。
墨田区ではすでに、一般社団法人墨田区観光協会が「東京ソラマチ」で「産業観光プラザ すみだ まち処」(2022年3月閉館)というアンテナショップを運営していたが、「ミズマチ」との大きな違いはそのロケーションだ。路面店を構えることで地域に根差し、地元の人々とのつながりを強化したい、また、東京スカイツリー以外の場所への観光客の流れを誘導したいという狙いもあった。
「いかにも行政がやっているという雰囲気を払拭した、行政主導ではやりにくいこともできる画期的なショップにしたいということで、ものづくりから小売りまで、豊富な知見をもっていらっしゃる伊藤忠ファッションシステムさんにコンセプトづくりの段階から入っていただいたのです」
高さんが続ける。「私たち伊藤忠ファッションシステムは、長くアパレル中心としたブランディング、マーケティングを手がけてきましたが、今はアパレル単体では売れなくなっています。『海外のブランドは素晴らしい』という時代でもなくなって、私たちの仕事もファッション雑貨やホーム雑貨をはじめ、スキンケアや食といった広い商品カテゴリーへとシフトしています。数年かけて東京都の伝統工芸の仕事を担当していたこともあり、このプロジェクトには違和感なく入らせていただきました。しかも墨田区の担当の方は、事業者さんの現状や強み弱みをすべてご存じなので、私たちはどちらかというと、路面店としてどう集客し、小売りとしてどう成り立たせるかという部分に注力することができたのです」
プロジェクトは区と伊藤忠ファッションシステム、そしてすみだ地域ブランド推進協議会を構成している有識者を交えて進められた。「すみずみ」のネーミングやロゴ、ショップの見せ方からデザインプランまで、実に多くのアイデアが検討され、かなり細かい部分まで真剣勝負で議論がなされて決定したのだと高さん。
「墨田区の産業を良くしたいと本当に思っている方たちが集まる協議会だからこそ、議論が活発だったのでしょう。『たまたま仕事を引き受けてしまった』『やらなければ』ではなくて、理事の皆様も有識者の皆様も自分ごとと思って言ってくださったので、かなり一緒につくらせていただいた感があります」
自治体らしからぬ魅力的な商品構成が可能となった理由
オープンした「すみずみ」の特徴について、篠塚さんは次のように教えてくれた。
「普通アンテナショップというとその自治体の産品しか販売しないのですが、ここではそれに限らず『地域のものづくり』というテーマで展示販売をしてきました。『すみだのものづくり』に限らず、『日本のものづくり』の素晴らしさを知っていただける場にしたかったのです。理事会のなかでも『すみだモダン』とは何だろう、という話が出てくるなかで、それは確かに墨田区の産品ではあるけれど、ものづくりにとっては単なる行政区画であって、実際にこの地域のものづくりは隅田川を中心に発展してきた歴史があるなと。ものづくりに墨田区や台東区、江東区といった境目はありません。当初から、そういったことを具現化して伝えられる施設にできたらという考えがあったのです」
本来、自治体が運営する以上は地域の人たちに利益を還元していかなければならないため、他地域の産品を扱うことは難しい。しかしこの施設は3年間の期間限定で『新プロモーションのあり方を検証する実験施設』という役割をもつことで、これまでにないさまざまな企画にトライすることが可能だったのだ。
そのために高さんたちはどんなことを考えたのだろうか。
「通常、店舗を立ち上げる際にはターゲットを決め、ユーザー像をつくりますが、この仕事はいつものマーケティングではないと感じていました。観光客と地元の方の両方に来ていただかないと集客にならないというところが、一番意識したところです。幅広い方に来ていただくためにいろいろな企画展示販売を計画し、『すみずみ』の役割である『つたえる』という活動が続けられるように企画に盛り込んでいきました。区の仕事というよりは、完全に小売りとしての感覚です。お客様とどうコミュニケーションをとっていくか、どうアピールしていくか、というところを重点的に考えましたね」
考え抜かれた企画内容と魅力満載な商品ディスプレイ
「企画自体は当初毎月やっていたのですが、月に1回だと『もう終わっちゃったんだ』『商品をよく見る前に終わっちゃったね』というお客さんが多かったのです。月イチで企画が変わってしまうと商品の定着が難しいのだと分かってからは、2カ月ごとの企画に変えました」と篠塚さん。
取材をした2023年1月は、ちょうど「富山×すみだ 〜大切にしていること」という企画が開催中だった。ものづくりで知られる両地域とも、職人が技を大切に受け継ぎつつ、デザインの力を取り入れ、現代のライフスタイルに合った商品があり、その優れた手仕事を世界へ広める努力を惜しまない、という共通点がある。
店舗は鋳物、塗り物、木、紙物、ガラスというように素材カテゴリーごとに展示がなされ、それぞれの個性が際立つディスプレイになっており、思わず手に取ってしまうようだ。
このディスプレイを考えたのが高さんだ。
「商品展示の場を可動式にするというのはマストで、企画ごとに什器を動かして変えています。販売の責任者にも、売れるもの、売れないものを見極めて、スペースだけとっているものは下げてもらうなど、常にお客様の動きを見ながらフレキシブルに対応していただきました。3年間のうちに、購入にまで至るのは、雑貨やデザインが好きな30代40代の女性ということが分かってきました。店づくりは、そういう方たちにとって見やすく、居心地よく、ゆっくりと話をしながら買い物ができるような方向へと徐々にシフトしていきました。この『変わり続けていくショップ』という点も、『すみずみ』の実験的な取り組みのひとつです。オープン当初はターゲット層は幅広くという方針だったのですが、実際買ってくださる方たちを意識しながら商品を据える、というふうにスタッフも意識を変化させながら運営してきました。3年間やったからこそ、このショップのキャラクターが見えてきたのだとすごく感じます」
2カ月に1度、新企画で店内を模様替え。企画実施は計19回に
3年で開催した企画展示販売はなんと19回。ハイペースで企画を立案、実施したことに運営スタッフの努力の積み重ねを感じる。なかでも印象的だった企画について高さんが話してくれた。
「相撲を取りあげた企画ですね。相撲をテーマにした数々の商品をラインナップに揃えながら、さらに注目度を高めようと、『すみずみ』の近くの鳴戸部屋の親方(元大関・琴欧洲)にトークショーに出ていただきました。非常に好評でチケットは完売し、店舗の売り上げにもつながりました。トークショーは、東京ミズマチの『LATTEST SPORTS』さんで行い、テナント間での連携を深めるきっかけにもなりました。 また、江戸切子のガラスの商品はもともと売れ筋のため、どの企画でも他の商品をけん引する役割がありました。そこで、さらにガラスフェアとして『ギフトとして最適』という見せ方のもと、江戸切子をはじめ、他のガラス商品にフォーカスした企画は、特に人気がありました。このふたつは、すみだらしいイベントができたと心に残っています。そしてやはりSDGsです。すみだの事業者さん、皆さん一貫して真摯なものづくりをなさっていて、透明性がとても高いです。今SDGsと言われているようなことは、本当に昔から『アピールなし』にやっていらっしゃいました。『つたえる』という役割では、さらに『すみずみ』は力を入れて、事業者の皆さんの活動、ものづくりの現場のイメージも一緒に伝えることに尽力してきました。下町という土地柄か、コミュニケーションの中身が潤滑で、皆さんからのフィードバックをとてもたくさんいただくことができました。企画を繰り返しやるうちに、そうした特徴も発見できたのはとてもよかったと思います」
また、篠塚さんも加える。「企画展示販売では、鳴戸部屋のほか、様々な地域の団体にもご協力いただいて実施したものが多くあります。すみだ全体をフィールドにしたオープンファクトリーイベント『スミファ』では、毎年企画展示販売のテーマとして取り上げ、参加事業者さんの紹介や展示販売を実施。スミファ当日には、インフォメーションセンターとして2階でワークショップなども行いました。また、セメントプロデュースデザインさんが業平で運営するショップ『コトモノミチ at TOKYO』と連携したときは、セメントプロデュースデザインさんがこれまでコラボした区内外の事業者さんの展示販売のほか、店舗間での送客を目的としたプレゼント企画も実施しました。すみずみの企画展示販売では、すみだのものづくりの魅力を知っていただくことが最大の目的ですが、様々な団体とも協力して相乗効果を生み出しつつ、墨田区全体を盛り上げていけるよう尽力しました」
「すみずみ」のショップを通して学んだ様々なこと
この施設のコンセプトで取りあげたからこそ、学べたこともある。篠塚さんは、今回の富山とのコラボレーション企画で、富山の商品のデザイン力の高さにとても驚いたという。
「墨田区としては、今まで富山県との直接的なつながりはあまりなかったのですが、今後はいろいろ学ばせていただきながら交流を深めたいと思っています。こうしたことは区内の商品だけを扱っていたら絶対分からなかったこと。この実験施設でやってよかったところです。区内の事業者さんにフィードバックできるものは、これから富山県と交流させていただくことでさらに見えてくると思います。もうひとつ販売をしていくなかで知り得たことは、富山県の事業者さんは、販売店とのコミュニケーションが、スムーズであるということです。いつどこにどれだけの品物を納品できるかという話が、とてもスムーズにできました。いかに素晴らしい商品でも販路をしっかり確保できなければ、その魅力はお客様に伝わらない。ブランディング事業という枠組みの中では、我々が今までまったくアプローチできていなかった部分なので、区内の事業者さんにとって『真に必要な支援は何か』ということを改めて検討していく必要があると感じました」
「すみずみ」での仕事を振り返り、高さんは次のような感想を述べてくれた。
「墨田区は今もオンゴーイングでものづくりが行われているので、良い物でもどんどん改善されていきます。ものづくりのネタは豊富ですし、チャレンジ精神で今なお、ゼロからイチをつくろうとしている人がたくさんいらっしゃるところが素敵だと思いました。近年 BtoC のビジネスは活況で、人々は何かを購買するきっかけに、その商品のストーリー性も見ています。そのため、商品の打ち出し方にいっそうの工夫が必要となってくるのです。ふた月に一度企画を考え、それに即した商品のラインナップを揃えていく。同じカテゴリーであれば墨田区の商品だけでなく、そのものの本質に近しい商品を新たに併せて展開するといったような、編集力をもった見せ方をするほうがよく売れるのです。そういうことをやりたいという事業者が増えてきているなか、『すみずみ』は時流に非常にマッチしていたと思います。すごく可能性を感じながら、楽しく仕事をさせていただきました」
イベントスペースを通じて感じた「すみだの未来」
それでは、区が中心に運営してきた「すみずみ」の2階のイベントスペースについてはどのような成果があったのだろう。
「ショップの企画によっては、連動してワークショップで使うこともありましたが、基本的には『ここで何かしたい』という方のご要望に寄り添ってきました。主に区内のものづくり事業者さんにワークショップや展示会などで利用していただくことが多かったですね。時には、地域振興の一環として、映画上映やショコラコンテストなど様々な形でも活用していただきました。基本的には『すみだのものづくり』が伝わるイベントで使っていただくわけですが、逆に言えば、ワークショップや展示会以外でも、区外事業者の方でも『すみだのものづくりをプロモーションする要素』があれば無償でお使いいただけるようにした結果、多くの方にとって使い勝手が良いスペースに感じていただけたようです」と篠塚さん。
基本的にはすみだの事業者さんであれば使えるが、他の自治体であってもすみだの事業者さんと一緒であったり、すみだの商品を使って行うイベントであれば利用可能だったという。コロナ禍でひと月クローズしたりと大変なこともあったなか、こうした場を無償で貸し出すことは、ワークショップが初めての事業者にとっても、とても有意義な試みだったと言えるだろう。
「印象的だったのは、2022年の秋くらいに立ち上がった『すみだクロス』という団体に活用いただいたことです。墨田区内の異業種の若手職人さんたちが集まって『伝統とサブカルの融合』というコンセプトで『すみだのものづくり』をアピールしています。その方たちはすごい情熱と、アイデアをたくさんお持ちでした。彼らの活動の一環として『すみずみ』の2階で2回のイベントを実現。1回目は展示会、2回目は年始に『すみだのもの』を集めた福袋の販売会を行いました。このような新しい取り組みをされている方たちの、ファーストステップとして『場』を提供できたことは、とても大きな意味があったと思います。そのような方たちを、我々も常にサポートできればと考えています」
「すみだのものづくり」の未来を担う若手の登場は、実に頼もしい存在だ。
「『すみずみ』の3年間の取り組みのなかで、行政ではこれまで実行していなかった様々な企画にチャレンジし、効果を検証してきましたが、こうした実験的な試みに躊躇することなく、PDCAを回しながら新しいことに挑戦していく動き自体が『すみだのものづくり』だと思います。『商品』をベースにしながらも、さらに『活動』にも注力していくのが2021年にリスタートした新しい『すみだモダン』の活動方針です。今後は、そういった活動やコミュニケーションができるような場を新しい軸として用意することの必要性も、この『すみずみ』という施設を通して改めて強く感じました。『すみだモダン』の『つながる』という活動で運営を進めている『すみだモダンコミュニティ』においても、さらに事業者同士の連携、また外部との交流を促すことで、さらに『活動』が活発化することを期待しています」。篠塚さんは確かな手応えを胸に、次のステージの準備を始めている。
Photo: Sohei Kabe
Edit: Katsuhiko Nishimaki / Hearst Fujingaho